2022年4月1日から野生のヒグマへの餌やりが法律で禁止されました
鈴木秋辰
2022年4月1日から野生のヒグマへの餌やりが法律で禁止されました。
2022年4月1日から野生のヒグマへの餌やりが法律で禁止されました。
朝のニュースを見てお父さんが悲しそうに言いました。
「ごめんな。お前達これから苦労をかけてしまう」
お母さんは黙って泣いていました。僕の大好きなお母さんの朝食オムレツはいつもと違って半分だけでした。もう半分は妹のお皿に乗っています。
お父さんは毎朝、街のゴミを集めて自然公園へ運んで行って、そこのヒグマに食べさせているのです。そしてお昼になるとヒグマはうんちをします。それをかごですくって川で洗うのです。うんちにはコインのお金がたくさん入っていて僕たちはそのお金で暮らしているのです。妹はまだそのことは知りません。僕は5年生の時、作文の授業でパパのお仕事インタビューをしたので知っていました。
「ちょっと出かけるわね。お皿は流しに持っていくのよ」
まだ僕と妹が食べ終わっていないのにお父さんとお母さんは出かけて行ってしまいました。
二人ともさっきよりずっと悲しそうな顔をしていました。
僕はお兄ちゃんなので最後に一口だけ取っておいたオムレツを妹にあげました。
「わーい!ありがとう!」
妹は笑っていました。悲しい顔をしていないのは妹だけでした。
朝ごはんを食べ終わって僕はヒグマに会いに行くことにしました。迷ったけど妹も連れて行くことにします。妹は低学年だからお留守番ができません。きっと寂しがって泣いてしまいます。
「ヒグマに会いに行くよ」
それを聞いて妹は「じゃあおめかししなきゃ」と髪をおさげに結んでいます。いつもはお母さんがやってくれるのでちょっと不格好なおさげになっていました。
自然公園へはバスで行きました。お仕事インタビューの時にお父さんが連れて行ってくれたから場所は知っています。運転手さんは「僕たちだけかい。偉いねぇ」と言っていました。
自然公園につきました。僕は妹の手を握って公園の中へ入って行きました。前にお父さんと来たときは危ないからと入り口までで引き返したので僕もヒグマには会ったことはありません。
ヒグマは公園の一番奥の一番大きな樹の根元で寝ていました。樹の後ろにはそれまた大きな川が流れていました。
少し怖かったけど僕は勇気を出して挨拶をしました。
「おはようございます」
するとヒグマは僕の顔くらいある大きなまぶたをゆっくりと開いて起き上がり、こっちへ歩いてきました。
そして、僕と妹の前でピタリと止まりました。
それから、口を大きく、大きく開けました。教室の黒板くらい大きかったと思います。
妹は僕の手をギュッと握っていました。僕もギュッと握りました。
次の瞬間、ヒグマはその大きな黒板をバタン!と閉じました。それから黒板の中に吸い込まれて妹がいなくなりました。
僕は走りました。たくさん、たくさん走って。もう走れなくなったところで茂みにうずくまりました。涙が出てきたので手で顔を覆いました。覆えませんでした。僕の手には妹の手がギュッと握られていました。僕はもっと泣きました。
どれくらい泣いたでしょう。もうお昼になっていました。僕はヒグマのところへ戻りました。ヒグマは寝ていました。ヒグマの横には茶色い山ができていて、お昼時のお日様の光を浴びて山の中のコインがキラキラと光っていました。
僕は、僕と妹の三本の小さな手で茶色い山をできるだけすくい取って、大きな樹の後ろにある大きな川へ持って行きました。
川にはお父さんがいました。僕はわっと泣いてお父さんに駆け寄りました。お父さんは川でヒグマのうんちを洗っていました。僕の分を渡すと一緒に洗ってくれました。
洗っている時、お父さんは泣いていました。僕みたいに声は出さなかったけど涙は僕よりいっぱい流していました。洗っている間中、僕とお父さんはたくさん泣きました。僕はこの川がこんなに大きくなった理由がわかりました。とても悲しい気持ちになりました。
うんちを洗いおわった後、お父さんはずっとつけていた薬指の指輪を外すと僕から受け取った妹の手の薬指に嵌めました。そして指輪と一緒になった妹の手を優しく川に沈めました。
帰りはお父さんの車に乗せてもらいました。
家に着く前デパートへ寄りました。一番上の階の洋食屋さんでお子様ランチを食べさせてくれました。ここへは運動会の後とか特別な日に連れてきてくれるのです。
僕はこのお子様ランチの旗を集めるのが好きでした。お母さんは物知りでその旗がどこの国の旗か教えてくれました。それを聞いて「いつかみんなで行こうね」と妹がはしゃぐのです。
今日はお母さんがいないのでお父さんに聞きました。お父さんは「知らない」と言いました。そんなお父さんはいつもは大きなステーキを食べるのに今日はコーヒーしか頼んでいませんでした。
お子様ランチの旗は持って帰りませんでした。どこの国かわからないのがなんだか残念だったからです。
帰りの車の中で僕は寝てしまいました。少しだけ目をさました時、僕はお父さんに抱っこされていました。お父さんは僕をベットまで運んでくれました。
「おやすみなさい」
「おやすみなさい」
次の日の朝、お父さんはニュースを見ていました。
ニュースの人が自然公園のヒグマは市役所の人が捕まえて殺してしまったと言っていました。
2022年4月1日から野生のヒグマへの餌やりが法律で禁止されました 鈴木秋辰 @chrono8extreme
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます