こころに響かないかもしれない話

日暮茜

第1話 水族館と故郷

 高校を卒業して田舎が嫌だからという理由で親の反対をよそに上京してからもう5年は経っただろうか。ガキの頃も生意気だった僕は友達なんていらないなんて言ってお小遣いの1000円をポケットに、水族館でイルカのショーばかりを売店で買ったクッキーを片手に見ていた。そんな僕が今では絶えない雑音と消えることを知らないライト、そんな漫画みたいな世界で仕事をして暮らしている。

「うげ、さっきコンビニで買ったジュースこっちのスーパーでも売ってんのかよ。30円も安く買えるじゃん。」

僕は昔から何でもできるほうだったと思う、というより今思えばできることをほめられたくて何事も一生懸命にやっていた。社会に出てからは当然ほめられることもないし近くにないので水族館にも行ってない。

 そんなある日、父がけがをして入院したと母から電話があり久しぶりに地元に帰ることになった。

「おお!元気にしてたか?少しくらい連絡してくれないとお父さんさみしいぞ。」

「あーごめんごめん、ってか喧嘩別れみたいになっててそんな気軽に連絡なんてできねーよ。父さんも用水路に落ちるなんて、骨折で済んだからよかったけどあんま無理すんなよ。」

それからしばらく父さんと話しているうちに僕がよく行っていた水族館の話になった。どうやら今では閉館していて跡地に広い公園ができたとか。病院を後にした僕は懐かしくなり水族館跡地に行ってみることにした。

「へぇ海中トンネルは残してあるんだ。こりゃまた洒落た公園になったな。」

そんなことを言っていると声をかけられた。

「こんにちは、ここいい場所ですよね。口ぶりからして水族館を知ってるようですが、もしかして地元の方ですか?」

「あ、はい。といっても今は帰省中ですけどね。」

彼女は銀色のレースみたいな髪をなびかせながら挨拶すると思い出話をし始めた。昔このへんに住んでいたことやよく遊んだ男の子のことなど、とにかくよくしゃべる子で話が終わると一緒にトンネルに入ろうと僕の手を引っ張って行った。

「水族館がなくなるとき、そこにいた魚たちは元居た海に戻されたんですよ。一時はどうなるかと思いました。」

「ずいぶん詳しいですね。関係者の方とかですか?」

僕がそう言うと彼女は少し寂しそうに笑って「そろそろいかなくては」

とだけ言って僕の手の中に白い包みを入れてトンネルの出口へと走って行った。

「にぎやかな人だったな。」

そう呟いて包みを開けると懐かしさを感じるクッキーが入っていた。

僕は、はっとなって後を追ったが彼女に会うことはもうなかった。

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