探偵事件と言えば館でしょ②

 一瞬異様な空気が流れた。

 しかしそう思ったのは、その場にいる人間の中で“白石だけ”であった。


「なぁ、銭形さん。俺はアンタの思い出話に興味はないんだ。さっさと用件を言ってくれよ」


 再びそう言い放ったのは、象橋と同じ歳ぐらいの男だった。象橋と白石が部屋に入ってからというもの、微動だにしていなかった彼が、ここで突如割って入ってきた。

 白石は彼を凝視しながら「一体何ですかこの人は……!?」と、今にも口に出してしまいそうな顔をしている。


 これが“彼”の通常運転なのだろうか。

 この状況で何が驚くかといえば、それは驚いていたのが白石だけであるという事。残る銭形、象橋、そして女性は全く驚いているような様子は伺えなかった。

 元々部屋に得体の知れない男と銭形と女性がいた事を考えれば、当然銭形と女性はその得体の知れない男の事を知っている確率が高い。ならば驚かないのも頷ける。


 だが、白石も白石で少し大袈裟なのかもしれないが、象橋もまた、得体の知れない男に対して微塵も驚きを見せていない事に、白石はやはり驚いていた。だが。


「ハッハッハッハッ! すまんすまん。確かに私の思い出話などつまらぬわ。年を取ると話も長くなっていかんの」

「こっちの話を理解出来るだけ、まだまともだな。ボケてなくて助かったぜ」


 得体の知れない男と銭形がどれほどの間柄なのかは分からない。だがこの二人の仲が良いにせよそうでないにせよ、どうやら男はかなり傲慢な態度な人柄なのだと白石は思った。

 見方や言い方は人それぞれ。せっかちとも捉える事も出来れば、嘘が付けない真っ直ぐな男だとも捉える事が出来るのだから。

 しかし、そんな白石が本当の意味で驚く事になるのはここから数秒後。


 銭形だけだと思っていた象橋の“知り合い”に、まさかの得体の知れない男が加わった瞬間だった――。


「“相変わらず”だなお前は。何も動かないから、銭形さんのボディガードにでも転職したのかと思ったぞ。“一千万いちま”」


 いちま――?

 この状況に一人ついていけていないであろう白石は、ただただ目を見開いて唖然としている。

 その一方、止まる事のない時間は至極当然の如く進んで行く。


「アホか。さっきから言ってるだろ。下らねぇ事を言ってる暇があるなら、さっさと用件を言えと。お前が思っている程な、俺は暇じゃねぇんだよ“真吾しんご”」

「え、え……? しんごって……? もしかして象橋警視長の事……? っていうか、皆様はどういうご関係……でしょうか」


 ずっと疑問に思っていた思いが遂に口から出た白石。彼女の率直な疑問は、象橋によって直ぐに氷解された。


「ああ。実は奴とは腐れ縁でね。もうかれこれ二十年近くの付き合いになるんだよ」

「え! そうだったんですか…!(あんな非常識で横柄な方が警視庁と?)」


 ――決して人を見た目で判断してはいけない。


 白石は警察学校の時から、新米刑事になった今この瞬間までも、そしてこれから先も、ずっとその心掛けがは大事にしようと思っていた。

 だが“一千万”と呼ばれた横柄な男への、白石の率直な感想がこれであった。

 警察になってからというもの、改めて人は見た目ではないと、思わされる事を幾分か体験した白石。にも関わらず、彼女はこの時、思い切り一千万を見た目だけで判断した。


「お前が警視長とは未だに笑える。警察の人材不足も深刻だな」

「ハハハ。その発言は一理ある。俺も自分では警視長なんて器じゃないと思っているからな。でも、お前の心配には及ばん。我々警察には将来有望な次の世代が揃っているからな」


 優しく力強い言葉で言い切った象橋は、その言葉と共にドヤ顔で白石へと視線を移していた。


「ふん。お前ら警察の心配なんかしてねぇ。だが益々説得力がねぇな。そっちのおどおどしてるお嬢ちゃんが次の世代とは。やはり問題は深刻だな。俺の事を完全に見た目だけで判断している顔つきだぜ」

「ッ!?」


 まさに図星であった白石は思わず体がビクつく。一千万と目が合った彼女は、反射的に「ハハハ……」と苦笑いをして誤魔化した。

 そして象橋と一千万という男の意外な関係が明らかになったのも束の間。今度は銭形が話を軌道修正する。


「君らも思い出話に花咲かせている様だの。年を取っている証拠じゃな」

「馬鹿言え。そこのお嬢ちゃんよりも現役だよこっちは」

「勘弁して下さいよ銭形さん」

「ハッハッハッ。それじゃあまぁ話を本題に戻すかの」


 銭形は徐に、今までよりも体を少し起こすと、改めて話をする体勢に入った。銭形の表情や空気感から、和んでいた場に若干の緊張が訪れ、銭形がゆっくりと口を開いた。


「今回頼みたい依頼と言うのはだな、私を救ってくれた、その少女を見つけ出してほしいという事じゃ」

「銭形さんの命を救ったという……」

「ああ、そうじゃ」

「何だ。只の人探しか。だったら俺は抜けるぜ。何でそんなもの頼んだんだよ」

「それはそこにいる象橋君から、直々に君を推薦されての。象橋君曰く、何でも問題を解決してくれる凄腕の“探偵”がいるとね」


 ――探偵。

 その単語を聞いた白石は、どうも腑に落ちなかった。簡単に言えば、一千万という男と探偵というイメージがマッチしていない。だが勿論、これは白石が言葉に出さず、ただ一人そう思っただけのお話。


「銭形さんよ。この前も言ったが、俺は探偵じゃねぇ。それに今聞いたのはアンタじゃなくてお前だよ真吾」


 一千万は気怠そうに象橋へと言葉を漏らす。近くのソファの背もたれに腰を掛け、ポケットから徐に取り出した煙草を咥えると、深く吸い込んだ息を包み込む様に、白い煙が一千万の頭上を覆った。


「おい、こんな所で煙草吸うなよ」

「銭形さんには許可もらってるし」

「ああ、私は全く構わん。象橋くんは吸わんのかね?」

「私は大分前に止めましたので」

「で? たかが人探しを何で俺に」


 再び同じ質問を象橋へ投げた一千万。すると、銭形と象橋が一瞬、真剣な表情で目を合わせた。それを見て何かを察した一千万は、静かにまた煙草を口に当てた。


「須藤君。悪いが少しだけ席を外してくれるかな?」

「分かりました。では私はこのまま失礼させて頂きます。会社に戻ってやる事もありますので。また何かありましたら直ぐにご連絡下さい、会長」

「ああ。すまんな。毎日ありがとう」


 須藤と呼ばれた銭形の秘書の女性。彼女は銭形が自宅療養になってから、会社の状況を毎日伝えにきてくれているそうだ。


 足元に置いてある鞄を肩に掛け、彼女は皆に軽く頭を下げると、部屋の扉へと向かった。しかし、須藤が部屋から出ようと扉の目の前まで行った瞬間、同じタイミングで扉が開いた。彼女が開けた訳ではない。誰かがこちらの部屋へと入って来たのだ。


「――おっと。あ、親父の秘書の子か。いつもご苦労様」

「おお。“永一郎”か」


 部屋に入ってきたのは、永一郎と呼ばれた男。本名は銭形 永一郎ぜにがた えいいちろう。年齢四十歳。銭形家の長男であり、象橋とは同級生にあたる。


「久しぶりだな真吾。元気してたか?」

「ああ。お前も元気そうだな」


 長男の永一郎と象橋が、軽く言葉を交わす。


「親父、わざわざ真吾まで呼びつけて頼むなんてどんな事件起こしたんだよ」

「縁起でもない。私がそんな事する訳ないだろう。これは私の超秘密事項じゃ」

「家族にも言わない秘密事項って何だよ。まぁいいけどさ、様子見に来ただけだから帰るぜ。後でこっそり教えてくれよ真吾」

「ハハハ。流石のお前でもそれは出来ないな」

「何だよ、警視長さんも親父の味方かよ。権力者は怖いね~」

「馬鹿な事を言っておるんじゃない。夜の“食事会”にはまた顔出すんだぞ」

「分かってるよ。じゃあな」


 永一郎はそう言って部屋を出て行った。帰るタイミング逃した秘書の須藤も出て行った永一郎の後を続く様に、再び皆に会釈をして部屋を出ようとするのだった。しかしタイミングとは重なるもので、またも誰かが部屋へと入ってきた。


「……“永二”さん」

「“明里”、来ていたのか」


 部屋に入ってきたのは永二と呼ばれた男。本名は銭形 永二ぜにがたえいじ。年齢三十八歳。銭形家の次男である。不意に永二と名前で呼んだのは秘書の須藤であった。永二が口にした明里と言うのは勿論秘書の女性の名前。本名は須藤 明里すどうあかりというらしい。


「永二君か。久しぶりだね」


 面識があった象橋は、永二にそう声を掛けた。すると永二は、無言で軽く頭だけを下げた。猫背気味の体勢に、無造作に肩まで伸びた髪が相まって、顔が見づらい。両手には黒い手袋をしており、余程内向的なのか、その後も喋ろうとする気配がまるで無かった。


 そんな彼の態度に見かねた父親の銭形永吉が、バツが悪そうに口を開く。


「すまんの。象橋君は知っておったかな? 永二は昔、火事で顔と両腕を火傷してしまってな。元から控え目な性格なのに加えて火傷の跡が気になる様で、全然人と接しなくなってしまったんだ」

「いえいえ。お気になさらないで下さい。その事は昔に永一郎から少し伺っていましたから。軽はずみな事を言う訳ではありませんが、命があって何よりです」


 銭形と象橋がそんな会話をしていると、来訪者はまだ続いた。


「――まぁ結果オーライだよな永二!」

「“康太”……!」


 ドンと永二の背中を叩きながら現れた男は、銭形 康太ぜにがたこうた。旧姓“佐藤 康太”である彼は、銭形家の婿養子。年齢は三十八歳であり、銭形永二とは小学校からの同級生。表情があまりよく見えない永二であったが、どこか不快そうな態度が伺えた。


「体調はどうなのお父さん。あら、アンタまたいたの?」


 康太の後ろから姿を見せた女性は銭形 永子ぜにがたえいこ。銭形家の末っ子で、康太の嫁である。年齢は三十五歳。明らかに嫌そうな感じで悪態を付いた相手は、須藤であった。


「こら永子! 須藤君にそんな態度を取るんじゃないと言っておるだろ」

「何で私が責められるわけ? たかが骨折で毎日お父さんの所に来るなんて可笑しいでしょ。今のうちに媚び売って財産狙ってるんじゃない?」

「いい加減にしなさい! 須藤君はそんな子じゃない。会社の状況を教えてくれと私が頼んでいるのだ」

「どうだかね……」


 何やら事情がありそうではあったが、銭形康太・永子夫婦が現れて場の空気が重くなった事は確かである。


 自分達が口を挟む事ではないと、静かにその場で見守っていた象橋と白石。だが、これが幸か不幸か。そんな二人とは対照的な一人の男が、この場の空気を打破する事となる。


「――おい。部外者は入ってくるんじゃねぇ」

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