第21話 毒草。
戸口に紅い髪が見えた瞬間、リリアは泣きそうになる。リリアが無条件で頼れる存在。
(シャイル!)
シャイルはリリアの姿を見つけると、優しく微笑んだ。彼はいつも困っているリリアを助けてくれるから、つい条件反射のように力を抜いてしまいそうになる。
だが、何も解決していないのだ。リリアは決意も新たにシャイルに向き直る。
「シャイル! お義父様は眠り病のようなの!」
リリアの発した言葉に、シャイルが一瞬顔を強張らせた。
だが、すぐに頷くとシュティルの寝台へ近づいて来る。
「待て! おまえは、誰だ? 誰が陛下の寝室へ入る事を許したのだ?!」
面識がなかった宰相であるバルトルトがシャイルの前に立ち塞がる。慌てたリリアがバルトルトとシャイルの間に割って入った。
「私が来てくれるように頼みました。彼は医師です。今、私と共に医療院の建設にも携わっている者です。それに、彼はウォルター・バーラントの弟子でもあります。ウォルター・バーラントと共に、この病気から人々を救った経験も持っています。彼の腕を信じてください。それに、この病気は一刻を争うのです!」
「ウォルター・バーラントだと?!」
「あの方は、生きておられたのか?! 我が一族が誇りとするあの方の弟子だというのなら大丈夫だ。宰相殿、私からもお願いいたします。彼は今から私の助手として、陛下に触れる許可をいただきたい!」
少し興奮した様子で、アロイス・バーラントが援護してくれる。国王専属の医師にそこまで言われ、バルトルトはシャイルをアイロスの助手として認めねばならなくなった。
「うむ。私もウォルター・バーラント殿にはとても世話になっていたのだ。知らぬこととはいえ、先ほどはすまなかった。さあ、早く陛下に治療を施してくれないか」
急かされるようにシャイルはシュティル国王の病状を隈なく調べ始めた。
「リリア……王女殿下がおっしゃるとおり、陛下は眠り病と呼ばれる疫病に罹っておいでです」
「それはどのようにして治せば良いのだね?」
アロイスが身を乗り出す。
「ジギタリスを投与します」
だが、シャイルの放った言葉にアロイスが目を剥いた。
「ジ、ジギタリスだと?! 魔女の指ぬきと呼ばれている毒草ではないか!」
「はい。そのジギタリスでしか、この病を発病してしまった者を治す事は出来ません」
毅然と言い放ったシャイルに対し、国王専属の医師は口を開けたまま茫然と突っ立っている。シャイルは説明を続ける。
「確かに、ジギタリスは毒草として知られていますが、劇薬として弱った心臓には薬として効果があるのです。もちろん、投与する量にはかなり注意が必要ではありますが」
「だ、駄目だ。駄目だ! 毒だと分かっておるものを陛下へ投与することなど許可するわけにはいかぬ! ……まさか、おまえは王女と結託し、この機に陛下を亡き者にしようとしているのではないだろうな!」
背後からからシャイルの肩を鷲づかみにし、バルトルトが言い放った。彼が放った言葉に、シャイルが目を見張る。
「私に対してなら何を言おうがかまわない……」
掴まれていた手を振り払ったシャイルの眼差しが剣呑になっている。ベルンシュタイン国の宰相を睨み据える目には明らかな憎悪が現れていた。まるで相手を焼き尽くすような激しい眼差しだった。
「だが、リリア王女殿下に対し、今の言葉だけは許すことは出来ない」
シャイルは相手を射殺すほどの憎しみを瞳に宿して冷ややかに告げながら、まるで相手の顔を鷲掴みにでもするかのように右手を宰相へ向け伸ばす。
「やめて! シャイル!」
リリアは悲鳴を上げ、シャイルの腕に飛びついた。ユーリックも慌てて、シャイルを背後から羽交い締めにする。
「落ち着いてシャイル! 私は何とも感じていないわ!」
シャイルの剣幕に驚いたバルトルトが腰を抜かし床にへたり込む。その姿を見下すようにユーリックも非難する眼差しを向けていた。
「宰相閣下。貴殿の発した言葉は、決して許されるものではありませんよ」
ユーリックの抗議する声に、リリアはさらに慌てた。今はいがみ合っている場合ではないからだ。一刻の猶予もないのだ。リリアはこの国の宰相である男に必死で語りかける。
「お義父さまの身を案じるが故の言葉だと理解しています。ですが、私達が知っている治療はこの方法だけなのです! それに、早く治療を施さなければなりません! 今こうしている間にも、お義父さまの心臓が──」
喉の奥から込み上げてくる嗚咽で、リリアは声を詰まらせた。なんとか宰相を説得しないといけないのに、喉が塞がってしまったように声が出ない。両手で喉を押えながら喘ぐリリアの目からは、涙が後から後から溢れては流れ落ちていく。
(治療の方法が分かっているのに! 私はこのままどうすることも出来ないの? おじいさん、どうすればいいの? どうすれば──)
室内が水を打ったように静まり返る中、焦りと不安、そしてシュティルを喪うかもしれない恐怖に押し潰されそうになりながら、ただ途方に暮れるリリアだった。
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