語部さんは語らない〜鳴鈴堂古書店怪異奇譚〜

さこゼロ

第1話 カタリベ スズネ

 鳴鈴堂めいりんどう古書店。


 歴史ある日本家屋のようなその店舗は、都会の喧騒とは無縁の郊外にひっそりと建つ。


 永い年月を感じる入り口の引き戸には、曇りガラスがはめ込まれ、店名が大きく刻まれている。


 高尚な雰囲気漂う店構えは、安易な入店をやんわりと拒み、敷居の高さを伺わせた。


 しかし、そんな古びた古書店でも、巷で度々話題に上がる。


 美しすぎる書店員として、語部鈴音かたりべすずねの名が定期的に沸騰するのだ。


 どうにも女神と見紛う絶世の、眼鏡の美女であるらしい。


 …らしいと言うのはその店が、たどり着けない事でも有名だからだ。


 多くの者が探しても、見つかる事は殆どない。


 そんな訳でその古書店は、まことしやかな都市伝説として、永く語り継がれていた。


 そして、そんな不可思議な都市伝説が、


 ひとりの男の目の前に、その姿を現した。


 ~~~


 ガラガラと引き戸を開け、男は薄暗い店内へと足を踏み入れた。


 古い紙の匂いがふわりと漂い、背後から射し込んだ太陽光が、空中の小さな埃を照らし出す。


 狭い店内には大きな本棚が何列にも並べられ、その間隔は、人ひとりがやっと通れるくらいの隙間しかない。


 男は後ろ手に引き戸を閉めると、ゴクリと喉を鳴らして、店舗の奥へと踏み込んでいく。


 やがて彼の視線のその先に、レジカウンターに頬杖をつく、ひとりの女性が目に入った。


 黒絹のような長い髪は、一本の三つ編みに編み込まれ、背中の向こうへと流れ落ちる。


 物静かに本を読む彼女の仕草は、まるで一枚の絵画のようだ。


「あの…」


 こちらに気付く素ぶりを見せない彼女に対して、男は意を決して声をかけた。


 しかし全く聞こえていないのか、女性はピクリとも動かない。


「あの!」


 挫けてしまいそうな気持ちを奮い立たせて、男はもう一度、今度は声を大にして呼び掛けた。


 すると、やっと声が届いたのか、女性がゆっくりと顔を上げる。


 同時にその男は、思わず息を飲み込んだ。


 現実離れしたその美貌は、噂に遜色ない事を証明している。


 眼鏡の奥から覗く夜空を思わせる黒い瞳は、男の胸に畏敬の念さえ抱かせた。


「…いらっしゃい」


 鈴蘭が押し花されたしおりを挟んで、女性は読んでいた本をそっと閉じる。


 それからスッと立ち上がり、カウンターを出て、本棚の方へと歩き出した。


 訳も分からず釣られるように、男は彼女の後をついていく。


 身長は、自分より少し低いが、百七十センチメートルはあるだろうか。


 ベージュ色のワンピースを着用し、黒色のエプロンの胸元には、白字で書店の名前が書いてある。


「お探しの本は、こちらです」


 そう言って振り返ったその女性は、男の手元に赤い表紙の本を差し出した。


「え⁉︎ あの…え?」


 女性の突然の行動に、男は顔一杯に困惑の表情を浮かべた。


 しかし無理矢理その本を男に押し付けると、女性はスタスタとカウンターへと戻っていく。


 ひとり残された男は訳も分からずに、女性の背中を見送った。それから、渡された赤い本の表紙に視線を落とす。


 同時に男は、思わずギクリと息を飲んだ。その表紙には、フクロウの絵が描かれていた。


 恐る恐ると、表紙を開く。


 その瞬間、本の中からまばゆい光が溢れ出した。

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