秋 百合乃婦妻と秋の空

239 R-教室に漂う夏の残り香


 休みが明け、されどもまだ残暑というに十分な暖かさ。


 久方ぶりの教室もやはり、夏季休暇の名残とでも呼べるあれこれが漂っていた。


「おほほほほっ!死ぬほど日焼けしましたわっ!!」


「いてぇですわ!いてぇですわ!」


「こいつら元気過ぎる!」


 日焼け止めなど容易く貫通するほどに、野外で遊び倒した推薦貴族ぱーりーぴーぽーたち。日がな一日部屋に籠っていた一般受験組とのコントラストが、夏の多様性をこれでもかと身体で示していた。


「――勉強漬けのお休みはどうでしたかぁ♡真面目受験生さぁん♡」


「いや、あんた毎日のように煽り入れてきてたでしょうが」


「っ!そ、そうだったけぇ?ざこ一般受験生さんのことなんて、よく覚えてないなぁ~♡」


「……また理解わからせられたいの?」


「ひぅっ……♡」


 高等部生活最後の夏休みを乗り越え、一皮剥けた者もいる。

 小生意気な煽りに翻弄されていた彼女も今や、クレバーに手綱を握る立派なメスガキ理解わからせ受験生に。

 こうなれば必然、理解わからせられた側の語尾に付くハートの意味合いも、変わってくるという話で。


 ……ナニをどうして理解わからせたのかは、当人らのみぞ知る話であるが。


「おはよう、まま」


「おはよう。休み明けなのに学校これて、えらいえらい」


「まますき」


 また別の一角では、同級生同士で、ごく自然に、母娘のようなやり取りが行われている。

 「まま」と呼ぶこと、呼ばれること――実年齢など関係ない、希求と受容の相互理解を深めた二人に、もはや躊躇いも恥じらいもあろうはずがない。外様が見れば背徳的、しかし当人らにとってはこれこそがあるべき姿なのだから。


「高校三年生の夏休みって、みんな成長するものらしいよー」


「これ成長って言って良いのかな」


 そんなクラスメイトたちの変わりようを、一歩引いたところから眺める華花と蜜実。成長と言うべきか惨状と言うべきか悩ましいところではあるが……まあ、婦婦的には面白いからオッケーでもある。


 始業式まで、今しばらくの猶予がある三年二組。

 また一組、戸を開けて教室に入ってきた生徒二人が、えらくぎこちない歩みで、自分たちの席へと向かう。華花と蜜実の、すぐ近くの席へ。


「おはよぉーおひさー」


「お、おはよぅ」


「久しぶり、だね」


 朝と休み明けを一緒くたにした蜜実の雑な挨拶に、返す二人――初橋 心と谷越 佳奈の声音は、やはりどうにもおかしいような。


「……なんか変」


「「っ」」


 流石に違和を感じた華花が目を向ければ、その表情までもが、揃ってかちこち強張っている。


「そ、そぉんなことないでょ?」


「でょ」


「全然普通、いつも通りだすぃ?」


「すぃ」


 明らかにおかしい。二人共、安直な語尾でキャラ付けするような人物ではなかったはず。じとぉーっと眺める婦婦の視線に、心と佳奈の瞳はぐるぐるきょどきょど揺れ動いていて、全く落ち着きが見られない。


 錆びついたロボットのような挙動で席に座る二人を眺めながら、考える。


((……ふむ))


 揃って頷き、一つ実験をば。


「じゃーん」


 蜜実がカバンから取り出したるは、細長い棒状のスナック菓子。

 箱を開け、中の小袋まで開封すれば、チョコでコーティングされたスティックの束が姿を現した。


「これをー」


 そのうちの一本を抜き出し。


こうほぉ


 チョコで覆われていない、持ち手の部分を咥えて見せる。


「んー」


 反対側の先端を、待機する華花の方へ。


「あー」


 待ってましたとばかりに口を開け、同じく華花も咥えようとすれば。


「「――っ!!」」


 ばっ、と。

 擬音すら聞こえてきそうな速さで、顔を背ける心と佳奈。

 頬を真っ赤に染めたまま、婦婦から、そして互いから目を逸らすように、反対方向を向いている。


((……ふむ))


 無論、この棒状チョコ菓子ゲームは、ただのフリである。

 華花と蜜実は分別のあるバカップルである為、ジッサイ人前でそんなはしたない真似はしない。

 心と佳奈の反応を窺うために一芝居打ってみたのだが……


「「……やっぱ変」」


「「うぐぅ……」」


 きっちり一本、蜜実が食べ終えてから再びジト目を向けてみれば、図星を突かれた側の瞳は、なお一層、挙動不審に揺れ動く。


 今までの心と佳奈であれば。

 棒状チョコ菓子ゲームなどという過激な行為が目の前で起こってしまえば、まず間違いなくガン見したまま、鼻血を噴出するなり足腰にダメージがくるなりしていたはずである。


 しかしどうしたことか、むっつり耳年魔なはずの二人組、今回はろくに視線を向けることすらなく、ただただ恥ずかしげに顔を背けるばかり。しかもわざわざ、明らかに意識的に、互いからも目線を逸らすように。


「……このことから導き出される結論、それはぁ~」


 名探偵……というより安楽椅子探偵めいた様相で、人差し指を蜜実が立てれば。察しの良い助手さながらに、華花がその結論とやらを口にする。


「――二人共、付き合い始めた?」


「「――っ!!!」」


 ぶんぶんぶんぶんぶん!!!!!


 と、ものすごい勢いで首が横に振られる。


 その風圧たるや、もはやちょっとした送風機。

 二人揃っての挙動なものだから、華花と蜜実それぞれに一台ずつといった塩梅であった。


「つ、つ、つ、付き合ってるとか、そういうのでぁないからっ!!!」


「でぁ」


「そうそうそうそう!!友達、ただの友達だかりゃ!!!」


「りゃ」


 さっきから舌が仕事をしていない。しかしその辺りを訂正する余裕すらなく、急にスイッチが入ったようにわちゃわちゃと、賑々しく、過剰なまでに否定する心と佳奈。

 当然ながらその大きな声は、教室にいた大半の生徒の耳に入ってしまい。


「あ、あの二人付き合いだしたんだ」


「まあ、そう、そうよね」


「どうみてもカップルで推し事してる二人組だったし」


「お揃いの推しTシャツとか着てそう」


 まあ、好き放題言い放題であった。

 当人ら曰く付き合ってない、ただの友達らしいのだが……そんな言い分が通るほど、現実は優しくはないのである。噂話とは往々にして、真偽ではなく面白いか否かを基準にして広まっていくのだから。


「いや、待って!待って!ほんとにそういうのじゃないからぁ!!」


「てか私たち、そんな風に見られてたの!?」


 顔を赤らめて仲良く否定しても、まるで説得力というモノがない。

 最早ことここに至っては、付き合っていないなど「公式が勝手に言ってるだけ」状態である。


「……うん。なんか、ごめん」


 これ私が悪いのかなぁなどと思いながらの、華花の謝罪。どこまで心が籠っているか怪しいものであった。


「で、ほんとに付き合ってないのー?」


 真偽を問う蜜実の言葉は、ややボリュームが絞られており。それは気遣いのふりをした、巧妙な手口。


「ほ、ほんとだよぉ……」


「……その、き、キスは、したけど……」


 案の定、駆け引きに疎い佳奈が引っかかった。


「ちょっ……!佳奈ぁっ……!」


「あっ」


「わぁ」


「へぇ」


 なるほど。だから先ほど、棒状チョコ菓子ゲームに過剰反応していたのか。納得し頷く婦妻に、キスしたらしい二人の紅潮が止まらない。


「おめでとさんだねぇ」


「ちがっ……や、確かにキスはしたけど……!ほんとに、付き合ってはいないからぁっ……!」


 何やら弁明のつもりで吐いた心の言葉は、それはそれで結構な爆弾であり。


「……付き合ってないのにキスしてるの?」


「……はい」


「継続的にー?」


「……はい」


「持続可能で?」


「……はい」


「再生可能なー?」


 百合力発電。


 しかし付き合ってはいない。そう言うことらしい。


「爛れてるねぇ~」


 一切の忖度も無くそう評する蜜実に、うぶなガールズが最後の、せめてもの抵抗を見せる。


「「でもまだ友達だからっ!」」


 それはつまり、セの付くお友達体験版のようなものなのでは……?

 などとは、流石に言えない華花と蜜実。


「まあ、お幸せにね」


「ね~」


 何にせよ、やはり夏休みは関係を進展させやすいのだなぁと、良く良く感じさせる一幕であった。

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