Men at Doom's 或いは酔漢に下す鉄槌

poti@カクヨム

Men at Doom's 或いは酔漢に下す鉄槌




 俺や、俺達は幸せって奴が何だか良く解らない世代だった。

勿論、解りやすい理由ぐらいある。30年近く続いていた戦争のせいだ。

生まれた時から戦争。当然の如くに俺は兵隊になって、そこから崩れて冒険者。

寝ても覚めても戦争、戦争、また戦争だ。


 何で始まったのか詳しい事は知らない。

風の噂じゃ、都にまします皇帝陛下が魔物の軍勢を討伐する為だとも、

また魔物が人類を滅ぼそうと野心を持ったのだとも。

だが、俺達──いや、俺みたいな人間にとって重要な事はそこじゃない。


 何より重要な事は、俺が戦争以外何も知っちゃ居ないって事だ。

おっつけ三杯目のビールに乏しい退職金が目減りしたが、その果報に

不安と苦痛は逃げていく。俺達は幸せは知らない。戦争だけは知ってる。


「畜生、何で戦争終わっちまったんだよォ。解んねぇよォ」

「はいはい、またかよアンチャンよ。いい加減体に毒だぞ?」

「オヤジ!もう一杯!」

「まぁ、金だわな。精々死ぬまで飲むこった」


 ぐるぐると意識が泥の河めいて流れている──そう、重要な事は戦争だ。

戦争が終わってしまったのだ!つい先だって!一月位前に!

終わらないと信じて疑わなかった、あの麗しい戦争が!それでこのザマだ。


頬杖で見回せば、似通った不景気面が汚い酒場に揃っている。

勿論、俺もその一人だ。兵隊崩れ、冒険者くずれと回りまとめてクズばかり。

シケた酒場だ。名前も名乗りたがらぬクズばかりというのは当たり前。

行くあての無いやくざ者が酒を飲んでしょぼくれてるって寸法だ。


 戦争が無くなったのが全て悪い!俺は、俺達は戦争から追放されたんだ。

世間じゃ恩知らずの皇帝陛下が魔王?いや、三つ目の魔王と和を結んだと大喜び。

何がめでたいもんかい!戦争が無けりゃ給料が出ない。給料なけりゃ俺が死ぬ。

死ねば骨すら残らない。にも関わらず世間の連中と来たら!


 戦争が無くなりゃ兵士も、傭兵まがいの冒険者もお役御免だとさ。

ああ、そうさ。その通りだろうさ。だが、お前ら他人事だからそう言うんだろう。

来歴なんて誰も気にしちゃいない。一山幾らだ。でも、そりゃあんまりだ。

今更、学校に戻る訳にも行かない。どの面下げて。


「うっぷ……何だ?」


 濁った頭に響く騒音に顔を向けて見れば、派手な格好をした連中の入店だ。

慌てて目を背ける。小心がどきどきとする。ただの冒険者くずれじゃない。

『まだ現役の冒険者』だ。それも、ギルドに捕獲されてない奴らだ。


と来れば、腕っぷしだけは無暗と強いゴロツキであるのが相場も相場。

冒険者ギルドの徴募係を殴り返せなきゃ今日び自営冒険者は務まらないと聞く。

絡みつかれちゃ敵わない。周りも同じだ。どいつもこいつも。


 どかんどかんと蹴飛ばし蹴散らし、そいつらは威勢を示している。

煩い事この上無いが、今や皇都も廃墟同然。立て直しに全力全開の真っ最中。

この手のゴロツキを成敗する余力も無く、俺達みたいなのは大迷惑しているのだ。

酒ジョッキを前に肩を落とす。何とも惨めな気分だった。


「……力が欲しいナァ。力が欲しいヨォ」

「じゃあお酒を頂戴」

「誰だお前」


 ぼやきを掴まれて顔を向けると、奇妙な格好の奴が居た。

見覚えは無い。理解する事は出来る格好をしている。

そいつは灰色で、髪ときたら腰まで長いくせ、ぼさぼさだ。

ボロ袋に三つの穴を開けてすっぽり被ったような服を着ている。

裸足で、素手で、どう見たって俺の同類だ。ずっと若いようだが。


「人に名前を聞くなら自分から名乗るのがマナー」

「アルタ=エノール」

「私はハクカス。知らない?」

「知らん。うわっ、酒臭ッ!?相当飲んでるな!?」

「うん。でも不味くって……」


 何処から用意したか得体の知れぬ酒を瓶からちびちびやっている。

まぁ、場末の酒場だし酒の質の方は当然と言えば当然。

中身が違うなんてカワイイ方で、酒とさえ言えない場合すらある。

俺のように匂いと味で解らなければあっという間に死ねる事請け合いだ。


「そりゃあ不味かろうなぁ」

「こりゃ酷いよ。薄いし、おまけに酸っぱいし、何か変に甘ったるい」

「長年放置した鉛ワインを水で薄めて出してるんだろ──あっ、やべっ」

「?」


 思わず失言。当然の如く派手な冒険者がワインを盛大に噴き出した。

鉛が毒だってのは良く知られてる。学は無くとも頭はいい連中らしい。

しかし、こういう時この手の冒険者がやる事と言えば想像がつく。

ので、こそこそ机の下に隠れる。何故かハクカスが付いてくる。


「こん糞がぁッ!何てもの飲ませようとしやがる!舐めた真似しやがって!」

「ギャッ!?」


 怒鳴り声と共に飛んで来た拳骨に、酒場の主が吹っ飛んで壁に張り付いた。

あーあ、言わんこっちゃない。勢いよく叩きつけられてめり込んでいる。

血の泡を吹いて動かないから、恐らく助からないだろう。戦でよく見た。

凄腕の冒険者とかいう連中は大抵、人間の理から外れている。


「ねぇ、お酒ちょうだい。喉が渇いたの。一杯だけでいいから」

「さては……よく訓練されて年期の入ったアル中だなテメー」

「失礼な。私は神様だよ。か・み・さ・ま」

「手遅れだったか。可哀想な子に悪い事聞いた。すまん」

「あー、酷い。馬鹿扱いしたー」


 腹いせに冒険者連中が店を破壊し、客に難癖をつけているのが見える。

こっちにやって来るのも時間の問題だろう。腕が震える。

すぐ逃げるべきだろうが、奥の席に陣取ったのが不幸だった。


「ああ、畜生。力が欲しい。力さえあればなぁ……」

「じゃあお酒を頂戴よぉ。もっとまともな奴」

「お前なァ、解かっちゃいないんだろうが、今まともな酒って貴重なんだぞ?

戦争でみーんな焼けちまってな。大概の酒場じゃ、そこらで造ったヤミ酒まみれよ」

「うん、知ってる。皆、全然お酒を捧げてくれないから困ってる。

大変良くないと思う。だって私神様だし。そういうのずっとしてもらってたし」

「あくまで神様ごっこのつもりかよっ。いいかぁ、お嬢ちゃん。

この世で神様ったら龍の形で、キンキラで、そりゃもう正義で凄ぇ偉いんだ。

ボサボサで、汚れてて、ちまっこいのとは違うんだぞ。ちまっこいのとは」

「あの子融通利かないし、乱暴だからキライ。ねー、お酒ちょうだい。一杯だけでも」

「俺だから良いものの、そりゃ柱に吊るされる物言いぞ……?」

「あっ」

「げぇっ!?」

「主に喧嘩売る悪ぃ子が居るぞぉ。吊るしちまうかぁ、食っちまうかぁ」


 目を付けられた!冗談じゃないぞ!?どこで一杯やってたか知らんが、

耳まで真っ赤、焦点もあってない、おまけに足取りがふらふら。

これじゃあ正気を失ったヒグマに狙われたのと同じだ。なんてこった!


 嫌な事を思い出した。ありゃ、まだ戦争中の話だ。

何度か戦場でこういうタイプの冒険者を見た覚えがある。

殺しを何とも思ってない血に飢えた殺人鬼共で魔物よりタチが悪ぃ。

──ってそれどころじゃねぇ!


「わー、苦しいよー止めてよー」

「おうおう邪教徒め苦しいか。俺達ゃ正義の冒険者様だぞ」

「ねー、離して欲しいなー……じゃないと怒るよ?」

「あ?怒ったらどうすんだ。ぶら下がったままダンスでもするのか?」

「警告はしたよー、三度目は無いよー」

「ハハハ、何言ってやが……あれ、俺の袖が、何で?」

「すぐ離せ。さもなきゃ全身ぐずぐずにするぞ」


ハクカスと名乗る不審者は握り拳を作って一発ぽかりとやっただけだ。

やくざ冒険者が説明を求めるようにこっちを向くが俺だって知らん。

酔払いがコート付きの鎧を軽く撫でただけだ。その筈だ。だと言うのに。


「俺の剣!?俺の鎧!?うわー!臭ぇ!?ヘドロじゃねぇかよぉ!!」

「えいえい。ぐずぐずになーれ。それそれ。もっとぐずぐずになーれ」

「た、助けてくれぇぇ!」


 乞われるまでも無い。事態を見ていた仲間の一人が即座に斬りかかる。

見た目と態度に反し、念入りに日々手入れの片手半剣が冷たい輝きを放つ。

狭苦しい酒場の天井を物ともせず、抜き打ちの刃がハクカスの首元に走り──


「危ないよー、喧嘩しに来たんじゃないから止めてよー」

「……いや、いや絶対おかしいだろお前ッ!?完全に首刎ねたと思ったのに」

「でも例外はないよ。そーれ、お前もぐずぐずになーれ。ぐずぐずー」

「ギャーーーーッ!?」


 見れば、半ばからその剣がぐずぐずの赤錆になって崩れた。

冒険者が踏まれた猫のような絶叫を上げ、愛剣に縋り付いて泣き始めた。

どうも長年使い込んで、様々の魔法と莫大な金をかけた代物だったらしい。

ご愁傷様。ざまぁみろ。が、問題はそいつらの服も鎧も崩れた事だ。


 全裸の野郎共が場末の酒場でくんずほぐれつ大絶叫。

どこからどう見ても表に出せない地獄絵図。ぐずぐず祭りを作った張本人は、

自慢げに胸を逸らして俺を見ている。まずい、懐かれたのかもしれない。

徹底して他人のフリをしたかったが、ハクカスはお構いなしに話しかけてくる。


「えっへん。全部ぐずぐずにしたよ。ハクカスは神様だから凄いのだ」

「お、おう……凄ぇな」

「まぁ、人は殺しちゃダメみたいだけど。そう聞いた」

「何だその微妙に他人事な物言い」

「今はそういうルールなんだって。しょうがないよね。あ、もう一人」


 哀れな冒険者たちの一人だった。最初から何も着ていないのは何故だろう。

もろだしだが、それでも戦意を失わない様子には男として感動すら覚える。

現実逃避と事実の否認を自覚しながら半笑いの俺に、

一方のそいつは──魔法使らしい──震えを噛み殺しつつ、問いかけて来た。


「貴様ら……一体何者だ?」

「何者って、俺は単なる酔払いの冒険者くずれ。こっちはただの酔払いのガキ」

「嘘つけぇ!そいつらの防具は一級品の魔法付きだぞ!?どんな手品使った!

そんじょそこらの飲んだくれにそんな真似できるかぁ!」

「単に日々の手入れを怠ってただけでは?」


 失言だったらしい。魔法使のまとう空気が一気に剣呑さを帯びる。

マズいと思うがもう遅い。不可解な現象の前触れがそこらでざわつく。

敵意と殺意を隠そうともしていない。あー、俺死ぬなと脳裏に過る。


「貴様……さてはド三流だな、目の前の相手の力量も解らんとは」

「ねー、それよりお酒ちょうだいよー……ん、何?指差して」

「後、やったのコイツな。俺はマジで知らん」

「何?」


 相変わらずのハクカスを指さすや、全裸の術使いは神妙な顔で腕を組む。

うっかり忘れていた重大な情報を思い出そうとしてるようにも見えた。

良く解らんが兎も角チャンスだ。ハクカスと名乗る不審な女を小脇に抱える。

面倒事からはとっとと撤退。撤退に限る。


「ねー、お酒はー?」

「知るかッ!明日への逃亡ッ!」

「逃げるなァーーーーッ!責任から逃げるなァーーーッ!首差し出せぇーーーッ!」

「だってさ。物騒だよね」

「お前のせいだーーーっ!お前のせいやろがッ!」

「えー……私はただ、おいしいお酒飲みたいだけなのに」


 振り向けば、懐かしのボロ酒場が何故か盛大に爆炎を噴き上げている。

魔法使が腹いせに焼き払ったのだろう。見まごう事無く出入り禁止である。

ぬめぬめする酔払いを抱えた俺は、流れる心の汗を止める事が出来なかった。

悲劇だ。理不尽だ。風邪の時に見る夢よりも酷い。もう悲鳴すら出ない。


 しかし、今は少しでも遠くに逃げなければ危険が危ない。

日頃の不摂生にも関わらず、生命の危機となればしっかり足腰は動いてくれた。

習慣に従って帰路を辿り、転がり込むように貸間に飛び入り、力尽きて倒れる。

辛うじて仰向けになると、代り映えの無い日常風景にこみ上げるものがあった。


「ぜぇ……ぜぇ……畜生、うぶっ。気持ち悪ィ……さ、酒が全身に回って。

水、水は何処だ。水ガメはどこ行った……ぶえっ」

「はい。お水」

「お、おう。って、一体全体何なんだこの状況は」

「失礼だなぁ。ハクカスをねぐらに運んだのはお前じゃないか。積極的!」

「お前にお前呼ばわりされる筋合いはねぇよ。……あー、どうしよう。

俺は怠慢と無難を愛する男なんだ。なのになんだお前は……」

「やだなぁ、私は神様だよ」

「またそれか……そんな信心深くなった覚えは無いぞ。

兎に角助けてやったんだから感謝の一つもしたらどうだ?」

「ありがとうございます。でも先入観は捨てた方がいいかもー」


 そう言われても困る。家産は無いが、俺は皇都の市民で信仰の問題は重要だ。

西国程では無いにせよ、そこいらで何かやるとなれば神像建立は付き物だ。

酒場が建てば儲けの龍神様、道を作れば大地や道路の龍神様、

墓を建てれば安らかにと蒼ざめた月の神様を飾り付けるし、

娼婦や産婆なんかが赤い月の神様の飾りを付けた首飾りを掛けたりもする。


 その数は実に多くバラエティーも豊かで万事ご利益めでたしという次第。

戦火で都が丸焼けになろうが、大戦争で屍を山と積もうが消えないのが信仰ってもんだ。

中でも代表格が黄金に輝く『正義』の龍神様で、風の噂じゃ

人の子に力を与えて勇者様と共に方々の魔物や賊を平らげて回りすらしたらしい。


 実際にご利益を下さり、しかも人間に味方して下さる事もあり、

何時もにこにこ見守っている大いなる存在。そりゃあ信仰だってウハウハだ。

しかるに目の前の自称神はひとっつも神様らしくない。


「大体、神様ってな龍の姿をしてるって相場が決まってんだぜ?

お前、酒におぼれた物貰いじゃねぇかよ。そこらに掃いて捨てる程いるぞ」

「だってー、あの姿のままだといくら飲んでも足りないし。

人の子の形象は実際、とっても便利。お手々もあるし、足もあるし。

歌って踊れてオツマミ片手にお酒も飲める。割とそういう子も一杯いるんだよ」

「そりゃお前、酒には強いらしいがなぁ。いい加減ばっかり言うなよ」

「ぐずぐずにしたの見ても信じないー?困った子だなぁ」

「だって、ナァ……後、もっぺん言うが俺はアルタだ。アルタ=エノール。

大の男を指さして子ども扱いするんじゃありません」

「また自己紹介?私はハクカス。神様です。人の子は澄み渡るハクカスとも呼ぶね」

「聞いた事ねぇよ。何処の神様だよ。全ッ然知らねぇよ」

「東の方からはるばる来たからこっちじゃマイナーかも?」

「ウソつけぇ!東の方は戦災で壊滅して今や一大カオスって聞いたぞ!」

「そんな事よりお酒飲みたいよ」

「我が家には一壺の酒もありません。ただ寝るだけの場所です」

「えー……」


 やはり一般通過気狂いらしい。

戦場でも噂には聞くし、偶にこういう手合いが現れる事もあった。

常識の範疇を外れ、こちらの理解なんぞまるっきり無視して動き回る奴らだ。

対処法は一貫している。つまり、触らぬ神に祟りなし。


 ひょっとすると数秒後に俺もぐずぐずにされてるかもしれない。

が、こういう手合いは自然災害や大しけの海のようなものだ。

一秒後に殺されるかもしれないが、気まぐれに去ってもおかしくない。

柄にもなく助けてしまったのは大失敗だが、もうどうにでもなれである。


「ともかく水あんがとよ。お前も遅くならん内にお家に帰んな。

俺ぁもう寝るかんな。後の事は知らん」


 汚い寝床に転がり込むとそのまま布団を被って目を瞑る。

下手に追い出そうとしても無駄な努力になるのは想像に難くない。

薄目を空ける。ハクカスは三角座りをしているようだった。

とっとと帰ればよかろうに、あくまで頑張るつもりらしい。


──そう言えば、と薄ぼんやりとした記憶からうろんな噂話を拾い上げる。

曰く、先の大戦で皇国軍が壊滅に追い込まれた原因の一つとして、

悪意を持った数柱の神々と決戦を行ったせいだ、というヨタがあった。

何でもありの無制限戦争なんてやらかしたせいで生まれた嘘話に違いない。

隕石が雨と降り注ぎ、大地が破裂し、紙のように軍がなぎ倒される地獄での話だ。

第一、お偉方も自分達の失敗を隠す為ならなんだってやるだろう。


 ああ、しかしその噂話ときたら荒唐無稽もいい所。

何せ、神様が女の子の姿も取るってんだから。見た目ってのは重要だ。

本当に重要だ。幾ら強大な力を持とうが姿が女子供なら誰もマトモに信じない。

文字通りの信仰の危機だ。有難みもへったくれもあったもんじゃぁない。


 ……ん、あれ?今、何か妙な事に思い至ったような。

がばりと飛び起きる。ハクカスの肩を思わず掴む。

相変わらずの一杯機嫌らしく、ぼんやりフワフワとした不思議な様子だ。

眉間を押さえる。まさかとも思う。しかし、目の前の存在はその定義に当てはまる。


「どうしたのー?まじまじと。照れるなー、ハクカスに入信とかしたくなった?」

「……酒臭ぇ。どんな神様だっての。飲兵衛と怠け者の神なら信じてもいいぜ」

「ぐずぐずにする神様だよー、人の子は腐敗とも醸すとも言うけど」

「腐敗の龍神とか明らかに邪神じゃねぇか!」

「怠惰と深酒の信徒に言われたくないかも。私は単にお酒が好きなだけだし」


 改めて眺める。非常に荒唐無稽な仮説である事は事実だ。

しかし、しかしだ。単なる与太話であるならば、どうしてこうも辻褄が合うのか。

勿論、単なるうわさ話だ。理屈の前提そのものが間違いである可能性も高い。


「……一つ聞かせろ。何だって俺に付き纏う?ただの冒険者くずれだぜ。

しかも腕だって悪い。仕事も無い。言っちゃナンだが、甲斐性なしだぞ」

「そりゃお酒に詳しそうだから。味と言い、作り方といい、鑑定力といい。

言ったよね。ハクカスはね、失われそうな酒を復活させたい。びっくりした?」

「……何で、俺なんだ?」

「醸すと腐るを並べて反論しないから。普通の人ならそれだけで追い出しそう」

「カマぁかけたか。確かに大学じゃ醸造を嫌々やってたが──」

「神様は試練を与えるからしょうがないの。でも合格です!」


 合格、めでたげなその一言に酷く嫌な予感を覚えた。

即、拒否しようと体を起こすと目の前にハクカスのみすぼらしい姿があった。

熟し切った果物のような甘ったるさと体臭の混じった独特の匂いが香る。

俺の頬に掌が触れた。顔がこちらに近づいてくるのが見える。

巨大な存在に見下ろされたように全身が凍り付き、指先一つ動かない。


「だからもうアルタは私のもの。一緒に酒蔵の再建をしてもらう」


 ねばねばした泥のような、独特の雰囲気の声だった。

吐息が鼻にかかり──思わず顔を背けて投げ出していた水盥に頭を突っ込む。

何て酒乱だ!吐息に目が回る程酒臭い。四六時中飲んでるとしか思えない。

汚れものをさんざやらかし、顔を上げると、面白そうなハクカスの姿があった。


「……断ると言ったら?」

「うーん、困る。今はもう一方的な押し付けはダメってルールみたいだし」

「良い事聞いた。絶対にお断りだ!」

「えっ?」

「うん?」


 まさか断られるとは思いもしていなかったらしい。

先程までの圧迫感が嘘のようにハクカスは固まっていた。

神様でも認知の齟齬は起きるらしい。それから、じわじわと顔が歪む。


「そ、そんな。どうして?ひどいよー、あんまりだよー」

「今のやりとりの何処に同意できる部分があるのか言ってみろォ!」

「んー、全部?」

「やっぱ無しな。このお話は無かったという事で。俺ぁちょっと出かけて……」

「や、やだー!ハクカスのものにならないなんてやだー!

あんな美味しいお酒無かったのに、放っとくと技術も知識も無くなるのに!

今しか無いの、今やって貰えないとあのお酒が飲めなくなるの!それでもいいの!?」

「その話の何処に俺の利益が存在するのでしょうかねぇ……?」

「の、飲み放題とか?本当にいいお酒なんだよ。私からもお願いするからッ」

「……まず、そのお願いが相手に通用するんですかねぇ?」

「す、するよッ!私が好きになったお酒はいいお酒だって評判なんだから!」


 少し問い詰めるや余裕と威厳が剥がれ落ち、子供のようなダダを捏ね始める。

やっぱり、さっきの感覚は俺の思い過ごしだったのかもしれない。

ともあれ問題解決への筋道は見えた。明日に備えて今日も寝る。


 寝ようとした矢先に通りから聞き覚えのある怒鳴り声が聞こえて来た。

酒場で会った連中だろう。捨て置いたトラブルが追いかけて来たという訳だ。

いや、落ち付いてる場合じゃない。よく考えなくとも探し物は冒険者の領分だ。

腕だけは確からならそりゃ、手前を舐め腐った相手を追いかけてくるだろう。

誰だってそうする。俺だってそうする。いや、そうじゃない。どうする?


「ぐぉぉらぁぁ!何処だ、何処隠れた!出てこないと辻ごと丸焼きにすんぞ!」

「あの鎧に剣、幾らだと思ってやがる!鉱山送りにしてやるから出て来い!」


 そう言われて顔を出す阿呆はいない。

それにしても見事な巻き舌だ。そう時間も経っていない事からすれば、

服も着ないで全裸のまま血眼で俺を探していたのかもしれない。

絶対に関わり合いたくないとの思いを新たにするが、さりとて手詰まりだ。


「ああ、力が欲しい。力があったら……な?」


 傍らを見ると、ハクカスが自慢げに鼻息を吹いている。


「力が欲しいならハクカスがその力になる。一言、了承ちょうだい」

「……ちな聞くが、その代わりに何を差し出せと?」

「君の人生とその自由、可能性、人間性とか色々」

「やっぱり邪神じゃねぇか!!……あ゛っ」


 ヤバイ、間違いなく今ので居場所がバレた。

一方、ハクカスはとても嬉しそうだ。段々と殴りたくなるが我慢の子。

数秒後、我がボロ家のドアを野郎の素足が蹴破る。

想像した通りの姿格好、つまりモロだしの先刻の冒険者一行が姿を現した。


「……なぁ、実は気になってたんだ魔法使さんや。

何でアンタだけ何も無かったはずなのに全裸なんですかねぇ?」

「趣味だ。大気中から恩寵を感じる……ああっ、今私は神の近くに!」

「悪夢だ……」


 全裸魔法(マジカル)中年こそ不可解な理由でくねくねしているが、

その他二名はと言うと問答無用とばかりに青筋を立て、目が血走っている。

すぐにでも斬りかかって来そうで本当に怖い。すぐ帰って欲しい。

何とか衝動を堪えているのはハクカスを警戒しているせいだろう。


 俄かに外の通りもざわつき始めている。そりゃそうだ。

全裸の三人組が凶器を持って白昼堂々人家に押し入り。

幾ら荒廃してしまったとは言え、都でも日常的な出来事ではない。


 そして俺。非日常のど真ん中に再度投げ込まれて言葉も無い。

寝床が知られた以上、この界隈にも居られまい。不幸だ。


「ねぇ、どうしてもダメ?このままじゃ助からないよ」

「いい事教えてやる。拒否できないタイミングの勧誘はな、悪魔のやる事だ」

「おい、お嬢ちゃん。良い子だから手出し無用で頼むぞ。

俺達の用向きはそこのクソ野郎だからな」

「あら意外。てっきりハクカスにも斬りかかるかと」

「──何処の名高き神々の一つとは存じませんが」


 前置きして、全裸中年魔法使いがハクカスに平服のポーズを取る。

解りやすく言うと土下座だ。頭を下げたまま異様な男が異様な姿勢で、

こいつ完全に頭が狂っていると判断せざるを得ない物言いを始めやがる。


「畏み畏み異邦より来たりし龍神に申し上げまする。

そこな男を我々にお譲り願えまいか。貴方様との敵対は望みませぬ」

「そりゃもう絶対に勝てないものね。でもこのヒトはあげないよ。

私だけのもの、私の騎士、私の僕にして使徒にするつもりだもの」

「……あなや。貴女様は恐らくは混沌に連なるモノかと察します。

今更お姿を現して騎士などと、正義や秩序が黙っておるとお思いか?」

「『正義』は反省してるし、『秩序』は恨み骨髄の騎士に弑逆された。

『混沌』とかそのお仲間連中は人間如きに討伐されて絶賛不貞腐れ中。

私だって今は別の理の中だし、貴方が思うような事は多分起きないよ。

へーきへーき。今のハクカスは酒を愛するだけの無害な神様だよ」

「成程成程。どうも式が書き変わったらしいと身共も察しておりましたが」

「へー、凄いね。人間なのに一言半句でそこまで解かるんだ」

「つまり、今神々は人類世界への手出し無用と、そういう事ですな」

「賢いと話が早くて助かるなぁ。そうそう。色々面倒で大変なんだよ。

今だって抜け道使ってやっと何とかやりくりしてるんだから」


 周囲の野郎共を放置して全裸の男は雄弁にハクカスと語り出す。

その内容はさっぱり理解できそうも無いが、何だか難しい話らしい。

一方で事態の推移を見守りつつ全裸の二人はだんびらを肩に担ぎ上げていた。

助けてくれ。そろそろ俺まで頭がおかしくなっちまいそうだ。


「そう、つまり」

「つまり?」

「今から我々がそこの野郎を連行して鉱山送りにしても罰は下せない」

「は……?いや、待て。待て待て待て。何でそうなる!?」

「いかんか?この御方に免じて命だけは助けてやろうと言うのに。

こらッ、ステイ!ステイ!今すぐ切り刻みたいのは解かるが落ち着け二人とも。

それに全裸は健康にも良いんだぞ。身軽さと素早さにアドバンテージがある」


 目の前の全裸が話の通じない狂人だという事だけは完璧に理解できた。

ハクカスはと言うと驚いたように片手で自分の口を押えている。

酔払いが後先考えず吹聴した時特有の表情だ。後で覚えてろよ。


 が、手出しできないのは事実のようで迫りくる冒険者を前に、

ハクカスは慌てふためき部屋の中を右往左往するばかりだ。

湯気立つ男の嫌なぬくもりが俺を両側から挟み込んでホールドする。


「安心しろ。大体は三年で楽になれる」

「止めろ!それ平均生存期間とかだろ!鉱山奴隷じゃねぇか!」

「そっちは三か月だ。重犯罪者のフレンズに後ろを狙われつつ楽しんで来い」

「嫌だー!絶対に嫌だ!止めろーー!死にたくなーい!死にたくなーーーいーー!」


 鉱山奴隷とは最低の仕事で、ぶち込まれた犯罪者の大半は数か月で死に至る。

連行しようとする両脇の筋肉には、殺意が滲む鬼の形相が浮かんでいた。

恥も外聞も捨てて泣き喚く俺を、ハクカスが何かを待つように見つめて来る。

畜生。顔面と心から滂沱の涙を流しながら、俺は遂に土壇場に追い込まれた。


「助けてくれ!お前が何者でも裸の変態とくんずほぐれつするよりマシだ!」

「──よろしい。その言葉を待ってたよ、私の騎士」


 俺は少しも待ってない。しかし、溺れたからには藁でも掴む。

具体的に何をしてくれるのかなど知らないが、僅かでも可能性があるなら──

そう考えて、酷い二日酔いのような頭痛とぬるい泥に体が包まれるような感覚。

一瞬だけ意識が消失し、その刹那に美しいハクカスの顔を見た気がした。


無論、考えるまでも無い。あのアル中が美しいとか間違いなく幻覚だろう。

しかし、再び目を空けるや目に映ったのは奇妙な殻に包まれた自分の腕だ。

そして恐るべき頭痛と眩暈だ。病気か何かを貰ったのだろうか。


 ──失礼だなぁ。今や私はあなた。あなたは私なのに。

病気扱いなんて。龍の騎士にされるのって本来は光栄な事なんだよ?


 頭の中で声がする。遂に俺も狂ってしまったらしい。

今頃、本当は全裸どもに縛られてなぶりものにされているのだろう。


 ──正気だし無事だよー。蒙を啓こうよー、ほら、私が居なくなってるでしょ。


 確かに先程までウロチョロしていたハクカスの姿はもう見えない。

一瞬、タライの溜水に映ったのは奇妙な全身鎧をまとった何者かだった。

あれが俺なのだろうか?仮装パーティーの趣味は無いのだが。

認めたくはない。認めたくないが、多分、きっと現実であるらしかった。


 奇妙な鎧と仮面めいた兜を被り、変態に両脇を掴まれた怪人・イズ・俺。

状況を把握するや胸からこみ上げる熱い思い。両目から垂れ流さずにはいられない。

俺は今、残酷な世界を前に打ちひしがれていた。何故、どうしてこんな事に。


「……まさか、こんなッ!!」


 そして、そんな俺を出迎えたのは全裸の男共の驚愕の表情だった。

帰りたい。どこか遠くの見知らぬ我が家に今すぐ帰りたい。


「龍の騎士だとッ!?こいつが、このしょぼくれたダメ男が、あの!?

騎士と言うよりも物乞いか浮浪者の方が似合いそうな奴がか!?」

「間違いありません。断定してよろしい。神々にとり、

人間の価値はどこまでも平等です。仮にそれが王侯貴族であろうが、

こいつのように手の付けられないクソ人間だろうと変わりありません」

「昼間っからあんなゴミ箱みたいな安酒場で飲んだくれて、

ドブからうち上がったばかりのドザエモンみたいな奴がか!趣味悪ィ!」


 ──やぁ、散々だねぇ。あれ、どうしたの?黙ってちゃ解らないよ?

プルプル震えて。そんなに嬉しいなら褒めてよー、ねぇねぇ。褒めて褒めて。


 お前ら人間じゃねぇ、心中で俺はそう絶叫した。

どいつもこいつもテメェを棚に上げて好き勝手絶頂喋りやがって。

もう許さん。後がどうなろうが知った事か。力を得たなら振るってやる!


 害意を察知したのか手練れの早業で冒険者が飛び退く。

俺は両脇の冒険者を振り払い、力任せに拳を振り出した。

常であれば手練れ共は簡単に捕まえて捻り上げるのだろうが、

まるで疫病から逃れるように俺から飛び退いて近づこうともしない。


「気を付けろ!次はどこをぐずぐずにされるか解らんぞ!」

「龍の騎士は神々の代行者だ!中身がドサンピンだろうが油断するな!」

「おのれ、即席ズル野郎め……ラッキーパンチ振り回しおって。

男なら潔く往生しやがれ!俺の剣をその体で弁償させてやる!」


 俺だって好きでこうなった訳じゃねぇ、そう叫びたかった。

だが、相手は明らかに敵意に満ち満ちた目でこちらを睨み付けている。

全然助かってねぇじゃねぇか。むしろ悪化してないか?


「畜生がっ、どいつも、こいつもッ。俺は被害者だぞ!?

何でいつの間にか極悪人扱いされてんだよ!?」


 ──大丈夫大丈夫。少なくとも死ぬ事は無いよ。多分。

根拠不明?だってこの鎧は私そのものでもあるもの。

この鱗はそんじょそこらの魔法や武器じゃ傷一つつかないよ。


 実に頼もしいお言葉だった。しかし、嫌になる程重い上に動きづらい。

昔、全身甲冑を着た事があるが、その内側に鎖帷子を着こんだよりさらに重い。

どうにか体は動く。見かけ上は何故か素早いが、実にぎこちない動きだ。

何だよこれ、吊った人形を無理矢理動かしてるみたいだ。


 ──そりゃ君の騎士としての適正が余りに低すぎるだからだよー

本来なら、同調した私の力を授けるんだけど……まー、現状ほぼゼロ?

今のままだとただの固いお人形さん。やっつけ仕事だから仕方ないね。


 じゃあもっと力をよこせよ!あいつ等、動きに慣れ始めてるぞ。

俺は頭の中の声に悲鳴染みた抗議を投げる。が、帰って来たのは黙考だ。

一方の三人組は俺から距離を取って相談の構えを見せている。


「なぁ、アイツ。固いけど鈍いし、ふん縛って河に投げ込めば死ぬんじゃね?」

「そうだな。多分イケるだろ。後で鎧剥ぎ取れば収支トントンか」

「中身はボンクラですからな。それでいきましょう」


 戦で住民が激減したせいで多少マシになったとは言え、

皇都を貫いて流れる大河は相変わらず恐ろしい有様で、転落すれば命は無い。

頼む、このままだとヘドロで溺死させられる。あっ、近づいてくる。寄るな。

止めろ、ロープをにぎにぎするな。これじゃあ魂の払い損じゃねぇか!この邪神!


 ──むぅ。困ったなぁ。それじゃあこうする。ちょっと痛いかも。


 そんな呟きが脳内に。とてつもなく嫌な予感がしてきた。


「おい、一体全体何するつもり──」


 問いかけを無視し、甲冑に包まれた俺の腕が勝手に動く。

飛びかかって来た全裸のロープ男を片手で見事に張り飛ばし、

続いて突っ込んで来た変態も振り向きざまに蹴り飛ばし、

ついで魔法を詠(えい)じかけた第三の変態に前のめりに駆け寄る。


「何とッ!?早すぎ──」


 驚きの声が聞こえた。さて、ここで少し話を変える。

もしもだ。ただの人間がぴっちりとした全身甲冑を着せられたとしよう。

それで、中身関係無しに鎧に繰り糸を付けて思い切り振り回したとしよう。

そしたらどうなるか。


「ぐぅうぇええええーーーー!?」


 全身酷使に大絶叫。そりゃこうなる。エビやカニの中身みたいなものだ。

限界を超えて酷使される筋肉と骨に、絞ったような悲鳴が迸った。

マジカル全裸は驚きの様子だ。俺はそれどころじゃない。

背中とか肩膝腰からメギョュって、してはいけない音がしたぞ!?


 ──本当アルタは貧弱だねぇ。不摂生だねぇ。

でも取り合えず目の前の全裸は蹴る。不敬にもハクカスに楯突いた。

勢いよく踏み込んで、腰を入れて、毬蹴るようにドーン!


「シビーーーーッ!?アバッ、アバババーーーッ!?」

「……酷ぇ。何て酷い事を」


 意志とは無関係に鎧の足が蹴りあがる。俺は思わず呟いた。

今、相手の体が股間の真ん中から縦向きに浮き上がったぞ!?

ひゅっと背中が寒くなって冷や汗が出る。おおぅ、白目むいた。

マジカル全裸は哀れ前のめりに崩れ落ち、その場で激しく痙攣を始める。

人外魔境の住人でも痛いものは痛いのだろう。かわいそうに。


「鬼!悪魔!邪神の手先!!お前、同じ男として恥ずかしくないのか!?」

「俺だって心が痛ぇよ!でも体が勝手に──というか、お前らが言うなぁッ!!」

「いいかッ、どんな相手だろうが去勢だけは絶対に許されん!

例えそれが人殺し、極悪人、強姦魔だろうがだ!命への冒涜だぞ!?」

「俺もそう思う。あっ、動かなくなった」


──死んでないから大丈夫だもん。ルールの範疇!えっへん。

私、出来る子だから約束はできるだけ守る。偉いでしょ。


 殺してはいかんはずでは?俺の疑念にハクカスの声が答える。

何と言うゆるふわ倫理観。もう身の危険しか感じない。

変な神様とか、関わるんじゃなかった……ん?何か、外が騒がしいような。


 ──何だか大勢の人が走って来るみたいだよ。がちゃがちゃ音がする。

全裸の変態がどうだの、破壊魔がどうだの、色々叫んでるみたいだね。


「ちっ、ギルドの連中か」


 助かった!騒ぎを聞きつけ冒険者ギルドが駆け付けたらしい。

元々、都に蔓延る不穏分子を強制収容する為の組織でもある訳で、

連中にとってはまた面倒が現れた位の話には違いあるまい。


「いや、待て。これはチャンスだぞ!」

「……?いや、どう考えても原因はお前ら──」

「助けてくれ!!ギルドの人ッ!こいつ、化け物です!怪物がここに居ます!」

「何言ってんだお前!?」

「誰かーーーっ!!仲間が、僕たちの仲間が魔物にやられました助けてーッ!」


 流石凄腕。変わり身の早さも一流過ぎる。畜生め。

まぁ、全裸の変態の言い分が通じるかという問題が新たに浮上する訳だが。

次の瞬間に踏み込んで来たのは完全武装の分隊総勢五名。

助けを求める裸二名。隊長らしき人物が何やら手元の紙に目を落とす。


「すみません、この手錠は何でしょうか……?」

「お前ら現行犯で逮捕だ。住居侵入、器物損壊、騒乱、及び市街地での戦闘行為。

その他諸々余罪もあろう。聞けば、方々で殺人も犯しているそうじゃないか」

「そ、そんなッ!?我々はそのぉ、控えめでそれほど邪悪ではない冒険者で」

「さらに言えば、全裸での徘徊は認められていない。弁解は詰所で聞こう。

なぁに、最悪でも鉱山送りか制約(ギアス)の付呪で済む。安心するんだな!」


 残念ながら話は通じなかったようだ。

悪は滅んだ。俺は両手に素敵な腕輪を嵌めて連行される三人組を見送る。

全身の筋と言う筋が死ぬほど痛む事を除けば、実に清々しい気分だ。

連中め、何やら慌てて喚いているがもう遅い。じっくり後悔するがいい。


「それで、そこの君は?」

「アッハイ。家主です」


 隊長さんの顔はたくましく無骨で、実にやり手という造りをしている。

安心しながら一礼。しかし、どうしてか警戒を解く様子が無い。

忘れかけていた。見た目からして不審者なのは俺も同じじゃないか!

貧乏借間に佇む変な鎧の男。疑うなという方が無理な話だろう。


「……」

「えー、その。僕はですね、色々事情があってこんな格好ですが……

その、絶対に無害です!ただの巻き込まれた一般男性ですから!」

「重要参考人としてご同行願えるかな?」

「ハウッ」


 アウトだった。考えるそぶりすら全く見せずの即決だった。

俺が逆の立場でもそうするだろう。完璧に被害者の筈なのに。

そんじょそこらのいたいけな飲んだくれに過ぎないと言うのに。

何で特殊で危険な全裸冒険者らと同類扱いされなければならないんだろう。


 ──ねー、逃げた方がいいと思うよー。色々面倒そうだし。


 ハクカスさん神様の凄い力でパパッと解決出来ないんですか!?

全部ぐずぐずにして裸祭りを拡大してみるとかそういうのでもいいから。

額の冷や汗を拭う事も出来ないまま嘆きの言葉を思い浮かべる。


 ──出来たとしてもやりたくなーい。これ以上人を傷つけたくないし。

逃げるお手伝いならしてあげてもいいよー。頑張れ、私の騎士!


 ……具体的には?思い浮かべるや返事が返って来る。

壁を殴れ?よし解らん。何一つ解らん。もっと詳しく教えろ。

当たった壁をぐずぐずにして崩すから逃げろ?よし大体解った。


「どうした?さっさとついて来い」

「こうなりゃ神様の言う通り!もう破れかぶれだ!」

「!?退避、総員退避―――ッ!!」


 ──さぁ、進め。このぐずぐずロードを!すごーい!ほんとにやっちゃった!


 ハクカスめ、間違いなく面白がってやがる。兎に角!

拳が触れるやぐずぐずにとろけた壁を突き抜けて、俺は通りに飛び出す。

即座に轟音。借間が収まっていた町屋が倒壊を開始!


「危ねぇ!?え、どんどん行け?後ろに道はない?……ぬがーーーっ!」


 ──壁を破って進むのも人間のやる事だって聞いたよ。


「誰にだ!……ああ?神様友達に聞いた!?知るかぁーーーーッ!

そんな異次元の与太話なんぞ知るかァーーーーッ!

理解出来る言葉をあくまで喋らねぇ!勝手な期待かけるな畜生めぇーーーーッ!」


 目の前に新たな建築物!打撃!ぐずぐず変化!突入し突破!再び倒壊!

横壁を崩して突破。突破。突破。倒壊、粉砕、辺り一面が大崩壊。

全貌は把握できんが際限なく事態が拡大している事だけは想像に難くない。

もう知らん。知った事じゃねぇ。俺は区画整備の推進を決意する。

もっと騒ぎを起こせば追跡どころじゃ無くなるだろう。多分、きっと。


 幾つの壁を越えた事やら。都の中心部を突き抜ける大河に差しかかる。

その中ほどをのんびりと荷物を乗せたはしけ船が下っていた。

アレだ!背後では再びの家屋崩壊!慌てて中から飛び出る住民!転ぶ追っ手共!

気の毒だが俺の命がヤバイ。甲冑姿の足をハクカスが動かし、ジャンプ!

その瞬間、体が軽くなる。真横を見ると服を押さえるハクカスが居た。


「それでも鎧のままじゃ目立つよね」

「はぁッ!?何でお前がここに」

「鎧は私だって言ったよ?元に戻っただけじゃない。わぁー、空飛んでるねー」


 つまりだ。衝撃を和らげる防具が一瞬で消失した訳だ。

そりゃハクカス、お前はお気楽だろうよ。だが俺の体が大惨事だ。

本日何度目になるか解らない死の覚悟を再び固める。


「大丈夫だよー」

「何が!?」

「騎士って、命令を果たすまでは普通の人よりは頑丈になるの。

大丈夫大丈夫。これ位じゃ死ねないから安心していいよー」

「死ねない……?死ねないってお前!お前――――ぐへぇっ!?」


 見事、積まれた貨物の山へ墜落。衝突に意識が混濁──ブラックアウト。

目が覚める。太陽が傾き始めているのが見えた。数時間はのびていたようだ。

体を起こす。頭が痛い。周囲を見渡す。我関せずと酒を飲む船頭が見えた。


「おや、生きとったかい若造」

「正直驚いてる。三途の川じゃなかろうな?」

「舐めた事言っとるとドブ河に投げ込むぞ?まぁええわ。

何かの縁じゃろ。腕を貸すなら飯と酒位はやるぞ、冒険者」

「後でな。連れの様子が見たい」


 どうやら、このはしけ船は船頭の老人一人で切り盛りしているらしい。

それきり爺は何も言わず仕事に戻ろうとし、船の一角を指さす。

ハクカスだ。威徳のお陰なのか肩や頭にそこらの鳥が止まっている。

あ、クシャミした。


「オハヨ。出発の準備は大丈夫?」

「話が早い。俺、一体全体どうなったんだ。龍の騎士って何だよ。

状況がさっぱり解らねぇよ。説明しろ説明」

「えーっとね。私を着込んで代わりに色々する人だよ。

ほら、龍とか神様は自分で手間暇かけられないの。

じゃーん、何とアルタは私の騎士に選ばれました。ぱちぱちー」


 何と神様が俺をセレクション。全く嬉しくない。

白々しい拍手をしながらハクカスは適当な説明を続ける。


散漫な話を何とか噛み砕いて整理すると──

一つ。神々は騎士という名目で自分達の使いを持つ事がある。

二つ。騎士は神様から力を与えられる代わりに命令に従う絶対の義務を負う。

三つ。諸々の代償として騎士は自分の人生を差し出さねばならない。

つまり、力の代わりに手前を質入れしたと言う話らしい。


「つまり、アレか?その良く解らん話で俺は人生を売り渡しちまった訳か。

で、荒野を耕して酒造りが出来るようにしろと?ハハハ、ナイスジョーク。」

「へーきへーき。騎士に拒否権は無いから。私たちは偏在する概念そのもの。

どこまで逃げてもすぐ追いつけるし、鎧に閉じ込めて無理に働かせてもいいよ。

でも、そんなのはアルタだって嫌でしょ?ハクカスは優しいの」

「何と言うか、その。もう少しやり方に良心をと言うか」

「さっき私のお陰で命拾いしたのにー」


 この邪神、まるで反省した様子が見られない。

倫理観のみならず常識力もゆるふわか。譲歩する気もゼロらしい。

大体、簡単に再建とか言ってるが、材料仕入れから職人の確保、

最悪その土地そのものの復興すら必要になりかねない話だ。

俺が、たった一人で、んな事を?


「どう考えても俺だけでやる仕事じゃありませんよねぇ……?」

「住んでる人に協力して貰えばいいと思うよー」

「それが出来れば苦労はしねぇッ!ああああ、どうしたもんか。

実績ねぇ、信頼ねぇ、伝手コネどちらもまるでねぇ。帰りてぇ……」

「今戻ったら、その内に手に負えないのが来るからお勧めはしないよー」

「なんだそりゃ。神様なのにか?」

「世の中広いんだよ。神様だって全能でも全知でもありません」

「じゃあ何で宗教キチ共は全知全能とか言ってんだよ」

「そりゃぁね、私たちの全部を足したらそうなるから……あ!」


 空を飛ぶ鳥に気を取られ、ハクカスが舳先に立って彼方を眺めた。

岸辺からは流れて行く瓦礫や廃墟が見えるが、

戦争が終わっても生活は終わらないとばかりに野良仕事に精出す者も見える。

ああ、そうだよなぁ。酒でいじけている間にも世の中は動いている。


 しかしだ。再建、再建ねぇ。まだまだ詳しく話を聞いた訳でもないが、

兎に角、聞くからに俺一人じゃどうにもならん話なのは確かだ。

どうする?ダメ元で一度学園に戻ってみるか。しょうがない。それしか無いか。

出戻りは恥だがしょうがない。諦めようにもハクカスの方がやる気満々だ。


「……」

「世界は奇麗だから多分大丈夫だよ。上手く行く」

「どういう理屈だよそりゃ」

「私たちだけで何とかしなくても何とかなるってコト。多分ね」

「じゃあ放っときゃいいじゃねぇか」

「廻り、流れ転がる世界の中の一つ。大いなるイチの無数なる私達の一つ。

でもね、何もしないままに実りだけは恵んでくれるほど優しくもないの。

それで、どうするの?賽は転がった。出目は決まった。後は君次第」


 何だか良く解らん台詞を挟みつつもうながしてくる。

さしあたってやるべきか、やらざるべきかそれが問題だった。

職業とは形を変えた天命であるとの格言に中指を立ててみた所で、

神を自称する詳細不明の邪神に召し出されては目の前の事実に過ぎぬ。


「何年かかるやら?じーさんになっても働いてるとかゴメン被る」

「大丈夫だよ。騎士は仕事を終えるまでは老いて動けなくなる事はなくなるから」

「無期労役とかどういう拷問ですかねぇ……?ちな、他の連中の達成率は?」

「うーん、一割前後?大体の騎士は達成の前に死んじゃう。

ゆるふわ目標とか気まぐれで振り回すのが原因の殆どだから実際安心。

ハクカスは美味しいお酒が飲みたいだけ。アルタで遊びたい訳じゃないもの」

「俺の都合とか関係無いんですか……?」

「配慮はしました。私が知ってる酷い子になると思いつきで騎士を作って、

飽きるまで世界中で遊んで、死んだらまた次。これでも好条件な方なんだよ?」

「働いて金を貯めたら好きなだけ飲ませるから帰って欲しい」

「だーめ。それじゃあ長続きしない。巡り自律するのが一番大事。

自然自然に良いお酒が献上されるように、私の名代として荒れ地を耕す。イイネ?」

「アッハイ。いや、ちょい待て。お前の条件も大概ゆるふわじゃねぇかヨぉ!」

「匙加減匙加減。大丈夫大丈夫、人間とか自分の可能性とか信じようよ」

「酔払いの戯言だったな。とっとと仕事終わらせて帰って寝るべ」

「……え、ホント?本当にいいの?凄く嫌そうな顔してるのに」

「お前の物言いが必死過ぎんだよ」

「ほんとのほんと?断られたらと色々脅し文句考えてたのに」

「だからだ。だからだよこの邪神。第一後戻り出来ねぇんだろ。

俺は非力だから一番マシっぽいのを選ぶしかねーの」


 覚悟を固め、世界と向き合う気持ちを作る。

再出発と考えればそう悪い事でも……いや、やっぱろくでもないな。

どん底から這い上がったは良いが、強制労役とか悪い冗談だ。

しかし、それでも現実である以上向き合わざるを得ない。

俺は遥かな地平と向き合い、くたびれて大きくため息をついた。



Fin


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