第182話 始祖種


「お主、とんでもない魔力の持ち主じゃが、まさか同族ではあるまいな?」


 負けを認めた少女が、俺の方へと近づいてくる。

 自分から戦いを仕掛けてきた割には既に害意はないようで、俺の出した光球ダンボーを興味深そうに眺めていた。


「同族? そもそもお前の種族が分からんのだが」


「む、分からぬか? 妾程の魔力を持ち、少々の肉体的損傷などすぐに治る。となれば、おのずと見えてこよう」


「……まあ、俺の知る範囲で消去法で消していけばんとなくはな。吸血鬼って奴か?」


「いかにも、妾は吸血鬼の始祖種。その名もグレモリィじゃ」


 腰に手をあてふんぞり返って自己紹介する少女――グレモリィだが、なんでこいつは負けたというのに偉そうな態度なんだ?


「はぁ……。んで、そのグレモリィさんが何の御用で?」


「『何の御用で?』じゃないわ! 妾が宿で休んでおったら、急に雷に激しく打たれて何事かと思って犯人を捜しておったのじゃ!」


「あー、それはそれは……。寝てる所を悪かったな」


「ぐ、ぬぬぬ……。お主、態度もふてぶてしいが妾の名を聞いて何も反応せんのか?」


 なんだ? このロリはこっちでは有名な奴なのか?

 まあ確かにこれまで出会った中だと、飛びぬけた強さを持ってるようだが……。

 その辺詳しそうな奴に聞いてみるか。


「ちょっと、待て」


 俺はそう言って仲間が退避した方へ歩いていく。

 グレモリィもその後に続き、光球ダンボーも俺の後についてくる。

 見れば、向こうも戦いが終わったことに気付いたようで、俺達の方へと歩み寄っている所だった。






「うわっ、大地。なあにそれ? また面倒も見切れないのにそんなの連れてきちゃったの?」


 樹里が俺の光球ダンボーを見て、ヤレヤレといった口調で言ってくる。

 まるで捨て猫を連れて帰ってきた時のカーチャンのような台詞だ。


「いやいや。これがバトルの決め手になったんだぞ?」


「相変わらずすごい魔力を感じるわよ? また前みたいに街中に打ち上げとくの?」


「そこは問題ない、温度制限を設けたからな。ほれ、この距離でもそこまで熱くないだろ?」


「ふぅん、そういえば確かにそーね」


 俺が説明すると、樹里は興味深そうに光球ダンボーに近寄ってあれこれ調べ始める。


「あの大地さん。それで先ほどの戦いはどうなったのでしょうか?」


「勿論俺が勝ったよ。んで、誰かこのグレモリィって奴のこと知らないか?」


 グレモリィは黙って俺達の話を聞いていたが、自分に関する話になると先ほどのように腰に手を当て、全く凹凸がない平らな胸部を得意げに見せつけるような態度を取る。

 見た目はロリだし、言動も幼い感じがするのでちょっと滑稽な感じだ。

 でも時折、場末のスナックのママのような熟練な雰囲気を感じさせることもある。

 そういった点ではなんだか不思議な印象があるな。


「な、ななななななぁぁ…………ッッ!」


「そ、その名はもし……もしや…………」


 グレモリィの名前を聞くと、ナベリウスとペイモンが大きな反応を示した。

 しかし俺の中ではこの世界の知識人枠に入っているアグレアスや、武人枠に入っているロレイは何の反応も示していない。

 ちなみに、グシオンは苦労人枠でヴァルは面白枠だ。


「知っているのか!? ナベモン!」


「何よナベモンって。モンスターを集めて戦わせるゲームみたいな名前じゃない」


 俺がナベリウスとペイモンに付けた即席のコンビ名を聞くと、樹里が反応を見せる。

 どうやら樹里の世界にもあのゲームはあったらしい。

 根本たちと話してると微妙な世界の差異のせいか、時折こうした国民的ゲームの話題が全く通用しないことがあるんだよなあ。


「もちろん知ってるわよぉ。だ、だだだってその名前は……」


「マスター。ナベリウスという名だけでは確証は持てなかったが、先程の戦闘の様子を見れば間違いないかと」


黄昏の吸血姫トワイライトプリンセスという二つ名の方が有名だけどぉ、グレモリィというのはかの『災厄の吸血鬼』のことよぉ」


「ナベリウスの申す通り。他にも『破滅の幼女』や『ピンクタイフーン』。『血の千日期』などなど、多くの異名を持つ正真正銘の怪物だ」


 え、なにそれ。

 なんでそんなに二つ名を色々持ってるの?

 自分で名乗ってんの?


「ふぁふぁふぁ! そこな二人は妾のことをよく知っているようじゃな。そうじゃ、妾こそが幾つもの異名を持つ吸血鬼の始祖種、その名もグレモリィよ!」


 グレモリィの名乗りに、これまで余り関心を寄せていなかったアグレアスやグシオンなども、目つきが変わっていく。

 あのヴァルですら、マジモードの顔になってグレモリィを見つめていた。


 反対に根本や樹里なんかは何のこっちゃという感じだ。

 俺もまあ名前だけは耳にしたことあったけど、想像してたのと大分違ったよ。

 主に見た目的な意味でな!


「始祖種とか言われても、吸血鬼と会うのは初めてだし他との違いがよく分からん。キングクラスのような上位のクラスなのか?」


「そのようなことも知らぬのか? 吸血鬼にも確かにヴァンパイアキングというのはおるが、妾たち始祖種は特別じゃ」


「ダイチ様、吸血鬼は他の魔族と比べたら数は少ない方だけどぉ、一人一人がすっごい強いのよぉ」


「うむ。ただでさえ強靭な身体能力を持つっているし、魔力も高く魔法も得意。おまけに、上位のクラスに近づくほど肉体の再生能力も高くなっていく」


「それにぃ、キングクラスどころかそれより格下の伯爵クラスですらぁ、エルヴァンキングと同程度の実力と言われてるのよぉ?」


 俺達が今いるエルヴァンの国ストランスブールの隣国には、吸血鬼達の国『アルテイシア』がある。

 そのせいか、エルヴァンであるナベリウスは吸血鬼のことに詳しいようだ。

 同じくボルドスの姫であったペイモンも、色々とその手の情報が頭の中にあるっぽい。


「つまり! 吸血鬼最強でもある始祖種の妾こそ、最強オブ最強!」


「俺には負けたけどな」


「ぐっ! それよそれ。お主は一体何者なのじゃ?」


 何者って言われてもなあ。

 戦闘に入る前にも似たようなこと言ってたけど、答えにくい問いだよな。

 俺は一体何者なのか。

 自分とは何を持って自分なのであろうか。

 思わず哲学的なことを考えてしまう。


「何者って言われても、俺は単なる人間だ」


「何を抜かす。妾はこれでも数千年生きておるが、お主のような人間には出会ったことがないぞ」


「じゃあ、これが初めての出会いって訳だ」


「……まあ、とりあえず今のところはそれでよかろう。で、人間を自称するお主の名は何というのじゃ?」


「俺? 俺の名は大地。大地宇宙ダイチソラだ」


「む? 人族の苗字持ちというと、全くそうは見えぬが貴族なのか?」


「そんなんじゃあない。ここにいる三人の人族も苗字持ちだが、別に貴族って訳じゃあないぞ」


 グレモリィは自称数千年を生きているようだが、そのせいか人族のこうした名前の付け方についても知見があるようだ。

 帝国の方はどうか知らんが、確かにノスピネル王国では苗字持ちというのは貴族だったり、一部の商人だったりだけが名乗っていた。

 そこらの一般庶民は基本的に名前だけしかない。


「そうか。名前を呼ぶときはどう呼べばいいのじゃ?」


「仲間達は俺のことを大地と呼んでいるぞ」


「では、ダイチ。これからよろしく頼むのじゃ!」


「えっ?」


「妾はお主についていくと言うとるのだ」


「どこがどうなってそうなった?」


「決まっておろう。お主程の強き雄ならば、妾を孕ますことも出来るかもしれぬからじゃ」


「……」


 ちょ、急に変なこと言うの止めてもらっていいっすかねえ。

 沙織からの刺すような視線が、ウナギの蒲焼のように俺を串刺しだよ!

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