恋するフランケンシュタイン

久田高一

恋するフランケンシュタイン

 ジョージは自分がフランケンシュタインの末裔であると信じていた。実際のところそうではないのかもしれないが、継ぎ接ぎしたようなパーツの並ぶ顔面と、子ども向けの科学雑誌の内容すら覚えられない脳みそと、不器用なくせに馬鹿力を発揮する身体のせいで数々の物を壊した経験と、彼を気味悪がって遠ざけようとする視線とが彼の根拠だった。二十歳になったら両親に真実を聞こうと決心していたが、2年前に事故でどちらも死んでしまった。兄弟もなく、頼れる人もいないジョージは日雇の工事現場で働いた。工事現場では、資材運びなどジョージの馬鹿力が重宝される仕事があったし、工事現場で使う機械類は頑丈にできているのが良かった。ジョージの収入では陽の当たらない裏通りの古く小さなアパートを借りるので精一杯だったが、人目を避けたい彼にとっては都合が良かった。

 そのアパートでアンナと出会った。隣に引っ越してきた彼女は今どき珍しく、わざわざジョージの部屋へ挨拶をしに来た。アンナは良く手入れされている茶髪を後ろで結び、白いセーターに黒のスラックスという出で立ちであった。そして高い鼻には眼鏡が掛けられており、レンズの向こうの青い目には人懐こさが滲んでいた。ジョージは一目で彼女に惹かれた。過去の経験から他人となるべく関わらないよう決めていたジョージだったが、彼女とはもっと関わりたいと思えた。

 ある冬の日、ジョージは朝のゴミ捨て場でばったりアンナと出くわした。アンナは軽く会釈をしてくれた。ジョージは一世一代の勇気を振り絞り、声を掛けた。

「おはようございます。今日は良い天気ですが、ずいぶんと冷えますね。」

「おはようございます、ジョージ。本当ね。こんな日にはママが作ってくれたオニオンスープが恋しいわ。」

「オニオンですか。僕は、どうも、オニオンは柔らかくて苦手ですね。だからスープも飲んだことがありません。」

「あら、うちのスープはオニオンをどろどろに形が残らないほど煮込むのよ。それならあなたも飲めるかも。あなたが良ければ今夜作って持っていきましょうか?」

その瞬間から、ジョージの人生はアンナを中心に回り始めた。仕事中ずっと、アンナとオニオンスープのことを考えた。今夜また恋しい人と会えることが決まっている。それだけでなんと世界が輝くことか。ジョージは今、有頂天だった。

 アンナのオニオンスープはおいしかった。しかし、もっとおいしかったのはまたアンナがスープを作ってくれることだった。ジョージはスープ鍋を返すとき、何気なく「野菜なんてほとんど食べたことがなかったので、新鮮でおいしかった」と添えた。それに対してアンナが「そんな大きな体なのに野菜を食べないなんて。栄養が偏ってしまうわ。また作ってあげる」と言ってくれたのだった。

 それから度々、アンナは本当に、ジョージのために野菜のスープを作ってくれた。じゃがいものときもあったし、豆のときもあったし、レタスと卵のときもあった。また、いずれのスープも野菜の柔らかさを感じさせないようにどろどろに溶けるまで煮込んであった。ジョージは調理するのが苦手なだけで、野菜の食感自体は平気であったが、アンナの心遣いに胸が温かくなった。そして、その恩返しをしたいと思った。

 しかし、ジョージには、誰かの役に立ちそうなことと言ったら馬鹿力しかなかった。せいぜい重いものを持ち運ぶとか、要らないものをスクラップにするとかしか思い付かない自分の脳みそを呪った。ならば贈り物をしてはどうか。しかし、これも駄目だった。贈り物になるような高級品を買えるほど、彼は豊かではなかった。

 仕事中、アンナとオニオンスープの代わりに、恩返し一つできない自分への情けなさばかり考えるようになった頃、ジョージに一つのアイディアが生まれた。きっかけは工業機械の燃料となる石炭だった。もやのかかった記憶の奥底から子ども向け科学雑誌が浮かんできた。再びジョージの人生はアンナを中心に回り出した。ジョージは呟いた。

「確か石炭とダイヤモンドは元をたどれば同じ物質だったはず…。そしてダイヤモンドは強い圧力をかけて作られる…。ダイヤモンドを贈られて、嬉しくない女の子はいないはずだ。もしかしたらロマンチックな雰囲気になるかも。そうしたら僕は…アンナに…。」

 その日の晩、ジョージはダイヤモンド作りに取りかかった。工事現場から拝借した石炭を両手で包み力一杯握りつぶす。変化なし。片方の掌に石炭を乗せて、もう一方の手の親指で強く押す。変化なし。その他あるとあらゆる体勢で、ありとあらゆる方向から石炭を押してみたが、結局石炭にヒビ一つ入れることはできなかった。

 ジョージは失望した。自分はなんて役立たずなのだ。恨みを込めて自分の頭を力一杯殴った。頭蓋骨と拳骨が打ち合って、皮膚のせいで多少くぐもった鈍い音が鳴った。痛い。が、それがなんだというのだ。壊すのは得意だろう。早く潰れてしまえ!ジョージは殴り続けた。今度はベルが鳴った。

 「ちょっと!ジョージ!大丈夫!?すごい音がしているけど!中で何をしているの!?開けて!」

アンナの声だった。今だけは来てほしくなかった。だが声の主は中々諦めない。とうとう失意のフランケンシュタインは声に従い、ドアを開けた。アンナが転がりこんできた。

「ジョージ!さっきまでの音は何?それに、すごい痣が出来てる!一体何があったの?」

ジョージはもはや自暴自棄だった。全て話して、盛大に笑いものにしてもらおうと思った。だから、言った。

「僕はね、アンナ、君に良くしてもらっているお礼がしたかったんだ。それで、石炭を力一杯握り潰せば、ダイヤモンドになると思ったんだ。でもね、おかしいよね。人より少しだけ力が強いってだけで、僕にはそれができると思っていたんだもの。しかもね、しかもだよ、僕はそのダイヤモンドを渡しながら、君に愛を伝えようとまでしていたんだよ。笑えるよね…。君もそう思わない…?」

ジョージはアンナをまともに見ることができなかった。しかし、アンナはジョージを真っ直ぐに見ていた。

「思わない。私は、忌まわしき先祖が生み出してしまった怪物の生き残りなど、そいつもまた怪物だと思っていたわ。でも違った。あなたは自信がなくて、だいぶ不器用で、でも優しくて、人を愛することのできる人間だった。笑えるところといったら、そうね、そんなに大きな体で野菜が苦手なところかしら。」

 そう言ってアンナは彼に優しくキスをした。

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恋するフランケンシュタイン 久田高一 @kouichikuda

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