第17話 恋を証明せよ
「……な、何か証拠はあるの」
瀬凪は蚊の鳴くようなか細い声でそう言った。
「え、まさか白を切るつもり?」
そんな瀬凪の態度に少し驚きつつも尋ねると、瀬凪は机の上に視線を落とした。
「べ、別にそういうわけじゃないけど……」
恐らくはどう反応するのが正解なのかを必死に考えているのであろう。この一連の態度だけでも十分私の指摘の肯定とも受け取れる。
「……まあ、恋しているかどうかなんて証明しようがないよね」
しかしあえて私がそう言うと、瀬凪は驚いた表情で顔をあげた。
「だから、瀬凪が認めないなら仕方ないよね」
私がにこやかな笑顔を浮かべつつ付け加えると、瀬凪は安堵の表情を浮かべた。
「……じゃあ、私が翔と付き合っても何の問題もないよね?」
「え」
一瞬流れた和解ムードは、私のその一言によって雲散霧消と化した。
「結婚誓約書にも『恋人を作っても良い』という条項があるもんね? 私が翔と恋人になって、瀬凪の目の前でラブラブな電話をしても、デートの惚気話をしても、もらったプレゼントを自慢しても、記念日のお祝いをしても、何の問題もないよね?」
もちろんこれはただのカマかけである。翔の方はどうかわからないが、少なくとも私には翔に対する恋愛感情はない。もしお付き合いを申し込まれたとしても、恐らく断るだろう。
しかし、瀬凪はそうとは気付かなかったのか、あるいはいつかあるかもしれない未来に思いをはせたのか、徐々にプルプルと体を震わせると、目に涙を浮かべ始めた。
「お、鬼なの? それとも悪魔なの?」
震える声でそう言って、今にも泣き出しそうな瀬凪に、流石に良心が痛んだ。
「えっと……あの、まさかこんなただの仮定の話で泣くとは思ってなくて……」
そう答えると、瀬凪はハッとしてゴシゴシと目をこすった。
「な、泣いてないけど」
そして恋の話云々よりも更に無理のあることを言った。
「……そう?」
思わず呆れた声を出してしまう私を、瀬凪は力強い目で見返した。
「な、泣いてないから! 今のはただの、ただの」
「……ただの?」
「ただの……あ、汗、汗だから!」
そんなことを大真面目に言う人がこの世にいるとは思いもしなかったが、不覚にもちょっと面白いと思ってしまった。
「そっかぁ。汗なら仕方ないね」
ニコリと笑ってそう言うと、瀬凪もハハッと困ったように笑った。
「……まあ、それはさておき。なんで私は鬼だの悪魔だの言われたのかな?」
努めて穏やかな口調は崩さずに尋ねたが、瀬凪はギクリと肩を震わせた。
「あくまで一般論だけどね。もし仮に、瀬凪が私のことを好きなのであれば、確かに私が恋人とのイチャコラを瀬凪に見せつけるのは鬼畜の所業と言えなくもないと思うよ? でも、瀬凪は私のことが好きじゃないんだよね?」
「そ、それは……」
言葉に詰まる瀬凪に、私は更に畳みかける。
「他に理由があるなら納得のいく説明をしてくれる?」
ニコニコと笑いながら追い詰めていく私に、瀬凪はグッと唇をかみしめて耐えていたが、不意に両手をバッと上げてバツ印を作った。
「あ、あの! ちょっとタンマ!」
「何?」
「あの、そもそも論というか」
瀬凪の意図するところがわからず頭に疑問符を浮かべながら首を傾げると、瀬凪はオホンと一つ咳ばらいをした。
「朱侑は何か、恋愛にトラウマでもあるの」
「え、私?」
それはそちらでは、という言葉は飲み込んだ。
「ロマンスフォビアっていうのかな。この場合のフォビアは恐怖の方じゃなくて嫌悪の方」
瀬凪は補足のようなことを言うが、更に訳が分からなくなった。あまりにも突拍子のない話に面食らってしまう。
気づけば攻守は完全に逆転していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます