006 ナニ蹴り少年だったのだが……


 レィオが目の保養~、などととてもつまらんことを考えたのが即行バレたようで少年がまたもや警戒の金色を輝かせた眼差しで貫いてきた。ん。結構迫力あるな、このコ。


「で、おじさん」


「だからおじさん違うっ俺はまだ二十三歳だっつーの! ほら個人認証カードにも」


「最近、偽造が多いって聞くけど?」


「誰のが偽造だっ!? ここ見ろ。偽造防止の紋章が入っているでしょうがよ!?」


「……そう。じゃ、今日限定なの、だらしない髭面。身だしなみって大事なんだよ」


「なにをぉ……? 適当適度に瀟洒しょうしゃと言え」


「どこ見てもその要素がないよ、現時点で。それでレィオさんは観光、じゃなさそうだけどファヴァーヤ王国の方にいったいなんの用事できたの? 中枢貿易都市に住んで」


 さりげなくグサッとクることを吐く少年だ、とレィオが遠い目になったが簡単に事情を話してやった。単発の単身出張でファヴァーヤ王国に依頼で来た旨とその途中で単車がいかれてしまい、あのストンウォーリザーにお召しあがられそうになったのだ……と。


 それ以上は依頼人のこともあるし、職業上話せないかな? 思っていると少年の方から手を掲げて「もう結構」と遠慮してきてくれたのでレィオはふぅん、と認識改める。


 ただの失礼な少年かと思ったらこちらの事情も一応汲んでくれるだけの聡明さかもしくは余計なことに首を突っ込まないだけの引き際のよさを見せてくれた。ぜひ欲しい人材だと言えるくらい気がついてくれるし、なによりこの見目なら男であれ、花ができる。


 レィオが惜しい人材だな、マジでとか結構本気で少年の有望さを惜しんでいると少年が佇まいを正してレィオに向き直ってきた。お? なんだなんだ? とレィオも注目。


「……。僕、ライル。この境界には魔獣の活動記録に来ただけだけどまだお困り?」


「お、応よ。単車バイクがいかれちまったのもそうだが端末も電池切れちまってさもー、困りまくりって感じなんよ。で、ええと、ライル? 名前も綺麗なんだな。充電器持って」


「……? 名前、ってのはなに?」


「はあ? 容姿に決まってんだろ。このこのぉ、さぞかし歳上のお姉様方に可愛がられてんだろー? 羨ましいねぇ。で、充電器持っている? ちょっと貸してくんねえ?」


「素敵なお世辞。……はい、生憎都会のひとたちのみたく即充電はできないけど一晩あれば満タンさ。単車の方は……ちょっと見てみてもいい? あんな派手なの珍しいや」


 レィオは一瞬耳を疑う。いろんな意味で。だって素直な褒め言葉を素敵なお世辞と一蹴するわ。一応都会の人間だと認めてくるわ。単車もこの程度のカスタマイズで派手で珍しいとくるわ。ファヴァーヤ王国民は単車を装飾したりだとか、お洒落をしないのか?


 まあ、それを言えば……とレィオはライルと名乗った少年を再度観察。これはもう探偵業の癖だ。彼も伝統衣装でこざっぱりと纏めているし、頭髪と口元を隠す覆面が若干怪しい以外はこっちの方こそ瀟洒、ってか垢抜けている感じで適度のお洒落さん……で。


「ちょっと、どこ見ているのさ」


「お? おお、悪ぃ悪ぃ。見えそうで見えないというのは男相手だろうと美人に対する条件反射で見てみようとしてしまうこの伊達野郎のさがってやつ? ライル、ホントにモテるだろお前? 通りでも歩きゃあ、入れ食い状態で男女問わず釣れそうなんだけどな」


「……はあ。レィオさんってさ、口から生まれたって言われないかな? というか出会った女性、もしくは美人なら男にだってみーんなに言っているんじゃないのそれって」


 ひどい。まるで節操なしの万年発情期しかも男女の見境もないという扱いだなどとどれだけレィオを信じていないんだ。もしくは余所者だからだろうか? ライルの容姿は典型的な砂礫の国民のそれだけど。でもずば抜けて美人だし、お世辞も全抜きで綺麗だった。


 それなのに、レィオが普段女性を無暗やたら口説かないというか都会では相手にされる筈もないというのがわからないらしく誰にでも言っているだのと曲解している様子。


 んで、そのライルはと言えばレィオの愛車の前にレィオよりだいぶ小柄な体でちょこんと居座って綺麗な極上蒸留酒を纏わせているかの如き滑らかな指先でエンジンがある辺りを撫でている、ように見えるが生憎彼の体が邪魔でなにをしているのかは見えない。


 見えないものを見ようと試みる。という無意味はまさに無意味と決着っつーか結論つけてライルの優美な体の曲線、特に魅惑のヒップラインの詳細究明を諦めたレィオは残りのストンウォーリザーの串焼きをガッツガツ食べながら端末の充電をはじめる、前に。


 一応これも探偵の職業病で悪いが、充電器に妙な仕掛けがないか調べさせてもらってからの使用。だが、充電中のアイコンが光りはじめたのとその音はほぼ一緒で驚いた。


 ――ドゥルルルン、ブォンオンオンっ!


「……へ?」


「ん。いい音だね。へえ、一四式。渋いね」


「あの、え、ちょっ?」


「なにかな? レィオさん、このくらいは自主整備対処できないと困るよ。先々で」


「ソ、ソウデスカー……」


 なんかすごくこともなげに言っているがライルの技術力にレィオの方は唖然、だ。


 だってレィオ自身は結構単車の整備もしているし、詳しいつもりだったし、ある程度トラブルは自己対処できる腕だと自負していたというのにそのレィオがお手上げしたエンジンのそれこそ核部分がいかれてしまったトラブルをいとも容易く直してしまうとは。


 ――なにこいつ。なんか、怖ぇえ……。


 レィオがぶるっとキているとライルが戻ってきて焚火に守備警備の術符をくべた。


 なので、思った以上に遅い時間らしいなあ、と呑気なレィオだったわけだけども。生憎の不運で出発直前で時間も押していたその瞬間、腕にはめていた愛用時計が現在事務所に勤める唯一の所員で相棒役を務めるそいつの投げて寄越した硬式ボールで、割れた。


「あれ、腕時計も故障していたの? 素敵な連不運みたいだけどこの国にお祓いは」


「ふっふっふ、素敵不運だろー? そして、お気遣いあざーっす。お祓いなんてインチキに決まっているから端っから信じてねえし、探してみる気もねえわ。それよか目の前に恩人がいることだし。いやマジでありがとう。明日の朝一で出発すれば余裕もあるさ」


「そう。僕は夜明け前には出発する。充電器だけ回収しておくね。焚火は残すから」


 護りの術符じゅつふをくべた焚火の色が警戒の赤に色調変化してライルとレィオを囲むように火の人影が散ってくるくるまわりだす。術符、とは使用者――術者が特定の念をこめて紋様を描いたお札のことだ。主に使われるのはライルのような周辺警戒用の術符が多い。


 他には医療品など応急処置用に医療術符なども存在するが、こっちは医療の専門知識が要るので主に医者が処方してくれる。それと一流の戦闘者となれば治癒術が使えるように訓練をする。さらに言えば旅の同道者に生体系魔術使いがいてくれればなおよしだ。


 こっちもなんの不幸なのか、マドレアヌ出発前の市街戦闘であらゆる符札ふふだを使い切っていたので手持ちはつくらなけりゃない。だからライルの申し出はありがたい限りだ。


 そのライルは地面にもう一枚ローブを小さなリュックからだした。軽くたたんで枕代わりに頭の下に敷いて、身につけている衣を手繰りつつ体を丸めて寝支度をしている。


 照れ臭かったが素直に礼は述べよう、と思ってレィオは先のライル同様居住まいを正して彼をまっすぐに見つめる。ライルは不思議そうに閉じかけた瞼を持ちあげている。


「いや、マジいろいろとありがとうな」


「いいよ。困った時は――、でしょ?」


「いいや。またどっかで会ったら一食奢るか、恩返しくらいはさせてくれないか?」


「ふぅん、律儀なんだね。うん。そうだね。また、なにかのご縁で会うこともあるかもしれないしね、レィオさん。もしもその時、僕が困っていたら、助けてくれるかな?」


「ふはっ、ああ。任せとけよ。これでもマドレアヌの銃使いかんじゃ結構有名だぜ?」


「はいはい。さ、寝よっか」


「あー、信じてねえなぁ? いいけど」


 軽んじられるのなんてもう慣れっこだし現事務所の所員もとい相棒である筈のよりはよほど可愛げがあるじゃないか。なにより顔立ちがやつよか綺麗、という奇跡さ。


 相棒のあいつはその綺麗な面で女の人気を総取りしているといいますか? マドレアヌであいつが手をつけていない女はいなくね? というくらいの猟色ぶりをきっと今現在進行形で発揮中だ。そん点、レィオは完全に影というか引き立て役を押しつけられた。


 よって伴侶はおろか恋人さえもいない。前の恋人もレィオではなく相棒の方が目当てで近づいてきたようだったし――考えるのはよそう。悲しくて虚しくなってくるから。


「……。火薬者かやくもの、か。皮肉なのかな?」


 意識が眠りに溶ける直前、ライルの独り言が落ちた気がしたが気に留めず眠った。


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