10 過去と始まり⑥

 嘘だろ……?

 

 そっちで何が起こっているんだよ一真。


 “そんな事”言ったらこうなるに決まってるだろ。只でさえ時間ないのにさ。


「白石刑事! それは本当か⁉」

「……はい」


 恐らく本部にいる人達も驚いているだろう。俺もビックリだ。

 

 まさかそこにいる人質の1人が、一真の手伝いで携帯を持っているなんて。まさかと思うよ誰だって。俺達警察が最優先で守ろうとしている市民が爆弾の真横にいるんだから。


 どうやら一真によると、俺と同じ様に道具を集めに行った際に、簡潔な状況とこれからの対処を話したそうだが、携帯を固定出来ないと知った、そこで働いている1人の女の人が「手伝います」と強引に来てしまったらしい。


 勿論、一真はそれを止めて説得したが、時間が無い挙句にその女性も自分の意志を変える気が無い模様。

 電話で本部長や山本さんが必死に説得しているが……聞こえてくる会話の限り、もう変わらないだろう。


「もう時間が無い、止むを得ん。白石刑事! それと、横にいるさん……と言ったかな? 事態は一刻を争う。もう爆弾解除に入らなければ間に合わない。仕方がないが、このまま碧木さんに携帯を持ってもらい、君は爆弾の解除に集中するんだ!」

「はい。分かりました」

「碧木さん! ここからは絶対に我々の指示に従って下さい。そして万が一の時は、そこにいる白石刑事の指示を聞き避難して下さい! 分かりましたね?」

「はい! 出過ぎた真似だと重々承知しております。ですがこのまま何も出来ないのは嫌なんです。万が一の時はしっかり指示に従います」


 こうなったらもうしょうがない。グダグダやってる時間も無いからな。何よりも先ずこの爆弾を解除するのが重要だ。


「よし。それでは始めるぞ……先ずは1番上のカバーを外し、中のコードを確認してくれ。そうしたら私の言う通り、順番にコードを切っていくんだ」


 こうして、俺達の運命を左右する爆弾解除が始まった――。



 ♢♦♢

 


 ――パチン……!

「ふぅ……。OKです」

「よし。問題なく順調だ。これなら時間に間に合うぞ」


 両手で簡単に持ち上げられそうな無機質な黒い物体。赤いデジタル表示の数字が刻々と動き、細かく繋がれた何色ものコードの内、約8割が切断されている。残るコードは数本。カウントダウンのタイマーは残り5分ちょっとを表示している。 


 爆弾解除を初めて10分程が経った。これでもかというぐらい手に汗を……いや、全身にこれ程嫌な汗を掻いた事は記憶にない。それもこんな短時間で。手元に集中する余り呼吸を忘れる。部屋が暑い訳でもないのに、いつの間にか上着を脱ぎ、ネクタイを取って、ワイシャツの第二ボタンまで開けていた。その場から何も動いていないにも関わらず、息切れまでしている次第だ。


「そっちは大丈夫か千歳」

「ああ。ダメならとっくに吹き飛んでる」

「ハハハ、違いねぇ」


 時折そんな冗談を交わしながらも何とか順調にここまできた。

 何時間もこうしている感覚だが、現実にはものの十数分。それだけ気を張っているのが自分でも分かる。それは一真も同じだろうけど。


「時間が5分を切ったが、この調子なら大丈夫だ。後少しだからこのまま最後まで行くぞ2人共」


 俺と一真はコクリと頷いた。

 後少し。沢山張り巡らされていたコードも残り僅かだ。


 指示通り爆弾を解除してきた俺達に、永遠に終わらないのではないかとさえ感じられたが、遂にその時がやってきた――。



「……よし。2人よくやった。最後に残ったそのコードを切れば、解除完了だ。タイマーが止まるぞ」


 心の底から待ちわびた瞬間。山本さんの口からその言葉を聞いた瞬間最高に嬉しかった。俺はそのまま最後のコードを切った。


 ――パチン……!

「…………止まった」


 動いていたタイマーが遂に止まった。

 それを見た瞬間全身の力が抜け、俺は項垂れる様に床に座り込んだ。


「終わったぁ……」


 一気に全身を襲う倦怠感と安堵感。緊張の糸が切れ、疲れがどっと押し寄せてきたが、今となってはそれすらも心地良いと思えてしまう。体の怠さよりも安心感が大いに勝っていたから。



 だが、それでは終わらなかった――。


 俺がその“違和感”に気付くのに、さほど時間は掛からなかった。 

 

「どうした……?」


 明らかに何かが可笑しい。無事に爆弾を解除し終えたのなら、少しぐらい電話の音声が盛り上がってもいい筈だ。それにも関わらず、騒がしくなるどころか何だ?


 この嫌な静けさは。

 

 俺は固定してあった携帯を急いで取り、画面を確認した。

 画面には俺と山本さんの顔、そして一真が解除していたであろう爆弾が映っていた。良く見ると、爆弾が映っている画面だけが小刻みに震えている。きっと携帯を持っている女性の手が震えているんだろう。こんな状況に置かれているのだから当たり前だ。別に何も可笑しくはない。


 可笑しいのはそこじゃないんだ。



「――タ、タイマーが止まらない……」


 状況を理解した俺は再び全身に緊張が走った。


 そう。


 俺も一真も山本さんの指示通り爆弾を解除したのに……。

 確かにコードは全て切れているのに……。


 何故だ?

 

「……何でカウントダウンが止まってねぇんだよ……」


 携帯の画面に映し出された爆弾。

 一真が解除した筈なのに何故かそのタイマーが止まらず、カウントダウンを続けていた――。

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