【不定期更新】ハコヅメ

貴音真

作家詰め

 カタカタカタカタ…

 四畳半ほどの部屋の中に指先でキーボードをはじく音が響いている。

 窓も扉もないその部屋はまるで大きなの様だった。

 その部屋ハコの中には男がいた。

 前後、左右、上下、周囲六面全てが白一色に染められた部屋ハコの真ん中には白い机と白い椅子があり、椅子に座った男は机の上にあるパソコンのモニターと向き合い、流れる様な指捌きでキーボードをはじいていた。

 白、白、白、白…

 部屋ハコの中は白かった。

 壁も、床も、天井も、机も、椅子も、全てが白一色に染められている部屋ハコで男の他に白以外の色彩を放つ物体はすみにある排泄用に備え付けられた数十センチ四方の浅い穴に張られた水が放つのみだった。

 現在の男にとってこの部屋ハコの中こそが世界の全てだった。

 全ての色彩が白に統一され、一切の気温の変化も風の流れも存在しない不変の部屋ハコの中に男はいた。

 男は部屋ハコの中で小説を書いていた。

 カタカタカタカタ…

 男の指がキーボードを弾くと白一色のモニターに黒色の文字が色彩として現れた。

 モニターに映る黒色の文字は、男にとって自分自身と排泄用に備え付けられた穴の中にある水に次ぐ三つ目の白以外の色彩だった。

 カタカタカタカタ…

 部屋ハコの中には男がキーボードを弾く音が響いていたが、男はこの部屋ハコの中でずっと

 男は生まれつき音を感じる事が出来ず、生まれてから現在に至るまで無音だけを聞き続けてきた。

 周囲でどれほどに大きな音が鳴り響いていても男は常に無音の中にいた。

 それが男にとっての日常だった。

 その日常は、この部屋ハコの中でも変わることはなった。

 白一色の世界で男は無音と不変に包まれながら小説を書き続けた。

 この部屋ハコは男が望んだ聖域であり、自身を取り巻く全てとの隔絶を果たせる唯一にして無二の空間だった。

 カタカタカタカタ…

 カタカタカタカタ…

 カタカタカタカタ…

 カタカタカタカタ…

 タン…

 その音を最後に、部屋ハコの中で響いていた全ての音が消えた。

 部屋ハコの中には男の全てが詰まった機械仕掛けの箱と空虚ぬけがらとなった男の死体が遺されていた。



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