第5話 鑑定
さて、ビルの屋上に降り立ったのはいいが、現在地はどこなのか? とかどうやってここから降りるか? といった事はひとまず後回しにして。
先ほど発見した、俺の中の新しい力について検証してみようと思う。
この屋上は人の出入りができるようになっているようで、少し離れた所には建物の中へと通じる扉もあったけど、今は誰もいないようだ。
力の検証にはもってこいだろう。
それと、発動が遅れているだけで、今すぐにでも俺の異世界転生が始まるかもしれない。
その辺の様子も見つつ新たな能力を探ってみよう。
まず、俺の中にある力に意識を集中する。
といっても、今回の奴は魔力とかサイキックマインドみたいな明確な力というよりも、まさしく『スキル』だとか『特殊能力』といった方が似つかわしいもののようだ。
そう理解すると、段々とこの能力の詳細についてぼんやりと掴めてくる。
どうも不思議な感覚だな。
………………。
んー、どうもこの能力は対象を求められてる気がする。
ただ単に能力を発動させようとしても、上手くいかない。
そこで俺は、屋上からビルの内部へと通じるドアの前まで移動し、そのドアに対してこの能力を使用してみた。
「…………ほおおう」
うん。
これはアレだね。
転生ものではお約束の鑑定能力っぽい。
試しに自分に対して使用してみると、俺に対する色々な情報が脳に直接流れてくる。
といっても、文字として認識するとかステータスウィンドウやアイテムウィンドウみたいなのが表示されるとかではなく、対象物を識る、といった感じだ。
例えば物質的にどのような素材で構成されているのか。内部構造はどうなっているのか。
そういった事を知る事も出来るし、先ほど自分を鑑定した時にはこの体の身体能力なんかについても、おおまかに把握することが出来た。
握力だとかそういった奴ね。
その後も何度か鑑定の能力を試していくうちに、大分俺の中でスキルの型のようなものが出来上がっていき、使いやすさが増していく。
最初はそれこそ鑑定したドア部分の分子の構成まで頭に入ってきたが、今では大まかにどのような形状で、どのような元素でできてるのかを提示するだけに留めている。
情報の取捨選択という奴だな。
初めて目にするような未知の物体ならともかく、大抵の物体ならこの枠組みの中での情報さえ得られれば、問題はなさそうだ。
「よし。これについてはこの辺でいいだろう。後はさっさとこの場を離れるとしようか」
「ちょっと待ちなさい」
俺は屋上部分の鍵の掛かったドアをサイコキネシスで開ける。
これも鑑定によって鍵穴部分を鑑定して、構造を詳細に把握出来たからこそ出来たことだ。
ふはは、ダイチ・ザ・サードと読んでくれても構わんぞ?
「ちょっと……待ちなさいって言ってるでしょ!」
しかしせっかく鍵を開けて中へ入れると思ったのに、突然俺の目の前に見えない壁のようなものが発生して、建物の中に入る事が出来なくなった。
仕方なく俺は背後を振り返る。
「はぁぁ、なんだよ。構ってちゃんか? 強引なのは嫌われるぞ?」
そこには声から想像出来た通り、若い女性がこちらを睨むようにして立っていた。
ううん、屋上には誰もいなかったハズなんだがなあ。
「やっと振り向いたわね。ねえ、なんでさっき私の事無視したのよ? あれわざとよね? ねえ?」
うあ、なんか会って早々面倒な女だというのが分かった。
こいつぁー関わらないほうがよさそうだ。
「はぁぁ……。それより、これ。あなたがやったんですか? でしたら解除して欲しいんですけど」
「やよ。解除したらアンタ逃げるでしょ?」
やばい。
こいつはとんでもない地雷女なのかもしれん。
大体ワンレンヘアーに、ピッチリしたボディコンスタイルって、ちょっと時代間違えてませんかね。
「いや、そりゃあ、その見た目とその性格なら逃げたくなるのも当然かと思いますが」
「えっ? この格好、どこかおかしいかしら?」
「あ、あの……。ジュリアナはもうないですよ?」
「何よじゅりあなって。って、こんな事を話しに来た訳じゃないのよ」
うあ、なんかよく見たらすんごいハイヒールの靴履いてるな。
その手の男どもにはたまらんのかもしれんが、俺にはその手の趣味はねーぞ。
「ちょっと、アンタ話聞いてるの? さっきから人のことジロジロと見て…………。あ、そういう事ね。私の美貌に見とれるのは仕方ないけど、今はもっと大事な話があるのよ」
ううん、どうも大分高飛車な女のようだ。
ますますその手の男どもからしたらたまらん要素だろうな。俺にはその手の趣味はねーーけど。ホントだぞ?
「はぁぁ。それで一体何の要件なんです?」
「アンタね、無茶苦茶なのよ」
「そんな事を初対面の人間に言うあなたの方が、無茶苦茶なんじゃないですかねえ?」
一体何なんだこの女は。
なんかさっきからやたら小刻みに指を動かしていたりするし、なんかヤバイ薬でもキメてんのか?
「ほら、これを見なさい。アンタの次元素子の流れが異様なのがよくわかるでしょ!」
女が訳の分からない事を言い始めると同時に、何もない空中に3D映像のようなものが投影される。
それには何か立体的なグラフのようなものが表示されているのだが、それが何を意味しているのか俺にはさっぱり理解できん。
「ほら! ここなんか次元素子の流れが逆転してるのよ? こんなのあり得ないことだわ。本部の研究者も頭を悩ませてるのよ」
「それは大変です……ね?」
「何よ他人事みたいに! アンタのせいで、私も含めてみんなしっちゃかめっちゃかなの!」
しっちゃかめっちゃかって今日日きかねえ言葉だなあ。
女のヒステリーの混じった訳の分からん説明に、思わずどこか遠くの風景を見つめる。
あ、富士山だ。
「ちょっと、また話を聞いてなかったでしょ!?」
「つーてもな。意味の分からん事をゴチャゴチャ言われてどないせーちゅうんだ」
あ、いかん。
この女の余りにアレな態度に、俺の対危険人物用の敬語口調が崩れてしまった。
「フンッ、ならアンタにもわかりやすく説明してあげるわよ。いい? 原因は未だに不明なんだけど、突然アンタを中心とした因果律に大きな乱れが生じたのよ」
「へー」
「そのせいで、私たちが管理・把握していたいくつもの世界が崩壊したり、元からなかったことになったりしていて、修正も効かない状態なのよ!」
「世界を管理ってアンタは神か何かなのか?」
「はぁ? そんな訳ないでしょ。私はただの事象観察機構の職員よ。本来私たちの職務は観察であって、事象に直接干渉することは禁じられているのよ。でも今は、そんな決まりがどうでもよくなっちゃうくらいの状態なの!」
「へーへー」
「ちょっと、理解してるの!? アンタの! せいで! 世界が! 危険なのよ!」
「そいつぁーすげーや」
「ッッッ!!!」
俺の気のない返事に、萎んだ風船のようになる女。
「……とにかく、アンタをのさばらしておく訳にはいかないのよ」
「つまり、お前は俺を消しに来たって事か?」
これまでとは打って変わって、魔力やらサイキックマインドやらをフル活用して女に恫喝をかけると、これまでの態度が嘘のように、ビクンとして大人しくなる。
「それ……は……。私の力では無理よ。こうして至近距離から調べただけでも、アンタに勝てそうにないのが分かる……わ」
調べた? いつの間に?
そういえば、何かさっきから指が動いているなと思ったけど、あの指の動き、若干の規則性があるな。
あの指の動きによって何かを行っている……?
「それじゃー、一体俺をどうするつもりなんだ?」
「それは…………えっ、ちょ……」
再び指を動かそうとしていたので、サイコキネシスで強引に動きを止めてみた。
すると女は、思った以上の反応を見せる。
「これっ……アンタがやってるの?」
「そうだ。お前がこそこそと指を動かして、裏で何かをしているようだったんでな」
「……ああ、これはデバイスをスペースタッチタイプにしているからよ。別にアンタに危害を加えるつもりはないわ」
「信用できんな。そもそもアンタと俺とで危険に関する価値観も違うかもしれん」
「そう言われたってねえ。上からも重々言われてるんだけど、下手にアンタに手を出したら――それこそ命を奪ったりなんかしたら、それはそれでどうなるか予測がつかなくて危険なのよ」
さっきから人の事をキケンキケンと。
そんなに言われると気になってしまうではないか。
「だからね。とりあえずもう少しデータが欲しいのよ。さっきはその……データ採集装置を取り出そうとしてただけなの」
「……いいだろう。その装置とやらを取り出してみろ」
「はいはい。……っと、はい。これよ」
そう言って女が何もない空間から取り出したのは、バイザーグラスのようなものだった。
なんか妙に近未来感がぱねえ。
早速"鑑定"で調べてみるが……、
「仮想現実世界体験型脳波連結遊戯装置?」
「それは元の装置の名前ね。これは
おおおお。
何やら漢字の続く名称が脳裏に浮かんだが、これはいわゆるVRMMOがプレイできる、
ヤバイ。
テンションが上がってきたぜ。
何を隠そう、俺は『ヴァルムントオンライン』の大ファンでな。
ネット小説からアニメ化、ゲーム化まで果たし、俺の時間を奪っていった珠玉の名作!
この作品に触れて以来、俺の中でVRMMOブームが沸き起こって、多くの時間を費やしてしまったのは記憶に新しい。
その実物がすぐそこに……。
俺はすっかりその装置の事で頭がいっぱいになってしまった。
余りの感情の高まりに、体内の魔力もやたら熱を持ちはじめる。
「で、これを装着すればいいんだな?」
「そ、そうね。装着したら後は私が操作を行うから――」
突然やる気になって、ひったくるように
しかし俺はそんな説明はろくに耳に入っておらず、勢いのままに
その次の瞬間。
色々と規格外になっていたはずの俺の意識は、ブラックアウトしていくのだった。
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