見習い夢魔と堕落の魔探偵
めぐむ
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そのときのことを、リディはよく覚えていない。
覚えているのは、どこか温かいような緑色のオーラが視界を覆い尽くしていたこと。身体中が燃えるように熱く朦朧とした意識の中で、誰かの手が自分の身体を抱きとめてくれたこと。たったそれだけだった。
次に記憶があるのは、すべてが終わった後。灰色の建物に運び込まれたはずのリディは、白い病室のベッドに寝転がっていた。何が起こったのかまるで分からない。リディはその後になって、ようやく事情を聞いたのだ。
誘拐された自分を、魔探偵養成学園の男子生徒が助けてくれたのだ、と。
リディはその人の名前を知りたいと願った。けれど、相手はまだ学生の身分だ。彼自身も怪我を負い、事後処理に明け暮れている状態だという。助けてもらった少女の我が儘であっても、お目こぼししてもらえることはなかった。
リディ自身も怪我を負い、意識を失っていたのだ。幼い身体では無理を通す体力もない。せめてお礼状だけでも、という願いだけは聞き入れられたが、返事が返ってくることはなかった。
それならば、とリディはその人の活躍を聞きたがった。
だが、両親は誘拐された娘のことに過保護になっており、リディが事件について語るのにいい顔をしなかった。
リディとしては、覚えていない。怖い思いは確かにした。恐怖に身震いし、涙が引っ込む体験なんて初めてだった。
けれど、助けてもらった記憶のほうがずっと強くて、怖いだけの経験ではなかったのだ。
とはいえ、両親が心配してくれることも、リディには大事なことだった。だから、それ以上彼のことを聞くこともしなかったし、お守りだと言われて渡された魔術ペンダントもずっと身につけている。
そうしているうちに、リディの記憶はどんどんまだら模様になっていった。覚えておきたいと思っていても、そもそもまざまざと覚えていたわけではない。頼るもののない記憶は、ぐずぐずと解れて消えていく。
そのうちに、リディの中には魔探偵に対する憧れだけが残って、他のすべては薄い塊になってしまった。
他の誰もそれを思い出させようとしなかったことが原因か。それとも、やはりリディの心の奥底が怖い経験を消そうとしたのか。単純な記憶の劣化か。それを考えるきっかけがやってくることもなく、リディはすくすくと育った。
過去の事件は、遙か遠く記憶の彼方に追いやって。
それでもリディは魔探偵を目指している。
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