第6話 監視役の家庭事情
華恋さんを家の前まで無事に送り届けた俺は七時過ぎに自分の家に帰ってきた。
ボロアパートの207号室、ここが俺の住む家である。
「……ただいま」
「おう、おかえり。遅かったじゃねぇか」
俺が部屋に入ると何やらおかしな動きをしている男が一人いた。
「……今度は何してんだ?親父?」
「今度は『meTuber』にでもなろうと思ってな。今スマホで撮影しようとしてたんだよ」
「そうかよ、そんな簡単に成功するとは全く思えないけどな」
俺は呆れた表情をして捨て台詞を吐く。
「そんなことはないぞ、颯馬。俺はやると決めたら必ず成功させる男だぞ!?」
「それで今まで本当に成功した試しがあったか?俺の知る限りではないぞ?」
「……こ、これから成功するかもしれないだろ!?」
「無理だろ。てか、今日はハローワークに行ってきたんじゃなかったのかよ。何か良い仕事見つかったか?」
「…………」
親父はそっぽを向いて口笛を吹く。
その姿を見た俺は頭に血が上り飛び蹴りを食らわせてしまった。
「痛てぇじゃねぇかよ!父親に向かって何すんだ!」
「ろくに働きもしねぇで『meTuber』になるとか言ってるやつが父親面すんじゃねぇよ!この家の家賃も食費だって、母さんの入院費も全部俺のバイト代じゃねぇかよ!」
俺の父親、
母さんが元気だった頃はまだ真面目に働いていた時期もあった。親父がこんなにやる気を無くし、おかしくなったのは母さんが倒れてたからのことだ。
現状、親父が働いていた時の貯金もあるから俺のバイト代と合わせて生活することは出来ているが、このままでは必ず底が尽きる。
「……お前が頑張ってるんだから良いじゃねぇか。母さんだって喜んでると思うぞ」
「俺がいくら頑張ったって親父が働いてくれなきゃしょうがないだろ!俺だって勉強しなくちゃいけないし、やりたいことだっていっぱいあるんだ!」
俺は監視役をやる以前からバイトをしていた。朝は新聞配達に牛乳配達、そして学校が終われば週五でファストフード店で接客業。
休む暇など無い、毎日ハードな生活を送っていた。
「……でも俺には何をどうしていいのか分からねぇんだよ。母さんが倒れてから」
「そんなの働く以外に何があるんだよ!親父のその姿を見て母さんが喜ぶと思うのか!?毎日何もしないで家にいるあんたを見たら軽蔑するだろうさ!頼むからもっと父親らしいことしてくれよ!」
俺は勢いそのままに親父の胸ぐら掴んだ。
「……パパ?にいに?何してるの?」
後ろから女の子の声が聞こえ俺は振り返る。
「……
「今来たところ。お風呂入ってたの」
「そ、そうか。にいにとパパはプロレスごっこしていたんだよ。風邪引いちゃうから円香は髪の毛乾かしてこいよ」
「はーい!」
元気良く返事をすると円香は脱衣所へと戻っていた。
間宮円香、俺の妹だ。小学五年生で俺とは大分年が離れている。
聞いた話だと、俺が産まれて二年後には妊娠する予定だったのだが妊娠が叶わずようやく産まれたのが円香らしい。
「……円香にバレなくて良かったな」
「それはこっちの
「……うっ!」
俺は強烈な右ストレートを親父のボディに打ち込んだ。
その場に親父は倒れ込む。
「……お、お前。それはプロレスじゃなくてボクシングだろうが」
「そうだっけか?まあ、とりあえず今日はこのくらいで勘弁しといてやるよ。円香だっているんだ。早く働く決意を固めろよ、ダメ親父」
俺は倒れる親父を横目に自分の部屋へと向かう。
これ以上ここにいたらボコボコにしてしまいそうだった。
「さて、今日の報告を済ませるか」
毎日の日課になりつつある、社長への報告。俺はスマホから電話をかける。
「今日は遅かったね、何かあったのかい?」
「お疲れ様です、社長。いえ特は」
「そうか、それで今日の華恋はどうだった?」
「今日はいつにもなく俺に対して積極的に話をかけてくれました。それに放課後は一緒に喫茶店にも行きました」
「ほんとかね!あの華恋が外出を!?嬉しいことだ」
電話越しでも分かるくらいに社長が全身で喜んでいるのが伝わってくる。
「あの、華恋さんって外出しないんですか?」
「最後に私と外出したのは小学生の時だったかな。それ以降は自分から外に出ようとしなくてね。困っていたところだったんだよ」
「理由はご存知で?」
「それがその理由をいくら聞いても無視されてね。中学の時はそれ以外は話をしてくれたんだけど今はもうだめだね」
予想通りではあったが、社長は華恋さんに自殺願望があること、そして外出しなくなった理由を知らない。
そして有益な情報として華恋さんにあの癖が発症し始めたのが中学生の頃、その時に何かあったに違いない。
「なるほど、それはかなり苦労していたんですね」
「それでも今日は久しぶりに私に話をしてくれたよ。彼氏が出来たと。きっと君のことだろうね、
「きっとじゃなくて100%そうに決まってるじゃないですか」
改めて紹介するが『
社長は俺の行動を調べ期待を込めてこの名前を授けてくれた。
「それで君に後々連絡が行くとは思うのが先に言っておこう。その方が対策もねりやすいだろ?」
「……はぁ?誰からですか?」
「華恋からに決まっているだろ。私に紹介した後にすぐにあの子は「明日、家に連れて来てもいい?」かと聞いてきたんだ」
「え?」
俺は思わず言葉が詰まりその後すぐに応答が出来なかった。
「華恋は君のことを相当信用しているし、信頼しているみたいだ。一体君は華恋に何をしたんだね?」
「……何をしたと言われましても」
俺は特に何もしていない。してくるのは主に俺を弄って楽しんでいる華恋さんだ。
ただ、心当たりがあるとすれば――。
「どうなんだね?鳳雛?」
「今日、俺は華恋さんに「好きだ」と言いました。それくらいしか思い当たりません」
「……そういうことか、納得したよ」
「それはどういうことですか?」
「いやこっちの話だよ。気にしないでくれたまえ」
社長に理由を聞いたが見事に回避されてしまう。
声がいつもよりもかなり低く何か隠している様子を感じた。
「分かりました。俺もそれ以上は聞かないことにします」
「そうしてくれると助かるよ。それで明日のことだが私は朝は家にいるが、挨拶だけ済ませたら仕事に向かう予定だ。その後は二人で楽しんでくれたまえ」
「はい、それでは今日のところはこれで失礼します」
こうして今日の報告は無事に完了した。
着信を切ってスマホの画面を見ると一件の通知が来ていることに気付く。
「……ん?あ、華恋さんか」
俺は帰り際に華恋さんとRhineを交換していた。万が一何かあった時のために連絡は取れた方が良いと思ったからだ。今日みたいなことがいつ起きるか分からないからな。
そして俺はRhineを開いて内容を確認してみる。
『明日は私と遊びなさい。場所は私の家。九時に新宿駅集合。遅れたり、来なかった場合は私の命はないわよ。覚悟して来なさい』
何この文章。新手の脅迫文か何かなのか。どのみち断る理由もないし、断ったら華恋さんが死んでしまうので俺の選択肢は一つしかなかった。
『了解。楽しみにしてる』
簡単に俺は返信を済ませて明日へ備えることにした。
彼女の家に行くのだから何かしらの手土産を持って行った方がいいのだろうか。
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