第8話 一人にしないで。
天蓋のある大きな寝台の上で、リリアは目を覚ました。見覚えのない部屋の様子に、回らない頭で、ここはどこなのだろうかとぼんやりと考える。
「……気が付いたのね?」
聞き覚えのある声に、ゆっくりと視線を向ければ、シャイルが寝台のすぐそばに座っていた。その顔は少しやつれたように見える。シャイルとは随分と長い間会っていなかったようにも感じた。
「シャイル……」
名前を呼べば、シャイルが手を伸ばし、そっとリリアの額の上に掌を置いた。
ひんやりとした手がとても気持ちいい。リリアはその手を両手で持ち、まるで子供が母に甘えるように頬づりする。
「──よかった。少し熱が下がってきたようね」
シャイルはされるがまま、どこか安心した声でほっと息を吐く。
全身が怠くてしかたがないのは、熱のせいらしい。
「私……」
「……気を失って倒れたのよ。その後、高熱が出て、今やっと下がってきたところよ」
「倒れた……?」
「そうよ。あまりに色んな事があったから……」
しかたないわ、とシャイルが呟く。
その瞬間、今までの事が走馬灯のように蘇る。リリアは視線をシャイルから天井へ向けた。
「────クロウは、行ってしまったのね?」
力無く目を閉じる。
質問とも確認ともとれるリリアの言葉に、少しの沈黙の後、シャイルが『ええ』とだけ囁くように答えた。やはり夢ではなかったのだ。夢であってほしかった。
「……シャイルも行ってしまうのね?」
「…………リリア」
シャイルの声はとても苦しそうで、まるで絞り出すような声だった。彼までもがリリアのそばから離れて行ってしまうのだ。
家族のようにずっと一緒に暮らしてきたのに。
叔父様とクロウ、そしてシャイルとの間で何か大切な話があったのだろう。
だが、シャイルに理由を聞いてもきっと教えてはくれない気がする。そうでなければ、こんな苦しそうな表情で口をつぐんだりしないはずだから。
シャイルが王都へ行かせたがらなかった理由はこうなることが分かっていたからなのかもしれない。
勝手に王都へ向かったのはリリアだ。
だが、この旅をしたからこそ会えた人達がいる。
瞼が震え、力なく目を閉じれば、涙が目尻を伝い流れ落ちていく。
リリアの視線を振り切るように去って行ったクロウの後ろ姿が忘れられない。
『……俺と一緒に逃げるか?』
あの時、頷いていれば、何かが変わっていたのだろうか?
いつかは離れ離れにならないといけなかったのだとしても、今とは違う結果になっていたはずだ。
それとも、リリアの存在がクロウを追い詰めることになったのだろうか?
王都へ来てから、リリアは自分のことだけに精一杯で、クロウとはあまり言葉を交わしていなかった。
もしかしたら、何か彼を酷く傷付けてしまったのかもしれない。
あんなに急いで去って行ったのだ。きっと何か理由があったに違いないのだ。
伝えたい事はまだたくさんあった。お礼さえ言えていない。大切なものを失ってから気付くなんて、また同じことを繰り返してしまった。
もうこれ以上同じ過ちは繰り返したくない。
我がままだと分かっている。でも……、
「行かないで。……置いていかないで。私を一人にしないで……」
流れる涙もそのままに身を起こす。零れ出た言葉をそれ以上続けることは出来なかった。
まるで覆いかぶさるようにシャイルがリリアの体を掻き抱いたからだ。
「……ごめんなさい──」
強く抱きしめられながら耳元で聞こえた謝罪の言葉は、まるで消え入りそうなほど儚い。
リリアは涙に濡れた目を大きく見開き天井を仰ぐ。まるでうわ言のようにシャイルの名を何度も何度も呼び、その優しい腕の中でリリアは涙が枯れるほど泣いた。
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