せめて悪役たらんと
でずな
対峙
俺のには生前の記憶がある。
地球と言う別の世界で、人を助ける警察として働いていたという記憶。そして、人を助けようとして死んだという記憶も。
死んで転生した体は、ファンタジー世界の魔王だった。しかも肝心の魔法を使うことができない、無能な魔王。
「魔王様。四天王が全員、勇者一行に殺されました」
唯一、小さい頃からずっと部下のヤイが嫌な報告をしてきた。
「そうか」
四天王が殺された?
そんなこと、無能な魔王である俺に報告したところでどうにかすることもない。
俺は平和を望んでいる。
戦いがない、誰も死なない、魔物だとか人間だとかそんなこと気にせず、笑い合うことができるそんな平和な未来を。
「ぎゃああああ!!」
突然、扉の先から悲鳴が聞こえてきたと思ったら、勢いよく扉が開かれた。
「ここにいたか……魔王!!」
いるのは、金ピカな鎧を着ている人間。
その後ろにはガタイがいい男だったり、ローブを着ている女だったり。
状況から察するに、こいつらが勇者一行なんだろう。
「ヤイ。――どうやらここまでだな。今までよく側で俺のことを支えてくれた。お前は……、休め」
「はっ。貴方様に仕えることができ、幸せでした」
ヤイは微笑み、自身の首を引きちぎった。
血潮が飛び、幸せそうな顔の生首が足元に転がってきた。生臭い匂いが部屋を支配する。いつもだったら気分が悪くなるこの血の匂いも、今この瞬間は心地よいものに感じる。
顔を扉の方に戻すと、驚愕の顔のまま固まっている勇者一行が。
傍から見ればこの状況は、理解し難いものだろう。正直俺もよくわからないのだが、ヤイの覚悟は伝わってきた。
その覚悟に俺も答えなければ……いや、俺もやるべきことをやらなければ。
「勇者。ここまでの長旅、ご苦労であった。我が配下の四天王を倒すなど、予想もしてなかったぞ」
「だっ……黙れ魔王! 貴様は、貴様はこの勇者である僕が息の根を止めてやる」
この勇者は一体どの魔王に怒りを向けているんだ?
先代? それとも先先代?
少なくとも、俺は魔王になってから勇者に恨まれるようなこと一度もしていない。
これが世界の原理。
世界には勇者とされた希望の存在が、いや世界が一丸となり代表して悪に立ち向かう存在がいなければならないのだ。
両者が生きていることによって、世界の均衡を保つことができるのだが、そんなこと勇者が知るはずもない。
知ったところで何も変わらない。
「息の根を止める。君はなかなか興味深いことを言うじゃないか」
「なにを……!?」
「君はすごい。なんたってここに来るまで、魔王の我も称賛したくなるほど、たくさんの魔物を殺してきたんだから」
「だから何だと言うんだ!! 俺は……悪の元凶である貴様のことを殺すため、人生をかけてここまで来たんだぞ!!」
「あぁ。知っている。だから立場が違えどその頑固たる意思を称賛したい、と言ったのだ」
「なん、だと?」
「いけません勇者様! 貴方様が話しているのは、魔王です! 巧妙な話術にて、魔法をかけようとしているのかもしれませぬ。話してはいけません!」
「あ、あぁ。そうだな。助かった」
上手く心を砕き話し合い、をしたかったのだがその隙はないらしい。
勇者パーティー。もし、勇者の後ろにいるモブたちがいなければ世界は変わっていたかもしれない。
そう思っても、もう遅い。
目の前にまで近づいている勇者の瞳は、熱く、痺れるような強い意思が込められた瞳。
「魔王。ここまでだ」
一刻、勇者の瞳が伏せたと思うと心臓部分を剣で貫かれていた。
激痛……を感じているんだろう。死ぬ感覚というのは、よくわからないが力が抜けていくのがわかる。
背もたれに背中を預け、勇者を見上げる。
「何故……何故、そんなに勇者である君が悲しい顔をするんだ」
「わ、わからない。なぜ、だろう。ただ、貴様が魔王だという気がしなくて……。それで、殺してしまって……」
「ふっ、我は魔王だ」
息が上手くできず、苦しくなってきた。
まぶたが徐々に下がっていく。
「魔物、の……頂点にして……悪の、元凶…………舐めるん、じゃ、ないぞ………………勇者ぁ」
力が抜けていく。
視界が真っ暗になってしまった。
俺は、そうか。……また死ぬのか。
魔王らしく、悪役らしく振る舞えただろうか。
勇者は俺の言葉の真意に気づけるのだろうか。
…………あぁ。ダメだ。頭が回らなくなってきた。
気持ちで死を引き伸ばしていたが、もう限界だ。
さようなら世界。
おやすみ世界。
次はもっと、平和で、楽で、幸せな世界に転生したい。
せめて悪役たらんと でずな @Dezuna
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