無自覚

王生らてぃ

本文

「お久しぶりです」



 そう言って、彼女は私のことをにらみつけた。

 まだのりの効いた、真新しいセーラー服。一年生の学年色のリボン。真っ黒な髪は一つ結びにされて、初々しさをより一層際立たせている。



「あなたは……」

「あの時のこと、忘れてませんから。責任……取ってくださいね」

「いや……誰?」



 かわいい。

 けど、全く見覚えがない。部活も委員会もやってなかった私には、先輩などと呼ばれる覚えがない。

 その後輩らしき子は、傷ついたような顔をして、より一層私を強くにらみつけた。



「そんな……ひどいです、私のこと、忘れちゃったんですか? 私をこんな目に遭わせておいて……!」



 やがてこらえきれないというようにぼろぼろと涙を流し始めた。



「ちょっと……」

「先輩は……ひどい人です……!」



 周りの人が、じろじろこっちを見てくる。

 ――当たり前だ、ここは学校の玄関。しかも下校時刻。人通りが一番多い時間だ。そんな時間に、最上級生の私の前で、「ひどいです」「責任取ってください」と言いながら泣いている新入生の後輩。

 変な誤解をされたらたまらない。



「と、とりあえずどこか……」

「結構です……! 先輩、ひどいですっ、私、私は……!」



 後輩らしき子は涙をいっぱい流しながら、ものすごい速さで走り去っていってしまった。



 なんだったんだ。

 新学期早々、変な子に絡まれてついてない。

 でも、ほんっとうに見覚えのない子だった。すごくかわいい子だったし、目元のほくろも印象的だ。あんな子、前に見たことがあったとしたら忘れるわけがないと思うんだけど。

 家に帰ってからも考えてみたけれど、やっぱり思い出せない。






 次の日から私は、あの後輩のことが気になって気になって仕方がなかった。

 同じ学校に通っているわけだし、あんなに目を引く容姿をしているわけだから、きっとどこかにいるはずだ。もう一度会って話して、真意を問いたださなければならない。

 もし本当に、私たちが昔の知り合いで、私が「責任を取らなければ」ならないようなことをしたんだとしたら、それを忘れているんだとしたら……

 それを思い出さないといけない。



 でも、どんなに歩き回っても、誰に聞いても、あの子を見つけることはできなかった。






「マコさあ、今日も愛しの彼女を探してるの?」



 ある日、クラスメイトにそういわれた。

 ニヤニヤして、人をからかうような、そんな顔。



「浮いた噂の一つもないと思ってたら、そういうことだったんだ。へぇ~」

「違うから……そういうんじゃないし」

「はいはい。上手くいくことを祈ってますよ~」



 ちょっと茶化すような言い方。

 でも、そのころから次第に、周りが私を見る目が変わっていった。

 変な奴を見る目。

 他人と違う人間を見て、せせら笑うような視線。

 あいつ、女が好きらしいよ、女のくせに。という視線。あからさまに口に出したり、それをからかったりするようなことはないけれど、どこか、自分たちとは違うものを見るような、遠巻きにするような雰囲気。



 いい気分じゃない。

 こんなふうに噂されている人間に付きまとわれていると知ったら、あの後輩の子だって迷惑だろう。私は彼女のことを探すのをやめた。



「あいつ、後輩の女子に付きまとってたらしいよ」

「知ってる知ってる」

「ストーカーじゃん」

「しかも女子って。そっちってこと?」



 悪口はどんどんエスカレートしていって、直接言われることはなくても、あちこちで耳に入るようになった。顔も知らない人が、私のことを見てくすくす笑って、噂していた。

 私は学校に行くのをやめた。






「先輩」



 学校に行かなくなって一週間。

 その子は突然現れた。

 ずっと部屋にこもっているのが耐えられなくて、散歩に出かけたとき、道端でばったりと出会った。びしっと校則通りの制服を着ている。今は平日の昼間で、普通に授業中のはずなのに。



「先輩もわかったでしょ……私の気持ちが。私が、どんなに嫌な思いをしてきたのか」

「はぁ……?」

「責任……取ってくださいよ。先輩のせいで、私の人生、めちゃくちゃです。頑張って、あこがれの先輩と同じ高校に進学できたのに……レズとか、気持ち悪いとか、そういうことを言われて……でもずっと耐えてきたのに……!」



 怒りに満ちたまなざし。

 胸の前で握りしめた拳が、真っ白になっている。



「責任取ってください」



 ずい、と私に歩み寄る。



「責任取ってください、先輩。私の……」

「だから……あなた誰? 私、あなたに何かした……?」



 ずっと部屋の中でじっと引きこもって、たまりにたまったいろんなものが噴き出した。

 私は返事も待たず、急に鍋が噴きこぼれるみたいに、目の前の後輩の頬を張った。ばちん、という湿った音が響いた。



「あんたのせいで……私だって……!」



 ばちん。

 今度は目の前に火花が散った。後輩が、私の頬を張ったのだ。

 目の前がちかちかする。



「先輩のせいです……」

「あんたのせいでしょ……!」



 そこから先はよく覚えていない。

 私は気がついたら自分の部屋に戻っていて、頭の中がぐるぐるして、あの子の顔が忘れられなくて――――

 私が一体、何をしたっていうんだ。私は悪くない。私は変じゃない。私はストーカーじゃない。私はおかしくない。私は、私は……

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無自覚 王生らてぃ @lathi_ikurumi

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