美冬の目覚め

もちころ

第1話

僕と彼女の美冬は、1年のうち3ヵ月程度しか会えない。

人々の活気が薄らぎ、凍えるような空気が肺を満たす時期に、彼女は目を覚ます。


それ以外の季節は、この人工冬眠カプセルの中で眠りについている。

今の季節は4月。

彼女が眠りから覚めるまで、あと半年ほど待たなければならない。


――――――僕たちの国は、かつて自殺大国と呼ばれていた。

政府は、国民の自殺を防ぐために、様々な政策を導入していった。


低価格で受けられるメンタルケア。

労働力確保のための、労働型アンドロイドやAI技術の発展。

そして、国民全てが平等に暮らせるように月に10万ほどの給付金を全世帯に分ける。


だが、それでも自殺者は減らなかった。

長年にわたる研究結果で分かったのが、季節の変わり目による体調変化が原因である可能性が高いこと。


その仮説を元に、政府は研究を重ね、特定の時期だけ眠りにつく人工冬眠カプセルを製造した。


人工冬眠カプセルの利用と、通常の自殺対策を行った場合、前者の方が自殺する可能性が低くなるという結果が出た。


そして、カプセルに対する需要は高まっていく。

だが、国民すべてがコールドスリープに入ってしまえば、労働力の低下など様々な問題に直面する。


人工冬眠カプセルは厳正な審査の元、毎年数人がランダムで選ばれ、自宅に発送される。


その結果選ばれたのが、僕の彼女・美冬だった。


美冬は、軽度ながらも精神疾患に羅漢していた。

両親からの虐待やブラック企業での出来事が原因だと、昔聞いたことがある。


普段は人懐こく、それでいてどこか達観したような雰囲気の彼女だが、ひどい時は癇癪を起こし自分の体を傷つけることも多々あった。


また、大きな音に対して過敏に反応するため、人込みも苦手だった。


それでも、僕は彼女と過ごすのが苦痛ではなかった。

家の中で、映画を見たり、一緒に将来のことについて話し合ったり、時にはゲームをしたり…。


彼女が苦しくない範囲で、一緒に楽しめることをした。

だけど、彼女が1年のうち元気に過ごせるのは冬だけだった。


曰く「ほかの季節と比べて、そんなに騒がしくないから。みんな死んだような顔をしていて静かだから、逆に過ごしやすいんだ。」と。


春から秋の時期は外に出るのもおっくうだと言い、ほとんど引きこもって仕事をするのも珍しくなかった。


美冬がこれ以上苦しむのは、見たくない。

そんな時に、政府からカプセル導入の抽選結果が自宅に届く。

結果は合格。


様々な手続きを経て、こうして同居している僕の部屋にカプセルが届いた。

専門業者による準備が完了し、眠りにつく前に美冬は言った。


「春馬、そんなに悲しい顔しないで。また冬になったら会えるから。」と。


悲しい顔をしたつもりはなかったのに、彼女にはそう見えたのだろうか。

僕は、安らかな笑顔で徐々に眠りにつく美冬を、カプセルのガラス越しから見た。


ああ、彼女がこんなに安らかに眠れたのは、いつぶりだろうか。

「おやすみ、美冬。」


ぽつりと呟く。

その言葉は、眠りにつく美冬には多分届いていないだろう。


――――――美冬がカプセルでの生活を始めてから、3年。

彼女が目覚めるのを夢見て、僕は日々過ごす。


毎月10万の国からの給付金と、僕の給料(手取り)25万円。

日々の生活費と美冬の体を維持するための日用品で半分ほど消えるが、二人で暮らして貯金ができる分、僕たちはだいぶ恵まれているのだろう。


最近では、維持費を捻出できず、生活苦で人工冬眠中の同居人を殺害する事件も珍しくない。


3年間同じ暮らしをしているけど、僕たちは本当に恵まれているなとニュースを見る度に感じる。


美冬がカプセルで眠っている間の食事は、真空パックに包まれた液状の食材を体に与える。

といっても、僕がやることは簡単だ。


カプセルの右横に、液状食材パックをセットできる。

セットされた食材パックは、点滴と同じ要領で美冬の腕から体全体に流し込まれる。


排泄の処理も意外と簡単だ。

身体そのものが冷凍されているので、排泄物もアイスのように固形化されている。

臭いはほとんどなく、固形化された排泄物はトイレに流し込んで処理は完了できる。


最初は色々とやることが多くて戸惑ったけど、3年も経てば慣れる。

だけど、やっぱり春から冬まで美冬と話せないのは、辛い。


早く君の声が聴きたい。

君と笑い合いながら、B級のホラー映画や酷評されたアニメを見たい。

冬の海を見るためにドライブして、君と将来について語り合いたい。

ケーキを食べて、一緒に夜更かしをして、抱き合いたい。


はち切れそうな思いを抱えながら、僕は日々を過ごす。

仕事・美冬の世話・仕事・美冬の世話…。


繰り返し、繰り返し、彼女が目覚めるまで同じ日々を過ごす。


そして、時期は流れ、12月。

僕は仕事を終え、真っ先に家に向かって急ぐ。


改札を抜け、駆け足で。

コートやマフラーのせいで少し体温が熱く感じたが、外の空気が肌に触れ、瞬時におさまる。


彼女に会える。

彼女と話せる。

ずっと、君の声を聴きたかった。


階段を駆け上がり、自宅のドアを開ける。

彼女が眠る寝室から、白い冷気が漏れ出している。


靴を脱ぎ、僕は美冬のカプセルが置いてある部屋のドアを開ける。


美冬は、目覚めていた。

眼をこすりながら、ぼんやりとした目つきで僕を見る。

瞬間、すぐに微笑み、言葉を紡いだ。


「春馬、おはよう。そして、おかえりなさい。」


半年以上聞きたかった君の声。


僕は、美冬に駆け寄り、思いっきり抱きしめる。


「美冬…美冬…。会いたかった…。」

いつの間にか、涙を流し、嗚咽交じりの声になっていた。

美冬はそんな僕を見ても引かずに、頭をポンポンと撫でてくれる。


「私もだよ、春馬。さみしい思いをさせてごめんね。」

「ううん、全然平気。美冬、体調はどう?」

「すごくすっきり。やっぱり冬は最高だね。そうだ、春馬。仕事帰りだよね?久しぶりに私が何か料理作ってあげようか。」


美冬はいつものように微笑みながら、カプセルから身を起こす。


僕は涙を拭きながら、彼女に言う。


「大丈夫なの?いきなり動いて。せめて、今日1日くらいはゆっくりしないと。」

「大丈夫だってば。むしろ、ずっと眠ってたから体がなまっちゃってるし。冷蔵庫に食材何かある?」


彼女は僕の言葉を聞きながらカプセルから起き上がり、冷蔵庫に向かっていく。


「ごめん、君が寝ている間はほとんどレトルトばっかりだったから食材ないや…。」

「もう、春馬ったら…。」


美冬は、少し息を付き、改めて僕の方に振り向く。


「じゃあ、一緒にスーパーでも行く?」

「…っ!うん!」


1年に3ヵ月しか会えない、彼女。

君と過ごせるなら、どんな時間も愛おしい。


今年の冬も、君と過ごそう。

その次も、次の次も、ずっと君と冬を過ごし続けよう。

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