ながい坂

 私生活が疎かになってくると、執筆にも悪い影響が出てくる。

 たとえば風呂上がりにドライヤーでしっかりと髪を乾かさない。マスクをしているからと毎日の髭剃りを怠る。就寝時間が安定しない。

(筆はこういうところから荒れてくるのか)と、最近身を持って思い知った。


 風邪を引いたのだ。


 たしかに先週中頃から急に寒くなってきたのはある。

 しかし、この時期からグッと寒くなってくるのは毎年のことなのだから、やはり今回のケースは自己管理の甘さというほかない。

 せっかく新しい職場にも慣れてきたというのに、ちゃんとした生活を送っていたらかかりもしなかっただろう風邪を引いてしまい周りに迷惑をかけてしまった。

 ただでさえ一日中動き回る仕事だというのに、就寝時間のばらつき、偏りのある食生活まで加わったら、そりゃ免疫力だって落ちるだろう。

 仕事は早退。週末観に行く予定だった芝居もキャンセル。

 なにやってんだかって話だ。


 本当に、なにやってんだか……と。


 どこを見渡しても真っ暗だけど、この道はちゃんとどこかへ続いているんだろうか。

 ときどき、そんなことを思って途方に暮れてしまう。


 微かな月明かりを頼りに歩いた道が見当違いな場所だったとしても、歩いただけまだいい。一旦休憩と座り込むのも長旅の醍醐味だろう(?)


 いまの僕は、ズボラな私生活が原因による体調不良や、まだまだ完成が遠い長編に挟まれて、自滅しかけている。


 そろそろ生きかたを見直さないといけない。


 別に投稿生活をやめるとか、プロを目指す気はもうないとか、そういうわけではない。それは絶対あり得ない。


 ……ただ、これからも書き続けていくのなら、雑な人生の言い訳に小説を使わないようにしたい。


 31歳。

 

 世間一般の感覚なら「小説」「作家」「新人賞」よりも「キャリアアップ」「結婚」「子育て」後者を真面目に考え始める年だ。


 それがどうしてか僕の場合、とにかく「いい小説を書く」これが人生の最優先事項になっている。いい小説の延長線にきっとプロの舞台がある。


 僕はそっち側で生きたい。

 だから、そのためにもまず人生そのものへの取り組みを一度見直す必要があるだろう。 

 ストイックと雑を履き違えて、自分の人生をめちゃくちゃにしたら、それこそ小説を書くどころではなくなる。小説に対しても失礼だ。


 稼いだお金で資料を買ったり、芝居を観たり、たまにはいいものを食べて、少しぐらいの躓きで暮らしがガタつかないよう足元も固めて……。

 充実した人生を端から諦め、捨てるような真似は、しないほうがいい。そういうアウトローな生きかたに憧れていた時期があっただけに、なおさら思う。


 どうやら僕は、まだ、ながい坂を登り始めてもいなかったらしい。

 長年ながい坂を一歩一歩登っていたつもりでいたが、本当は、坂の登り口で立ち尽くしていただけだった。


 そのことにふと気づいて(まだ入り口にいただけかよ……)と頭を抱え込みたくもなる一方で、(――いや、いよいよもって面白くなってきたぞ)と勇気も湧いてきた。


 この「どこ」へ「どこまで」続いているか分からない道は、一生歩き続ける価値があると、改めて思えたから。

 

 山本周五郎の『ながい坂』を読んでいて、物凄く励まされた。


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