見習い天使を拾ったら (ハーフ&ハーフ参加作品 飯テロ編)

涼月

第一膳 『出会いとお茶漬け』

 まったくもってどうかしている。

 見ず知らずの相手に話しかけた挙句、家にまで連れてきてしまった……


 俺は狭いキッチンで今さらながら、ちょっと頭を抱えていた。


 これはもう、しょうがないと思うしかない。

 捨てられた犬とか猫を、見なかったことになんかできないだろう?

 少なくともそういう真似は、俺にはできないし、できなかったのだから。


 終電帰りの暗い道の端に座り込んでいる真っ白い人影。

 最初は幽霊かと思ったぜ。でもよく見ると背中に綺麗な羽があって、色素の薄い髪と肌と瞳の持ち主。

 

 まるで……天使みたいだった。


「大丈夫か?」

 思わず声をかけてしまった。

「……」

 無言で鼻をクンクンさせる様子は、天使というより犬っぽいな。

 その瞳が急にパア~と明るくなって立ち上がると、俺の腕に飛びついてきた。


「え?」

「見つけました! 私の師匠マスター!」 


 日本語しゃべった!

 俺のこと師匠マスターだと?

 訳が分からなかったが張り付いた腕を振りほどく気力は残っていなかった。


 という訳で、今、彼女(天使に性別があるかはわからないが)は俺の部屋にいる。


 しかもさっきからずっとグゥグゥとお腹を鳴らしているんだよな。

 本人は恥ずかしそうにうつむいているけれど。


 となれば、もう作ってやるしかないだろう?


 今は事情があって違うけど、これでも元はプロの料理人。

 美味しいものを食べさせてやりたいという気持ちだけは、今も熾火のように残っている。


 というわけで、それも含めてキッチンで頭を抱えていたわけなのだ。

 まぁ急なことなので食材も限られているし、すぐ出来るものという条件付きだし。


 冷凍ご飯を取り出して温めてからおにぎりにする。

 味噌とみりんと砂糖を少々。混ぜ合わせたタレをまんべんなく付けたらトースターに入れる。

 香ばしい香りが部屋中に広がった。


「苦手なものとか、食べられないものとかある?」


 返事はないけど、少し首を横に振ったのは分かった。

 だったら、これで完成だ。


「まぁ、なんだその。ただのお茶漬けだけどさ、食べてみなよ、たぶんおいしいから」


 お腹がグーと鳴る音が『いただきます』の代わりだった…… 


  💐 💐 💐


 黒耀色の美濃焼の茶椀に、味噌焼きおにぎりを載せる。

 その上に柚の皮、シソの葉と焼きのりを少々。

 ストック出汁をさっと温めて、ひたひたになるくらいかけたら出来上がり!


 焼き味噌おにぎり茶漬けの完成だ!


 彼女の前に差し出せば、また鼻をクンクンさせてパア~と顔を輝かせる。

 だが、食べ始める気配がない。食べやすいようにスプーンも添えたが、見つめているばかり。

 

 遠慮しているのか? 警戒しているのか?

 それとも、食べ方がわからないとか?


 俺もすぐ横に座って食べ始めた。敢えてスプーンで見本を見せるように、ゆっくりと茶碗の中に入れる。おにぎりの端に差し込めば、いい感じに出汁を吸って柔らかくなった米粒がホロホロと崩れ出す。

 柚とシソと味噌の香りが次から次へと鼻孔をくすぐって、俺のお腹もグゥーっと鳴った。


「うふふ」

 彼女が可愛く笑いながら、俺の茶碗を覗き込んできた。

 パクリと俺が口に入れたのを見て、納得という表情をする。


 そうして自分の手元のスプーンを手に取ると、俺の真似をして一口掬って口に入れた。


「あ、ああ……」

 慌てたように口をハフハフさせている。どうやら熱かったらしい。

 猫舌ならぬ、天使舌かな。


 俺はスプーンの上に載せたご飯に、今度はふうふうと息を吹きかけた。

 今度も彼女はコクンと頷くと、ふうふうと自分の匙に息をかけた。ほどよく冷めたところでパクリ。そして、うーんと嬉しそうに目を細めた。ゆっくりと味わうように頬を上下させる。ごくりと喉の奥に流し込むと、また大きな瞳をキラキラさせて微笑んだ。


 そこからは早かった。

 ハフハフ、もぐもぐ。

 ハフハフ、もぐもぐ。


 一口茶漬けを食べるごとに、色素の薄かった頬に赤みが差し、瞳が喜々とした琥珀色に変わり、艶やかな射干玉色の髪へと変わっていく。


 目の前の白い天使は、アッと言う間に日本の普通の女性に変化した。


「え! どういうことだ?」


 驚いて箸を止めた俺をチラリと見て、天使はまたにっこりと微笑んだ。


「はい。地上の食べ物を食べて初めて、見習い天使は肉体を持つことができるのです」

「見習い天使?」

「はい。私は見習い天使で地上に修行にやって来ました。どうか弟子にしてください。師匠マスター

「あ、いや、その師匠マスターって言葉、気になっていたんだけれど、どういうこと?」


「はい。見習い天使が無事修行を終えて天国へ帰るまでの間、地上でお世話になる方のことです。地上にも、天使と同じくらいピュアで優しい方がいらっしゃるから、その方を師と仰ぐように言われてきました。先ほど感じたあなたのは、正に天使にふさわしい清らかさ。わたくしの師匠マスターはあなた以外に考えられません。それに、こんなに美味しいお食事をいただけて、こうやって無事人間の姿に変化することができました。これで、地上での修行を始めることができます。ありがとうございます」


 三つ指ついて礼を言われれば、俺だって悪い気はしない。

 いや、寧ろめちゃくちゃ嬉しくて。


「いや、それは、良かったよ。じゃあ、これからしばらく地上で本物の天使になるための勉強をするってことなんだね」

「はい。よろしくお願いします」

「名前は?」

「……見習い天使には、まだ名前が無いんです。お好きに呼んでいただいて結構です」

「え、そうなんだ。じゃあ、俺が名前を付けてもいいってこと?」

「はい。お願いします」

「うーん」

 そんなこと急に言われても難しいよな……


 その時、彼女の声がとても心地良くて、天上で奏でられる音楽のような優しい響きだなと思った。

 音楽、、音、音色……反対に読んだら色音しきね


色音しきねって名前はどうかな?」

「うわー、素敵な名前です。嬉しいです」

「じゃあ、今日から色音しきねちゃんだな」

「はい、よろしくお願いします!」

 

 それが、俺、関川二尋せきかわふたひろと見習い天使、色音しきねとの出会いだった。

 


 

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