2日目(1) 彼女との体育

 ファッションショー的下着選びを終えた次の日の金曜日。


「はぁ……」


 俺は自室で一人、姿見の前でため息を吐いていた。


 なぜかって?


 そんなもん……


「……これを着けて学園に行ったら、負けな気がすんだよなぁ……」


 女物の下着を着けることに対し、若干憂鬱になっているからに決まってるだろ。


 何せ、三日前までは、どこにでもいる普通の男だったんだぞ?


 それがたったの三日でこれだよ。


「くっ……着けたくねぇ……! だ、だがしかし……!」


 俺がなぜここまで葛藤をしているのかと言えば……まあ、昨日のルナの発言によるところが大きい。


 というのも、


『ちなみに、体に合った正しいサイズ、正しい形のブラジャーでないと、運動する時大変ですよ? 主に痛みが』


 と、ルナに言われてしまったからだ。


 サラシで行っても問題ないだろ、と言ったんだが……


『いえ、サラシはお胸を圧迫するため苦しくなります。あと、形が悪くなる恐れもありますので、その……できる限りしない方がいいかと。私は、今の彩羽ちゃんのおっきくて綺麗な形のお胸が好きなので……』


 そう言われてしまった。


 恋人である俺としては、大切な彼女(今の俺も彼女になるんじゃ?)の頼みを無下にもできん……。


 それに、今日は体育があるからな……。


 運動する手前、ノーブラってわけにもいかん。


 元男の俺からすりゃ、さすがにこの体は男共には刺激が強いだろう。多分。自惚れでなければ。


 ってか、俺……


「F、なのか……」


 昨日の出来事で、俺の胸のサイズはG寄りのFであることが発覚した。


 何故、俺の胸はそんなサイズになってんだよ。


 俺まだ高校生だぞ? こう言うのはなんてーか……もうちょい上の年齢の人のサイズ感じゃね?


 高校生の平均、Cって聞いたぞ? 俺。


 ……そう考えたら、ルナは平均よりでかいってことになるのか。


 って、俺は一体朝から何を考えてんだよ。現実逃避にしたって、胸のことを考えんのはさすがに下世話だろ……。


「彩姉ぇ! 起きてるー? まあ、どっちみち入るけどねー! とーう!」


 ドバンッ!


 大きな音を立てて、我が愚妹がハイテンションで勢いよく俺の部屋のドアを開け放ち、中に入って来た。


 ……なお、俺は今、全裸とだけ言っておこう。


「わぁお。BigBust……」

「変に流暢な英語で言うんじゃねえよ!? ってか、攻めてノックしろバカ!」

「え、何々? 彩姉ぇ、恥ずかしがってるの?」

「当たり前だろ! いくら肉親と言えど、さすがに全裸は恥ずかしいんだよ!」

「え、いやでも、彩姉ぇが女の子になった日、裸Yシャツ姿の彩姉ぇを見てるんだけど?」

「ありゃYシャツ着てんだろうが!? 今は上も着てねぇんだよ! 全裸だよ、ぜ・ん・ら!」

「いやー、そこまで全裸を強調されるとー……彩姉ぇ、もしかして痴女の素質ある?」

「ふざけてんのかテメェ!? それか、喧嘩売ってんのか? アァ? なら買ってやるよ。いいぜかかってこいよ!」

「あっはっはー! ……すんません冗談ですですのでその拳と足を収めてくださいお願いします何でもしますからぁ!」


 我が妹ながら、何て変わり身の早さだ。


 笑い出したと思ったら土下座しやがった。


 ……まあ、いつもの行動であり、俺たちのじゃれ合いみたいなもんなんだがな、これは。


「……チッ。いいか、一応これでも俺は、武術を少しはかじってるんだ。女になっちまって多少筋力が落ちたとはいえ、お前を絞め落とすくらいは十分可能だ。覚えとけ、我が妹よ」

「イエスマム!」

「ったく……」


 調子のいい沙夜に苦笑い。


 これも一応、日常風景っちゃぁ、日常風景だからな。


 変わらずに接してくれる辺り、素直にありがたい。


「で、お前は何しに来た?」

「あ、そうだったそうだった。えとね、彩姉ぇが下着を身に着けることに対して、憂鬱になってるんじゃないかなー、と思って無理矢理着せに――もとい、手伝いに」

「隠して切れてねーよ!? ってか、お前はエスパーかっ!」

「おやまっ! 本当に当たってるとは。さっすがあたしぃ! 彩姉ぇを世界一理解してるだけあるわー」

「……そりゃ兄妹だからな」

「いやいや、今は姉妹だぜー、姉御ー」

「誰が姉御だ」


 いや、間違いではないが!


「と、まあ、冗談はさておき、着替えを手伝いに来たんだけど、何かやることある?」

「お前、急に真面目になんなよ……その温度差に付いてけねーよ……」


 なぜこうも、俺の妹は朝からハイテンション+温暖差があるんだろうか……。


 ってか、疲れねーのか? こいつ。


「それでそれで、どうどう? あたしの手取り足取りのお着替え、いる?」

「いや、いらん。……昨日、散々着させられたからなぁ……畜生……」

「うわー、彩姉ぇが過去に類を見ないレベルの遠い目を……。まあ、何と言いますか……ドンマイ! 彩姉ぇ! でも、下着を着けるのって、慣れてないと難しいから、ある種の才能だぜ! 上手く付けられるの!」


 パチッ! とウィンクしつつ、サムズアップする愚妹。


「嬉しかねーよ!」


 なぜ元男の俺に不必要な才能が備わってんだよ! 普通になんか嫌だわ!


「んじゃあ、あたしの手は必要ないってことだねー。なら、あたしはリビングで待ってるとするよ。あ、朝ご飯は目玉焼きと、ウインナーと、サラダと、お味噌汁と、白米がいいな! 黄身は半熟で、デザートもあると嬉しい!」

「注文が多いんだよ、お前は。……まあいい、着替えたらすぐ行く。とりあえず、コンロに小鍋とフライパンを出しておいてくれ。そっからは俺がやるからよ」

「はーい! いやー、女の子になった途端、彩姉ぇはすっかりお嫁さんっぽくなっちゃって……妹としては、なんだか寂しいよ」

「俺は元々家事をするんだよ」


 つーか、なんでこいつが寂しがるんだよ。


 普通に考えて、立場的なことを言えば逆なはずなんだがなぁ……。


 ……まあ、しゃーない。たまに憎ったらしいが、それでも大切な可愛い妹だしな。


「それじゃ、あたしは下へ行くぜー! バイバーイ!」

「あいよ。…………はぁ、仕方ねぇ。俺もさっさと着替えて下行くか……」


 結局、登校時間がえらいことになると思った俺は、仕方なく女物の下着を身に着け、制服を着た。


 ……いざ家で着てみると、本当に負けた気分になるんだなぁ……。



 着替えた後、朝飯を食い、俺たちは学園へ登校。


 昨日の今日で視線が減る……なんてことはなく、俺には昨日と同じくらい……いや、それ以上の視線が集まっていた。


 正直鬱陶しいところではあるが、この容姿じゃ仕方ないと割り切ることにした。


 ……それに、ルナと付き合っていた時は違って、敵意的な視線じゃねーからな……。


 …………いや、あっちの方がまだマシだな。


 正直、胸をガン見するバカ共が多くて気持ち悪い。


 ……そういや、俺もたまにルナの胸を見る時があったっけなぁ……あれって、ルナにバレてたんじゃね?


 ……絶対バレてたな。何せ、そういう時は気待って俺……あいつに襲われてたから。しかも、行き先がなんてーか……ホテル、だからな……。


「彩姉ぇ? どしたの? また遠い目になってるよ?」

「……いや、なんでもねぇ。少し、男だった頃のことを思い出していてな……」

「そっか。まあ、うん。いいんじゃない? 女の子の生活も楽しいよ?」

「……だといいがなぁ」


 沙夜の言葉に、そうであってほしいと祈りながら、俺たちは通学路を歩いた。



「おはようございます、彩羽ちゃん!」

「あぁ、おはよう、ルナ。……なんかお前、随分ご機嫌だな?」

「はいっ! 今日は体育がありますからね! 彩羽ちゃんが女の子になったことによって、準備運動や、ペアを作るタイプの内容の時は、彩羽ちゃんと一緒にできますから!」

「お、おう。なんか、そう正面向かってそう言われると、マジで照れるな……」


 俺としてはまあ、女になっちまったことは甚だ不本意ではあるが……たしかに、そう言う意味では、かなり嬉しいかもしれん。


 それに、同じ意味でいけば、たしか家庭科もそうなるはずだ。


 あれは、男女別だからな。


 男子が座学の日は、女子は実習で、女子が座学の日は、男子が実習、ってな具合だからな。


 ……もっとも、わりかし料理ができる奴が少なく、失敗する班も結構出ていたんだがな。


 しかもそれは、男女両方に言えることだ。


 昔はまあ……女だから料理ができて当然、みたいな風潮があったが、今はそんなことを言おうものならば、女性蔑視だ、性差別だなんだと炎上しちまう時代になったからな。


 俺はむしろ両方やるべきだと思ってっから、さほど気になんねーし、何よりそう言う奴がいれば殴りたくなる。


 ……なお、俺とルナがピクニックデートをした際、弁当を作ってくるのは俺である。理由はまあ……察してほしい。


「ふふっ、大好きな彩羽ちゃんと一緒なのは、とっても嬉しいですっ!」

「うわわっ! る、ルナ、俺も女になって体格も同じくらいになったんだから、急に抱き着くなよ? もし転んで、ルナが怪我したらどうする」

「あら、彩羽ちゃん自身の心配はしないんですか?」

「ったりめーだ。ルナが一番大事に決まってんだろ? 俺は、自分よりもルナが傷つくことの方が看過できん」

「彩羽ちゃん…………もうっ! 大好きですっ!」

「っとと……言ったそばから……」


 やれやれと思いながらも、更に抱き着くルナの頭を撫でる。


 すると、嬉しそうに目を細めた。


 くっ、俺の方が背が低くなっちまったから、どっちかってーっと俺が抱きしめられてる側じゃね……?


 だがまあ、ルナのいい匂いが鼻腔をくすぐるし、何よりこの……安心感のある包容力と言うか、うん。正直、避けるという選択肢がはなっから浮かばないほどの、圧倒的なまでの癒し力、さすがだ……。


『……なぁ、さりげなーく目の前で百合カップルのイチャイチャが展開していることについて、どう思うよ?』

『は? そんなの、言わなくてもわかるだろ』

『『『最高』』』

『だよな!』

『いやー、今年はなんだかクラス替えは当たりな気がするよ』

『わかるわかる。まさか、こんなに尊い光景が見られるなんてね』

『『『『TS病』グッジョブ!』』』


 ……このクラスの奴らも、十分変な奴らだよなぁ……。


 ってか、百合カップルが生まれて、尚且つそいつらがイチャコラしていたとしても、生暖かく見守る時点でまあ……変であり、いい奴らだと思った。


 ただし、男共の視線だけは許さん。


 正直、気持ち悪い。ってか、明らかにそう言う目で見てやがんだろ、この光景を。


 ……チッ、やっぱ男のままの方がよかったな。



 まあ、朝から教室でいちゃついてしまったが、それでも順調に時間は進み、昼休み――の終わり頃。


「……っと、そういや体育か次は」

「はい! ちなみに、もうすでに彩羽ちゃんの体操着もこちらに」


 嬉しそうに反応するルナは、どういうわけかどころからともなく中身が入ってる新品の体操着入れを取り出した。


「なんでお前が持ってんの?」


 ってか俺、体操着を受け取った記憶ねーんだけど!?


「あらかじめ、雪お姉さんから貰っておきました!」

「何してくれてんのあの従姉!?」


 クソッ、今の俺の状況を想像して高笑いしている奴の顔が思い浮かぶ……!


 ……あぁ、ちなみにルナが我が従姉のことを、『雪お姉さん』と呼んでいる理由ってのはまあ……彼氏の姉のような従姉だから、というものだ。


 通常ならそんなことはないと思うんだが、うちの従姉は割としょっちゅう家に泊まりに来る――もとい、俺の飯を貪りに来る。


 なんでも、


『可愛い弟分の飯は美味い! ついでに、酒もあると姉ちゃん嬉しい』


 らしい。


 最近は単純に仕事が忙しいらしいんで、今週はまだ来ていないが、本来なら週六で家に泊まりに来るからな……ってか、それもう普通に住んでんだろ、というツッコミは無しにしてもらいたい。


 仮に、家に奴の着替えや下着類や、専用の家具などがあったとしても、だ。


 だからまあ、割と雪姉と顔を合わせる機会が多かったルナは、雪姉のことを『雪お姉さん』と呼んでいる、というわけだ。


「あ、ちなみに雪お姉さんは『TS物のお約束、いつもと同じ感覚で教室で着替えるなよー』だそうです」

「誰がするか!」

『『『なんだ、しないのか……』』』

「おいテメーら! 何がっかりしてんだよ!? マジでぶん殴るぞ!? ってか、彼女持ちの奴も混じってたよな!?」


 彼女持ちの奴は普通に殺されると思うんだが!?


 しかもそいつってたしか、このクラスにいた気がするんだが……


『ねぇ、今の、どういう意味?』


 ……あ、あいつ、終わった。


『あ、あははは、ゆ、許して?』

『許さんっ! あとで校舎裏、行こうな☆』


 あいつ(五度薔薇惣佐衛門)の彼女って確か、この辺じゃなの知れたレディース総長だったよな?


 ……まあ、なんだ。頑張れとだけ、思っておこう。


 俺と同じことを思ったのか、周囲にいる奴らはほぼ全員、五度薔薇惣佐衛門に合掌した。


「あ、もうすぐ時間になりますので、更衣室行きましょ、彩羽ちゃん!」

「……お前って、実は自分が興味のある物や、好意のある奴以外に対しては、マジで興味ねーよな……」

「気のせいです♪」

「……そうか」


 俺の彼女様は、平常運転だった。

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