幻想恋愛~それぞれの溺愛事情~

@mohumohukurage

第1章 本編

第1話 出会い

 彼女は帰りを急いでいた。

 今日は国王陛下の誕生日のため、比較的裕福な、ここグリフィス王国は賑わっていた。

 城下には屋台も立ち並び、ついつい目を奪われているうちに辺りはすっかり暗くなっていた。

 動きやすさと防犯の為、男の格好をしている。

 なのでそこまで心配されてはいないだろうが、すでに日が暮れかかっている。

 失敗した。

 ふと思いつき、定められた道順を外れ、近道だろうと城の周囲に広がる林を突っ切ろうとする。

 人気ひとけの無い林の中、それを見たときは幽霊かと思った。

 ふわふわと歩く人影、踊るような動きで堀の方へ近付いていく。

 ふちでふっと消えた。

 慌てて駆け寄る。水音はしなかった。

 やはり幽霊だったか、と思った途端、地面が光り、身体が宙に投げ出される。

 ずいぶん大雑把な物理魔法陣。

 と思ったが自分が城壁を越えて行くので慌てる。

 道順を外れたことを今更悔やむ。

 立派な不法侵入。どうやって帰ろう。

 見つからずに帰れるだろうか?

 地面が近付いてくる。受け身を取ろうと身構えるがまた魔法陣が淡く光り、ふわりと浮く。

 あの高さから落ちて無事なのはありがたかったが、どうしよう。

 とりあえず、出口を探して暗がりを移動する。

 急いで帰らなければ。

 ふと視線を感じて飛び退すさる。すると近付いてくる気配がするのでさらに退く。腕が伸びてくるのでかわす。

 完全に見つかっている。

 まずい。

 捕らえようとする腕をくぐり、無駄と知りつつ植え込みの影に身を潜める。

「何者だ?」

 キラリと抜剣した男が初めて誰何すいかの声をあげる。

 どうする?

 出来れば名乗らず身分を明かさず切り抜けたい。

 退こうとすると太刀風が迫ってくる。短い木刀を抜いて何とか受け流す。

 一瞬間があり、二の太刀三の太刀が来る。

 受け流しながらじりじりと下がる。

 徐々に壁に追い込まれている。

 背中の木刀の袋を掴む。袋ごと木刀を地面に突き立てそれに足を掛けて跳躍する。

 このまま相手の上を飛び越えて逃げるつもりだった。

 まさか空中で掴まれるとは思わなかった。

「っ」

 無理に受け身を取るが息が詰まる。

「何者なんだ?」

 誰何すいかというよりは心底驚いた声音だ。

「怪しいものでは…」

 言いかけてやめる。

 十分怪しい。

「失礼だが、もしかして君は女の子?」

 雲の切れ間から月光が射す。

「怪しくないと言うなら、どこの誰だか教えてくれないか?」

 月下に、男は剣を納めると微笑む。

「…殿下に名乗れる名などございません。」

 何でこんなところにと思いながらこうべを垂れる。

「そんなことはない。是非お聞かせ願いたい。そしてどなたに師事なさっているのか」

 この国の第一王子はやや高揚した声を掛ける。

 反対に彼女はしまったという顔をする。

「私の師は表に出ることを好みません。」

 ひざまずくとさらに頭を下げる。

「ご容赦下さいますよう。」

「では君の名前だけでも」

 畳み掛けてくる。

「…名乗れば帰していただけますか?」

「約束しよう。」

 躊躇ためらいがちな質問はすぐとされる。

「…ルイ、と申します。」

 半ば観念してしかし最低限名乗る。

「それは本名?」

 疑われるのも無理はない。

「父母とも私をそう呼びます。」

 嘘ではない。

「そうか、ならば僕もそう呼ぼう。僕はテオと呼びたまえ。」

「?!いえ、それは…」

 王子を名前で呼ぶ訳にはいくまい。

「構わない、友となったのだから。」

 勝手に決めないで欲しいとルイは頭を抱えたくなった。

 王子は天真爛漫だという噂はちらと聞いていたが、こんなことになるなんて。

「こちらでしたか。」

「ああ、ちょうど良かった。友人のルイだ。こっちも友人のディラン。」

 展開についていけない。もう一人現れたかと思うとさっさと紹介されてしまった。

 しかし

「ディラン様?騎士のディラン・テイラー様ですか?」

 ルイは思わず目を輝かせる。

 最年少で騎士の称号を受けたと聞いた、一度会ってみたかった剣士だ。

「お会いできて光栄です。」

 胸に手を当て心からの礼をする。

「はじめまして、天使に仕える悪魔です。」

 金髪碧眼の王子と対照的な見た目をよく揶揄やゆされる彼は皮肉と極上の笑顔で右手を差し出す。握り返すが、何と言って良いかわからない。

「失礼、困らせてしまいましたね。」

 困ったように微笑まれてどぎまぎする。

「ところで、そろそろ戻られては?」

 王がお探しでしたよ、と告げると王子は露骨に嫌そうな顔をする。

「わかってる。」

 頬を膨らませるとパタパタと服を叩く。

 王子は一方的に再会を約すとディランに後を任せて行ってしまった。

 ディランに城外に出してもらうと、家まで送られるのは固辞して帰った。

 再会は約されたが、もう会うことは無いだろう。

 変わった体験だった。


 はずだった。

 稽古場に向かう途中声を掛けられ、結局稽古場まで付いてこられた。

 今日は目立たない格好をしているのでお忍びなのだろう。

 ディランが一緒なのはちょっと嬉しかった。王子の友人兼護衛兼お目付け役、らしい。

「何度も申し上げますが」

「わかってる。見学だけだ。」

 許可も取る。そう言って押し切られてしまった。

 いつも通り稽古場を拭き清めて、素振りをし、座禅を組む。

 その間ずっと見られているので大層居心地が悪い。

「気が乱れている。」

 師匠の開口一番。

 自覚はある。

「どなたかな?」

「お初にお目にかかります。ルイの友人のテオと申します。」

 キラキラした瞳で師匠を見ている。

「見学だけでもさせていただきたく参りました。」

 丁寧にお辞儀をする。

「そちらはディラン殿か?」

 ディランも綺麗な姿勢で礼をしている。

「友人にわざわざ来てもらったのだ、無下にすることもあるまい?」

 やや面白そうにルイに投げ掛ける。ルイも仕方なく手を揃えて礼をする。

「靴は脱いでお上がりなさい。」

 ルイと師匠が型を使うのを本当に最後まで見学していった。

 初めての正座に立ち上がれなくなっていたのはご愛嬌だろう。


 それから何度か稽古場に現れた。

 何が楽しいのか毎回痺れる足を引き摺って帰っていく。

「見ているだけではつまらないだろう。」

 何度目かに師匠が木刀を持たせて前に立たせた。

 彼はもう型を覚えていた。

 何となくのわだかまりを師匠には見抜かれていた気がした。

 気付けば彼の木刀を撥ね飛ばしていた。

「申し訳ありませんっ」

 修行が足りない。

 つい力が入った。

「面白い!」

 反対に王子は笑っていた。心底楽しそうに。

「試合がしたい。」

 本当に自由気儘だ。不興を買わなくて良かったが。

 師匠を見やる。

「やってみなさい。」


 向かい合って一礼する。

「僕が勝ったら敬語はやめてもらう。」

 また無理なことをと思う。平常心。

「君が勝ったら、ディランが立ち合うよ。」

「はい!」

 思わず返事をしてしまった。噂に聞いた時から立ち合ってみたいと思っていた。見透かされていたのだろうか。

 師匠に睨まれたような気もする。

「…参りました。」

 実戦ではまだルイに分があった。

 テオは悔しそうに声を絞り出す。

「ではディラン様、一手の御指南を!」

「これルイ。」

 思わず言ってしまい、師匠にたしなめられる。

 ディランには、結局一度も打ち込めずに負けた。


「お茶会、ですか?」

「君も是非!」

 ごく内々の集まりだからと誘われた。

「…」

「嫌、か?」

 黙ってしまうと不安気に覗き込まれた。

「嫌、という訳ではございませんが…」

「ならば待っている。」

 招待状を渡された。

 それを見せれば城内に入れるらしい。


 未だに両親に王子の事を言い出せずにいた。

 友達のお茶会に誘われた。と両親には告げた。

 嘘ではない。

 母にはお菓子の焼き方をみっちり仕込まれた。

 ようやく合格点をもらえたものを籠に詰めた。

 ついでに招待状も。

 白い、お気に入りのドレスを着てみた。髪もそれなりに自分で結った。

 鏡を見る。

 大丈夫、かな。

 化粧は何だか照れくさくてしなかった。


 今日の城下は何だかざわついていた。

 騎馬や馬車があわただしく行き交っている。

 何かあったのだろうか。


 ルイの預かり知らぬところで、事態は大きく動いていた。

 世継ぎであった第一王女、テオの異母姉の降嫁が決まった。

 それはテオが第一王位継承者になることを意味する。


 城が近づくにつれ、ルイは不安になってきた。

 豪華な馬車に何度も追い越される。

 徒歩で城に向かうようなものは今日は他にいない。

 本当に内々の集まりなのだろうか?

 天真爛漫なテオの顔を思い出す。

 もう少し詳しく聞いておくのだった。…やはり、帰ろう。

 焼き菓子だけは、来た証しに置いていくつもりで門に近づく。

 門番は茶会の予定など聞いていないらしくかなり胡散臭い目で見られた。

 それでも招待状の封蝋を見せて預け、居るであろうディランに言付けてくれるよう頼む。

 渋い顔をする門番に頭を下げて門から離れた。


 ぽっかりと空いた時間。

 予定の時間より随分早い。このまま帰ったらきっと色々聞かれる。

 いちでも見て、時間を潰して、家に帰ろう。

 とぼとぼと歩く。

 市で香りの良いお茶を見つけた。

 通りの席で1杯頂く。

 ほっと一息。

 香りに癒される。


「ここに、いらしたんですね。」

 探しましたよ。と続けるディランの息が珍しく上がっている。

 安堵したような、怒ったような顔で見られて困惑する。

「すみません。」

 でも勝手に帰ったのは確かなので謝る。

「いえ、こちらこそ色々と状況が変わりまして連絡が行き届かず、申し訳ありません。」

 本来門の外まで迎えに出るつもりだったらしい。

「テオが大人しくしててくれれば…」

 盛大に溜め息を吐く。店員に心付けで水をもらい、一気に飲み干す。

 王太子就任が決まった王子は荒れに荒れたらしい。


 次期王となれば、今ほどの自由は失くなるだろう。

 もう、稽古場にも来ないだろう。


 ルイの焼き菓子の籠を抱き締めて食べながら涙していたのは言わないことにする。


 また師匠と二人の稽古になった。


 たまにディランが花と手紙をたずさえてやって来るようになった。

 王子は意外にも真面目に王太子をやっているらしい。

 最初の手紙は、茶会の不手際を幾重にも詫びていた。

 花は詫びのつもりらしい。

 気にしていない、こちらこそ帰って悪かった、と言伝てを頼んだ。

 毎回、読んでは返事を言伝てる。手紙で欲しいと何度か言われるが、字が下手だからと断った。

 母の作った乾燥花で部屋が溢れそうになる。

 花は、本当は手紙も、もう要らないと、何度かやんわり伝えるのだが、申し訳なさそうにまた持ってくる。

 最近は、会いたい、また一緒に稽古がしたい、とそればかり書いてくる。

 返事に困る。出来ないなんて判っているだろうに。

 お仕事頑張って、といつものように言伝てを頼む。

「一度お会いになられては?」

 最近はようやく王太子就任の手続きや行事も一段落して、何とか時間を作れるとディランは言う。

 それにもう少しすると、王立貴族学校への入学も決まっているらしい。

 ますます自由が失くなるので、その前に、という話だった。

「もう顔も見たくないですか?」

 テオは貴女に言われて、それはそれは頑張っているんですがねぇ、と悪戯っぽく続けられる。

「狡い、です。」

「色よい返事を頂けないと、困りますので」


 両親にはディランが話を通し、ルイの家での茶会が決まった。


 茶会当日。

 前と同じドレスを着せられたが、腰は絞られ、スカートは膨らませられた。

 あの及第点の焼き菓子も用意した。

 身だしなみだからと化粧も施され、髪も丁寧に結い上げられた。


 迎えに出たら抱き締められた。

「会いたかった!」

 人目につかない所で良かった。挨拶にしても軽率過ぎるのではと思う。

「綺麗だ。良く似合ってる。」

 上機嫌の王子は中々離そうとしない。

 ディランに咳払いされて渋々離す。

 代わりに腕を差し出された。仕方なく組んで歩く。

 少し大人びた顔に見下ろされ、居心地の悪さを感じる。

 上気した頬は、化粧で隠れているはず。


 天使と称されていた少年は、大天使になっていた。

 これ以上はまずいと思う。

 自分のような家のものが。


 待ち受けていたルイの父は片足が義足で、車椅子に座っていた。

 テオが義足を珍し気に見つめるのをディランが遮る。

 無作法を咎められ、いささか不満そうだ。

 母がお茶を注ぎ、お茶会が始まった。


 話題は尽きなかった。二人のこれから行く学校はとても興味深かった。

 テオの質問も尽きなかった。全てに答えられないのがもどかしかった。

 余談だが、ルイの焼き菓子は殆どテオが食べた。


 敷地の入り口が見えてきた。

 別れの挨拶をする。

「お会い出来て光栄でした。最後に」

 これからのご健勝をとふわりとお辞儀をしたら肩を掴まれた。

「最後ってなんだ。」

「テオ。」

「もう会いに来るなと?」

「私が男であれば問題無いのでしょうが。」

 肩に指が食い込んで痛い位だ。力も強くなったんだな、と思う。

 ディランが止めに入るが離そうとしない。

「お立場をお考えください。」

 たとえ友とはいえ、女の家に来るのは誤解しか招かない。

 もう来ない方が良いだろう。努めて平静を装う。

「何で!」

 声に怒りがこもる。

「何でそう距離を置く。最初からそうだ!教えてくれないし来てくれない!手紙もくれない!僕は会えて嬉しかったのに!」

「っ」

 痛みに顔が歪む。その表情にはっとして力を緩める。

「僕が嫌いか?」

 至近距離で祈るように見つめられ、否定したくなるのをこらえる。

「はい。」

 がっくりと肩を落とす。ゆっくり、掴んでいた手も離す。

「テオ様なんか、嫌いです。」

 笑わなければ、と思う。これでお別れでも平気、な顔で。嫌いなんだから。

 苦手な嘘。今自分はどんな表情だろう。

 唇を横に引く。口角を上げる。

「そんな顔で言わないでくれ。」

 今自分はどんな表情だろう。ちゃんと笑えているはず。

 両手を取られ、俯く。

「ご機嫌よう、テオ様。」

 手を引き抜くときびすを返す。

「ルイ様!」

「それは最適解ではありませんよ!」

 一瞬立ち止まるが、立ち去る。

 振り向いたら泣きそうだ。


 きっとこれで良い。いつか子供が出来たら、子供の頃、王様と知り合いだったんだと自慢しよう。


 馬車の中の空気は重たい。

 分かりやすい位落ち込むテオに掛ける言葉を探す。

 今あんな質問するなんて、自業自得だ。ルイにあんな顔をさせて。

 どうしてだろう、傷口に塩を塗り込む言葉しか出てこない。

 ふと気付く。

「それ、何です?」

 ポケットから何かが覗いている。

「!」

 小さな紙片、見るとたった一言

『頑張って』

 と書いてある。

「ルイ様の方が上手うわてですね。」

 ディランが破顔する。

「さ、どうします?」

「頑張る。」

 とりあえず頑張る。ルイの望むのが頑張ってる自分なら。

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