第十八話 ねじれた心は何曲がり

 《前回までのあらすじ》

 救急車ーーーーーーーーーーー!!!


 朝になっても、あまり学校に行く気になれなかった。

 あれだけのことをしたのだ。

 会わせる顔がなかった。

 まぁ紫陽花に引きずり出されたんだけど。


 昼休みになっても特に呼ばれずにセイラと校舎裏で昼食をとったし、放課後になっても呼ばれず紫陽花と帰った。

 そして帰宅し、何事もなく学校の一日を終えたが。

 寄りたいところがあったことを思い出した。

 紫陽花も用事があったらしいので別れ、そこに向かうことにした。

 家を出て少しの商店街に入り、さらに進んでその店はあった。

 その店先のショーケースは、数多の銀色が日光を浴びて輝いている。

 そう、あの日本刀を買った金物屋である。


 別に紫陽花に対抗するために何か武器を買おうとしているわけではない。というかそれならモーニングスターを既に持っている。意味あんまないけど。

 じゃあなんでこの店に来たか?というと。

 爪である。

 昔っから顔がヘビだとかトカゲっぽいとか言われてきたが、そのせいか俺は非常に爪が伸びるのが早い。

 さらに簡単に危ない長さにまで伸び、しかもかなり分厚く、硬い。

 そのため指切りがどんどんダメになる。

 桐野家に住むようになってから既に三回替えた。

 だがもうこれ以上そんなように無駄金を使いたくない、ということで信頼できそうなここで、上等品を買うことにしたのだ。

 「すいませーん」

 「へーい」

 そうよく通る声で返事しながら、奥からおっさんが出てきた。

 大将である。

 この間聞いてみたらそうなぜか呼ばせているらしい。

 「あんたよくみりゃ、こないだの紫陽花ちゃんのツレじゃねぇか」

 「旦那なんです」

 「そうかい!じゃあちったぁ安くしてやんねぇとな!そんでどんな用だい」

 「高級な爪切りが欲しくて」

 「爪切り!ようし任せときな!」

 そう言って大将はまた奥に消えていった。

 改めて爪を見てみる。

 またしても危ない長さになっている。

 もしかしたらネイルとかできるんじゃなかろうか。

 危なっかしくて仕方がない。

 全く、なんでこんな爪なんだか……。


 「おにいさん、いい爪してんね」


 隣を見てみる。

 銀髪の、ツインテール。制服は白樺ではなく、どこかわからないようなくらい無個性だが、袖をまくり、シュシュを付けているので全体としては派手に見える。

 だが顔は目立っているのは口紅くらいで、そこまで濃いメイクというわけでもない。

 今時のギャル……といった感じだった。

 「え?そっすかね?」

 「そーだよ!マジあたしもこんくらいの爪がよかったなぁ。爪うっすいからさ、ジェルとか気ぃつけないといけないの」

 「へー……」

 「そうだおにーさん、今ヒマ?」

 「まぁ爪切り受け取ったら暇っすね」

 条件反射的に答えてしまった。

 まぁちょっとしたSNS関係かな。

 「じゃあさ、受け取ったらあたしとカラオケ行こうよ。ネイルしたげるからさ」

 え?

 違うの?

 「え?……いいんすか?」

 「いーよいーよ!勉強したはいーものの披露する機会なくてさー。実験台なってくんね?」

 「あ……えーっと……」

 「たのむよー!」

 「じゃあ、お願いします」

 なんで自分でもオーケーしてしまったのかわからなかった。

 「おい兄ちゃん!これだこれ!日本刀匠が作った世界に千個くらいしかない研ぎに研がれた一品!五万のところを二万でどうだ!」

 「買った!」

 「……ん?誰だ横の姉ちゃん」

 「今知り合った方です」

 「……アッチだろ?」

 小指を立てられた。

 「違いますって!」

 「じゃあなんでそんな近いんだよ!」

 隣を見てみた。

 腕を組まれていた。

 「大丈夫、今回は見逃してやるからさ……」

 「あーもう、ありがとうございました!」

 代金渡して受け取って、そそくさと店を出た。

 「なんなん、あんな取り乱して」

 「割と色々あって」

 「ふーん、割とソッチは忙しいんだ」

 「あのねぇ!」

 「わーったわーった、ほら、早くいこーよ」

 「あっ」

 そのまま連れて行かれるほかなかった。


 そんで今されるがままネイルを塗られている状況である。

 「こんだけ分厚かったら磨いても大丈夫っしょ」

 とうことで最初爪にヤスリをかけられ、爪をピッカピカにされた。

 自分の顔が映るくらいだったので、少しこんな爪でよかったと思えるようになった。

 そんでアルコール手拭きで爪を拭かれ。

 「そんでこっからベースを塗りまーす」

 透明のジェルを塗られた。

 そして謎のおそらく手を中に入れるであろう機械が出てきた。

 入れる部分がなんかパリピな紫色に光っている。

 「これなんすか?血圧測るやつ?」

 「ばあちゃんみたいなこと言うな!ネイルドライヤーっつって、これで乾かすの」

 「へー」

 中に手を入れる。

 暖かい。

 そんで爪がさらに鏡面みたくなる。

 「ここに色とかを塗っていくんだ」

 「知らなかった」

 彼女が小瓶を取り出す。

 ふたを開けると、ふたに筆みたいなものが付いていた。あれをそのまま塗るのだ。

 と思ったら彼女がさっきから腹の方を、塗っていない左手でさすっていたのに気が付いた。

 「ちょっ、なんすか!」

 「リラクゼーションだよー。リラーックス、リラーックス」

 辞めてもらうため体を動かそうとするがネイル中でもありさらに体が動かなかった。

 なんでだ?

 彼女の顔を見てみる。

 確かにギャルではある。だがなんとも優しい、落ち着いた顔をしている。

 目が垂れ目。口は小さい。

 なんだ?何故体が熱くなっている?

 俺は……こういうのが好きだっていうのか?

 「どうしたん?そんなジロジロ見て」

 「いや……何も……」

 「ふーん」

 手は胸の辺りまで動く。

 そのためか彼女の胸元を見る。

 思ったよりもなかったが、しかしそれでもゆるい胸元は俺を変な気分にさせるには十分だった。

 「どうしたのー?何か熱いよ?」

 「いや……その……」

 「やめてよそういうのー。そういう目的じゃないんだからさー」

 しかしそんなことを言いつつ、右手でネイルを塗りながらも彼女の左手は下がっていく。

 だんだんと。

 あの場所へ。

 「ちょっ……やめてください!」

 「なにー?きこえなーい」

 「だーもう!」

 もう埒があかない!

 彼女を押した!

 だが右手を右手で瞬間に握られてしまったので、おれもそのまんま、カラオケの椅子の、彼女の上に覆い被さるように倒れることになる。

 まずい!速く手を……。

 と思ったがそのとき。


 左手が彼女の股にあったのだが。

 何故だが変な感触があった。

 

 何とは言わないが


 すると今度は彼女がびっくりしたのか起きあがると同時に俺を反対側に突き飛ばす。

 彼女はバレたから焦ったのだろうが、しかしそれにしてもを狙ったのならそんなことは元々に見せてくるものだから関係ない気がする。

 でも彼女はそのまんま荷物をガーッとまとめて急いで部屋から出て行ってしまった。

 ネイルは大体塗り終わっている。

 が、たぶんパーツとかなんとか付けるものじゃないのだろうか。

 

 女装してるんなら途中で言えばいいのに、としか思うことはできなかった。


         ●


 一方その瞬間も影にいた蛇神は、大爆笑していた。

 影も深いところにいると声がだいぶ届きにくくなるのだ。

 例の貸したアイテム、ヒロインマスク。

 顔にゴムマスクのように被ることで相手の望む相手の雰囲気を顔・声でなりすませるというものだが。


 使というびっくりな副作用が存在する。


 男らしいと言われたことを嫌に思った牧田光に対する、最悪の仕打ちといえた。

 (これであいつは大分屈辱を受けたじゃろう……くくくくく) 

 だが、失敗もあった。

 (……じゃがあいつは……いきなりネイル塗るっていってきた女が男でも、なぜ何とも思わんのか?)

 彼の、思った以上にそういったものへの対応の変化の無さ。

 これは、想定外としか言えなかった。

 (……もしかしたら、奴にとってはただの好都合とわかっただけな気がするのう……まぁ気づくのは大分先じゃし笑っておくか)

 彼女の笑顔は、多分これまでで一番悪どいものだった。


         ●


 翌日。

 昼休み。

 『生徒会より連絡……』

 「よぅし来たぁ!」

 「え?何が!」

 藤崎が焦る。

 「ごめん、今日俺上で食うわ!」

 「上って……え!そういう関係なの?」

 そういう藤崎を後にして、急いで生徒会室に向かう。

 四階には、いつも通り紫陽花がいた。

 「急いでますね」

 「……言ってなかったが友達なんだ」

 「そう」

 ……とだけ言うと、隣を横切ってそのまま去っていった。

 優しさなのか?無関心なのか?

 ドアをノックもせずに開けた。

 ……机には、いつも通り奴がニヤケ面で……でも少し汗をかいた様子で……座っていた。

 「やぁ」

 「会いに来たぜ。汗すごいな」

 「君の方こそ」

 俺は椅子に勢いよく座った。

 「……で?今日は何を出してくれるんだ?」

 「え……あぁ、今日は鴨のコンフィだ」

 「早く出してくれ!もう待ちきれない!」

 「そ……そうか……」

 例の給仕の人が運んできた。

 うっすら赤い鴨の切り身にはソースがかかっていた。赤い。でも食べないと何なのかはわからない。

 コンフィは低温でじっくりローストした……タタキみたいなものだ。多分。

 そのため柔らかい。簡単にナイフが通った。

 「……うん。上手にローストしているから柔らかくてしっとりしている。上にかかっているラズベリーのソースも甘みを最小限に押さえてあって鴨肉と調和している」

 「……誰が作ったと思う?」

 「…………さぁ」

 「僕なのさ!君が色々凝っていると聞いたからね!」

 「すごいなお前!さすが俺の友人、ってとこか」

 「ははっ、まぁね」

 そう笑った奴の顔は……本当に嬉しそうだった。ニヤケの一%もない。

 「じゃあ俺も、また新たに凝ったものを試すとするか」

 「なんなのさ」

 「これ」

 そういって俺は、小筆と爪ヤスリ、マニキュア剤を取り出した。

 奴はバグったみたいに硬直した。

 「……どうした?」

 「い、いや……君がまさかそんな女の子みたいな……」

 「これ見ろよ」

 俺は爪になされた見事なネイルを見せた。

 「見ず知らずの人にされてさ。何かすごい手際よかったんで、俺も興味出て」

 「ふ、ふ〜ん、よほどフシンカンヲゴマカセルジツリョクノヒトダッタンダネ」

 「なんで片言なんだよ」

 目も死んだ魚のようだった。

 「料理のお礼だ。してやるよ」

 一瞬奴が目を逸らした。

 「……お願いするよ」

 

 奴の爪は薄く、やりづらい。まぁ補強すればいいことなのだが。

 ここであの人のことを思い出す。

 そういえば銀髪だった。

 コイツと被る。

 「その人のことなんだけどさ」

 「う、うん」

 「似てるとこがあったんだ」

 「あぁ……」

 目に見えて落胆した。

 「いや、そのさ、すげぇ女っぽいなって思ってしまったんだけどさ」

 「どこがだい?」

 やたら目を輝かせた。

 「いやさ、お前もその人も、上半身はスラっとしてるけど下はめっちゃムチムチなのよ。ケツもでかいし」

 奴を見てみる。

 なんか笑ってるような、恥ずかしがってるような、でも怒ってるような顔。

 「おい」

 「はいなんでしょう」


 それで膝枕されながらネイルするって、これどういうことなんだ。

 まぁいいか。

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