237 V-第三回夏季特別講習
前半にヘレナとメアリーの来訪。後半にその
クロノの様子を見に行ったり、ヘファの工房に入り浸ったり、エイトとスタンピードを一つ二つ潰しに行ったり。
ふと気付けば、長い休みも終わりに近い。
そんな一日に入れられていた、夏季休暇最後のイベント。
「――では、お二人の考えを聞かせて下さい」
第二回以降少し間が開いてしまった、第三回夏季特別講習であった。
前回から日を開けたのは、彩香女史と和歌のスケジュールの都合でもあり。また同時に、前二回を経て、生徒たちに考える時間を与えたかったからでもある。
より深く探求していく上で重要な物、即ち、仮説を。
「はい、えっと――」
夏季休暇中の課題も兼ねられた、『現時点での思考接続に関する仮説及びアプローチの方針』とでも題すべきもの。
文面としての提出は休暇明けにはなるが、今日の第三回講習に活かすべく、華花と蜜実の論述が始まる。
……まあ、それほどかしこまった雰囲気、という訳でもないのだが。
やはり場所は体育館のような仮想空間で。
広い屋内の真ん中に、二人二人で向かい合わせに佇む四人。
「――どうしても、今までの経験上、って話になっちゃうんですけど」
華花と蜜実の口調も、いつも通り、少し砕けた丁寧語。
「思考が繋がる条件、最初は『強い相手と戦う時』って思ってたんですけどー」
早々に抱いていた疑念の通り、それでは基準が曖昧にも拘らず、シチュエーションは限定的であるように思えてしまう。
第二回講習時。
勝つための闘争ではなく、勝ち目のない逃走に際しても同調が発現していたとするならば。
その間口は、もっと広いものなのではないだろうか。
「
同調が実際に起こっていた時、自分たちがどういう状況下にあったのか。夏季休暇中、折を見て話し合っていた時、ふと思い立ったことがあった。
戦闘。逃走。そして……リアルでの、まあ、アレやらコレやら。
そもそもの話、どの場面においても、思考の接続を認識する前から、二人とも考えていることは同じではなかったか、と。
そこから生まれた仮説は、即ち。
とにかく何か一つの、同じことを、二人が同時に考えている時。その向く先、思考の指向性とでも呼ぶべきものが高い精度で一致している時にこそ、同調が発現するのではないか、ということ。
「イメージとしては、こんな感じでー」
蜜実の言葉に呼応して、翳した二人の手から、それぞれ、矢印のエフェクトが出現する。少しずつ伸びていくそれらは、向かい合っている……わけではない。
華花と蜜実は今、隣り合って立っているのだから。体の前に出現した矢印は、必然、並んで二人の前方へと伸びていく。
その向かう先、次いで出現した宙に浮かぶ光球へと、二筋の線はゆっくりと進んでいき。
「同じ目的とかに向かって、私たちの思考が、同じように伸びていって」
そうして
「それが凄く高い精度で一致した時にー、接続されて」
結合し、一つの大きな矢印となる。
それが、思考の同調。
戦闘に際する思考接続は、戦う、相手を倒すといった考えを一緒に抱いているから。
その中で細かく分解される一つ一つの戦術、一手の動き。それどころか、武具や四肢はおろか指先の震えに至るまで、『互いの委細全ての挙動』という思考が、高精度で一致しているから。
だからこそそれが繋がり、闘争心をも同調させた。
或いは、第二回夏季講習。
恐怖を共有し終始恐慌状態にあった先の鬼ごっこも、どう足掻いても勝てないという考えを、『幾通りもの負け筋』という思考を、高い精度で一致させていたから。
だからこそそれが繋がり、恐怖心の相互増幅にまで発展した。
……そしてこれは、流石に開けっ広げに語るわけにも行くまいが。
リアルにおいては、情事の最中にこそ軽度の接続が度々見て取れた。その時の思考、『相手のどこをどうしたいか』と『相手にどこをどうされたいか』は、鏡写しのように同じもので。
その瞬間の二人は、向き合っているのと同時に、『愛し愛されたい』という目的に向かって、並んで一緒に進んでいるとも言えたのではないか。
「……ってことなのかなぁ、と……思うんですけど、はい……」
二人の様子が自信なさげなのは、この仮説があくまで、今までの思考接続をまとめた上での経験則のようなものでしかないから。
明確な証拠を以って論じているわけではない。
経験則は、それだけでは不変の法則にはなり得ない。
今はまだ、その確たる何かを求めて手探りに試す段階。
「なんて言うかー……思考が繋がってるから同じことを考えてるんじゃなくて、同じことばっかり考えてたから思考が繋がるようになった、と言うかー」
結局のところ先にあったのは、テレパシーと見紛うほどの『思考の一致』で。
数年分にも及ぶ膨大な量のそれが。いつだか自身らで、ただの妄想かもだなんて揶揄していた相互理解が。仮想空間という思念の集うセカイにおいて、結合という道へと歩み始めた。の、だろうか。
「なので今後は、戦闘に限らず、とにかく細部まで同じことを考える状況を積極的に作っていけたらなぁと」
強敵との闘いという極限状態が、とみに思考の一致を生みやすかったというだけであって、それ以外の状況でも同調を発現させることはできるはずだ、と。
華花の言葉で締め括ったのち、二人はお伺いを立てるように、担任の顔を見やる。
「「…………」」
「…………」
「…………」
婦婦と、自身の隣に立つ和歌の視線。三つを一身に受ける彩香女史の沈黙は、そう長いものではなかった。
「――スタートラインとしては、悪くないように思えます」
当人らの言葉通り、経験則に基づく仮説ではあれど、その説を構築するに至った思考プロセスは、納得の行くものに見える。
検証に一つ指針を通すとするならば、この線で行ってみても問題は無いだろう。
一つの頷きに多くの首肯を込めながら、彩香女史はゴーサインを出す。
(で、あればこそ。思考は共有されども意識が混濁しないのは――)
元より、二人が個々人のまま、同じことを考えているから。
個が確立されているのだから、混ざりようがない。
あまりにも、当たり前と言えば当たり前の話。
しかし、これをとっかかりに、アバターの自他隔絶機能に柔軟性を持たせることは。
(――或いは、可能なのかもしれませんね)
半ば直感的に抱いた、予想というよりも感想に近いそれを口に出すことはないまま、今一度頷いて。
「では、その前提で。しかし種々の状況や目的を設定するのは、残念ながら今からでは時間が足りませんので……今回は仮説の再確認も兼ねて、前回と同じ手法で行きましょう」
仮説を立てたら、実践あるのみ。
暗に夏休み後のサポートも示唆しつつ、第二回と全く同じ条件での、三度目の鬼ごっこが始まる。
絶対的な能力差もそのまま、けれども今回、考えることは。
(怖い、じゃなくてー)
(一秒でも長く、生き永らえること)
……生き永らえる、という表現が既に、二人の恐怖を示唆しているような気もしないでもないが。
まあ、思考の一致という点では、申し分ないだろう。
「「――よろしくお願いします!」」
気合の入った言葉と共に、夏休み最後の地獄が始まった。
尚、この場でただ一人。
(――めっっっっっっちゃ尊いってコトですかねぇつまり!!!!!!)
美山 和歌だけが、理屈も何もない真理へと辿り着いていた。
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