第2話 ヤツラ
同性のストーカーに追いかけられるようになって、かれこれ十年近くになります。
嘘偽りなく言ってしまえば、僕はゲイではないです。
しかし、女性に告白したことはあってもお付き合いしたことはありません。
いつも一人でいるので、目を付けられやすいんでしょうね。
それと、僕はもう十五年くらい治療を続けている精神病を患っています。
幻聴とか聞こえてしまう病で、知人などにもそのことを伝えてあるため、ストーカーに追いかけられていて、困っているという相談をすると、症状が出てるんだよ、といった具合で説得させられ、医師にも病だよと診断されます。
確かにどれが幻聴でどれが現実か、境目がわからなくなっており、僕もどうしたらいいのかわかりません。
十年近く前、家のカーテンが明るい色で、劣化のためか内側が見えているらしく、それを毎夜見に来るやつがいる、というのが、僕の記憶ではストーカーを意識した始まりだったと思います。
裏の駐車場にそいつは自転車に乗って現れ、若いときは昼夜問わず洗濯物を干していたので、いつだったか、それが風に揺られ洗濯バサミのカラカラという音が聞こえたのですが、もしかしたら、それが見に来るやつに触られていたら、という思いになり、夜間に干すのはやめました。
これ、一応注釈みたいなものを付け加えると、自分が男女問わずモテる人間だという話ではないんです。
元々そういう思いを抱いていたり、男女問わず好きなら、喜ぶべきというか、病のせいにしなくてもいいんですよ。
僕の病の特徴として、被害妄想があるのですが、自覚をするなら、上記の事柄は被害妄想でしかないんです。
しかし、目の前に幾度か同じ人や、似通った格好の人を仕事の帰りなどにタイミングよく見かけたりすると、途端に被害妄想が出てきます。
被害妄想が今の文面からで言うと先行してますが、僕はその時その人影を見かけ、危機感を抱かざるを得ませんでした。
ストーカーを意識し始めたというのが、駐車場から部屋の中を見つめてくるやつがいたから、とありましたが、それは部屋の中でも起きていました。
アパートの近隣の何者かが、自分を盗撮している。
というものです。
主にスマホから覗き見ているというのが症状で、困ったことに、僕はずっと天井やら壁などに小さなカメラがあるんじゃないかと思い込んでいて、探したこともありました。
なかったですけどね。
医師の話では、昔はテレビやラジオから盗撮盗聴されているという症状が多かったらしいです。
今でもそれは感じます。
これを書いているときも、近隣から「被害妄想だよ」という声が聞こえました。
その言葉を聞く限り、この画面を見ていると思ってしまいます。
最近になり、通っている作業所以外で働く機会を得たので、電車を乗り継いでその職場へ行くのですが、ヤツラはそこにも現れました。
かわいいって、同性から言われるのは正直嬉しくありません。
外でマットの掃除をしていたら、聞き覚えのある声でかわいいと言われ、
ああ、とうとうここにまで追いかけてきやがったか、
とヤツラの顔は見ないようにしているので、正体はわかりかねますが、そんな不安が胸の内に現れました。
顔を見て好意を抱いていると思われるのが嫌だから、見ないようにしているのです。
何が病で、何が現実か。
僕にはわかりません。
被害妄想が、時折エスカレートします。
ヤツラ――ストーカー――にこう言われたら、こう言い返す、すると、こう言い返され、無理矢理付き合わされたり、部屋に入られたりする。……という思考がどんどん没入していくんですね。
それで頭の中がパニック状態になり、ものすごい疲労感に襲われるのです。
作業所に通う前、仕事中にイライラして、心で馬鹿野郎!と叫んだりすると、それに対して言い返してくる声が聞こえました。
それで、頭の中で言い合いになり、仕事中とあって非常に疲れてしまいました。
夜、帰宅途中に、嫌気がさしていた毎日見かける人影がその時もいて、家についてから仕事を休みたいと、涙混じりで職場に相談し、色々あって結局、辞めることになりました。
わからない人にはとことんわからない症状でしょうが、医師の話では、そういう脳内の処理や、すみ分けみたいなものができなくなっているらしく、気にしなくていいことと気にしなければならないことができにくいというのが、一種の症状だそうです。
なので、ヤツラを受け入れることは不可能でしょう。例え善意で僕に近付こうとも、僕には無理です。
作業所でも仲良く話せる人はいますが、お互いに距離を置き、何かあればバリアみたいに壁を作りますから。
小学校からの友人ともたまに連絡を取り合うくらいで、大人になると少年時代のようにはいかなくなるといいますし、実際そうなりました。
こんなんじゃ、深い友達付き合いも結婚も難しいだろうな。
だから一人を選ぶんだろうなあ。
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