生贄と挑戦者
シヨゥ
第1話
「動けない時っていうのは、体が『動きたくない』って言っている時なんだ」
冒険家はそう言う。
「『これ以上動き続けたら死ぬ』って体が言っているんだ。そんな時はすべてを捨てて休みなさい」
「どんなに急いでいることがあっても?」
「どんなに急いでいても。志半ばで倒れる人はその声を無視するんだ。そして無謀な挑戦をして失敗をする。その失敗で命を落としたり、立ち直れないほどのダメージを負う。僕はそんなルーキーをいっぱい見てきた」
「その人たちにはアドバイスを?」
「もちろん同じことを言ったさ。表面的に『分かった』と返事をする人もいれば、『大きなお世話だ』と無視をする人もいた。たいてい君のような悲壮感を漂わせた顔をしていたね」
そう言われてつい窓ガラスに映った自分の顔を見てしまう。
「話を聞く人はほとんどいなかった。きっと信じていたんだろうね。危険を冒すことが冒険だってね」
「違うんですか?」
「違うよ。まずは危険を極力排除する努力から冒険は始まる。体調面に始まり、装備はもちろんのことだ。時には神にだってすがる」
そう言って冒険家は様々な魔除けと思われるものを見せてきた。
「そうやって準備を整えたうえで危険に挑むんだ。この挑むというところがポイントだ。僕らは挑戦者なんだ。危険に身を捧げる生贄じゃない。それを思い違いしたらいけないよ」
その言葉がなぜだか胸に染み入ってくる。それは僕が思い違いをしていたからかもしれない。
「さて君は僕の話を聞いてどう反応してくれるのかな?」
だからその問いかけに、
「今日は宿でゆっくり休みます」
と答えた。
「そうしなさい」
すると冒険家は優しくそう言うと席を立ちあがる。
「君が賢くて僕はうれしいよ。それじゃあまた会う機会があれば」
そう言って去っていく。今『なりたい冒険家は?』と聞かれたら彼の名を答えるだろう。それぐらいカッコよく見えた。ただそれは叶わない。だって彼の名を知らないから。急に呼び止められただけなのだから仕方がない。名の知らぬ先輩冒険家。あのようになりたいものだとただただ思うのだった。
生贄と挑戦者 シヨゥ @Shiyoxu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます