ヘウレカ・フトゥルム

チクタクケイ

第1章 万引き少年

1-1 21××年 7月20日






 ふぅ。と少女は息を吐き出した。

 それは溜息ではない。この世の理不尽さに疲れ、息も絶え絶えになっていたのだ。

『本日は、約百年ぶりの最高気温三十五度超えの猛暑日となるでしょう。日傘や帽子で強い日差しの対策をし、水分をこまめに摂って熱中症にご注意下さい』

 道端の3D掲示板に表示されている注意報では、デフォルメデザインの太陽が苦しげな顔。そんな太陽と同じ表情をしながら、背負っている大きな防具リュックと竹刀袋の重みによって少女は小さく呻く。

 呻きと共にこぼれ落ちた、『あぁ、最後の大会ちゃんと出たかった』という彼女の嘆きは、アスファルトから湧き上がる熱気によって掻き消されてしまった。


 二十一世紀末まで、世界中では争いが絶えなかった。そして、二十二世紀になると皆が争いに疲れ始め、ありとあらゆる競争が失速しつつある。


 それはスポーツ業界でも影響が出ており、約二百年も続く間に平和の祭典の面影が無くなってしまった世界的な総合スポーツ大会はとうとう数年前に廃止され、『スポーツとは心身の健康を鍛えるものであり、心身への負担が伴うような過剰な競争をするものではない』というイメージが定着しつつあった。

 そんなイメージは少女が住む街にも広まり、本来なら一週間後に開催されるはずだった剣道の市大会を廃止することが、半年前に決定したのである。

 高校三年生の夏に大会に出場し、全ての実力を出し切って引退する。という最終目標が強制的に打ち消され、微妙な気持ちのまま剣道部を引退して夏休みを迎えることとなった少女は、不完全燃焼で心を燻らせながらポロポロと額から汗を流す。

「暑くて嫌になるわねぇ。地球温暖化?」

「まさか。偶然よ。今の二酸化炭素排出量じゃ、環境に多大な影響は出ないってこの前報道してたじゃない」

「あぁ、そういえば……」

 暑い暑いと言いながらも、カンカン照りの日差しもなんのそので井戸端会議をする女性たちの会話。それを通りがかりに聞いたことで、ますます体温が上昇していくような心地を覚えた少女は、注意報の指示通りに水分補給をしようとした。しかし、彼女が持ち歩く水筒の中身はすでに空だった。

 うわ言のように水……と呟く彼女は、キョロキョロと辺りを見渡す。

 すると、ピタリと一軒のコンビニに目が止まる。暑さで頭がやられそうだった少女にとって、まさにそれは砂漠の中のオアシスだ。勿論、ふらふらと店内に吸い込まれていく。

 自動ドアを通過すれば、程よく涼しい店内が少女を歓迎する。あまりの快適さに彼女は強張らせていた表情筋を緩めた。……が、店内の様子によって、すぐに表情を元に戻してしまう。

 そのコンビニは、自分で実物の商品を手に取って、店員にバーコードをスキャンしてもらう方式の店舗だった。電子パネルで商品を選び、無人のレジで購入するという時間と人件費の節約ができる売り方が一般的になった現代では珍しくなりつつある方式だ。

 しかし、彼女にとって実物を手に取る取らないなんて些細な問題であった。彼女にとって一番の問題は、店員が人型アンドロイド……所謂、ヒューマノイドであることなのだ。


 少女は、ヒューマノイドがどうも苦手だった。




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