これまでについて

 この世はろくでなしで溢れてる。


 バイト先のクソ共もすれ違いざまに二度見したあの女も親も俺も。

 ろくでなしの癖に生きてやがる。

 息をしてのうのうと生活をする。

 吐き気がしたし吐き気がしたし吐き気がした。


「聞いてます?ぽんこつさん」

 嘲笑を前面に押し出した女子高生の声だった。女子高生の名前は赤木早苗あかぎさな

 歳が二つ下のろくでなしだ。小さな背、サラサラの黒いサイドテールの髪、綺麗な肌に整った可愛い系の顔。

 神は赤木に綺麗な容姿だけを与えたのだ。


「何ですか?」

「だーかーらー今日私早く帰りたいからゴミ出しやっといて下さいって言ってるんです」

「前もそう言って」

「あなたとちがって忙しいんです!」

 強くそう言い残して赤木は売り場へと戻っていった。


 ただの小規模スーパーのアルバイト。

 しかし実態は俺みたいな社会的地位の低い人間を虐げる酷い環境だ。

 まだ勤務し始めて三ヶ月程だが俺の扱われ方は完全にそう馴染んでいた。

 赤木の小馬鹿にした態度がその証拠だ。


 イライラしながらも俺の構えるレジに訪れた二人組の客の対応をした。

 同年代の二十歳前後の男二人組。

 赤いかごに四本のアルコール飲料が入っていた。

 バーコードをレジの機械に通しながら年齢確認を行った。


「お客様、何か年齢のわかる物はお持ちですか?」

 すぐに二人の顔つきが険悪なものになる。

 それを感じ取り心の中で深くため息をつきながら相手の返答を待った。


 しばらく男達は身分証を探す猿真似を続けた。

 そんなところにあるわけないだろうとツッコミを入れたくなるような場所にまで入念に。


「すんません。今日忘れてきたみたいで。でもここで何回も買ってるんすよ。だから、ね」

「すみません。決まりになってますのでその場合一度身分証を」

「ちっ」

 男達はそれ程我慢強くはなかった。酒の入ったかごを持って売り場へと去って行った。


「死ね」

 そう呟いたのは彼らが出口から出るのを確認してからだった。


 男達が去ってから三十分程で閉店の時間を迎えた。

 小太りで禿げ上がった頭に黒縁の眼鏡をかけた店長、十津井健二とついけんじは閉店前から始めていたレジ締めの作業を行なっていた。


 店前に並んだ野菜やセール品、カートなどの片付け、在庫処理に店内の掃除。

 ゴミ出しもして戸締りで終わり。

 閉店だと浮かれているとこれらをより億劫に感じる。

 それにこの作業をこなすのは俺と赤木ともう一人の女子大学生だ。

 俺はこいつらを全く頼りにしていなかった。

 どうせ作業半ばで投げ捨て俺になすりつけるのだろう。


「ぽんこつ君さ、早苗ちゃんから聞いてると思うんだけど」

 掃除の最中にその時は訪れた。

 悪びれる様子もなく中野翔子なかのしょうこは話しかけてきた。

 女にしては大きな背に丸みを帯びた顔と体、茶色く染めたショートカットの髪、不細工な面に応急処置として施された濃い目のメイク。

 そんな彼女と初めは仲良くなれると思っていた。


「聞いてるんで大丈夫です」

「あ、そう。それじゃあうちら帰るから」

 にやけ面の中野を見ていると痛々しかった。

 どちらかと言うとお前もこっち側だろう。


 分担すれば早く済む閉店作業も一人だとそれなりに時間が掛かった。

 パンパンのゴミ袋を両手に凍える程の夜風に晒された時は流石に目に涙を浮かべた。

 閉店作業を終えて二階の事務所で制服から私服へ着替えていた時ようやく店長も二階へ上がってきた。


「柳くん最後何番レジ?」

 思い出した。俺は柳晴希やなぎはるきだ。ぽんこつさんでもぽんこつ君でもないんだ。今の今まで忘れていた。


「あ、え、うーん。二番ですね」

「一番レジ違算あったから柳くんも気をつけててね。それと見ててお客さんへの態度悪いから」

「すみません。気をつけます」

「はーい」


 すぐに関心は俺から逸れた。

 奴は閉店作業を放棄した二人を咎めたりはしない。二人が女だからだ。

 それでも高校中退の中卒、他のバイトもろくに続かない、愛嬌もなんのスキルもない俺を雇ってくれた事には感謝していた。


 支度を終え軽い確認と戸締りを済ませて店長と共に裏口から店を出た。

 鉄のドアノブに鍵を差し込む店長に軽く一例と

「お先に失礼します。お疲れ様です」

 形式だけの挨拶を残し立ち去った。


 家までの帰路はネガティブな考えが巡り続けた。

 自分を悲観する考え、他人を否定する考え、そして自分自身の奥底に存在する

 この時間が家に帰るまでに余分な疲れを増やしていた。


「ただいま」

 五階建てマンションの四階の一部屋が俺の帰る家だった。

 おかえりと陽気な母親の声がリビングの方から聞こえてきた。

 鍵をかけ靴を脱ぎ、三歩先のドアを開けリビングに入ると母親が満面の笑みを俺に向けていた。

 目も合わせる事なく自分の部屋に向かった。

 リビングに面した縦長の部屋が俺の部屋だった。


 背負っていたリュックサックを床に放り投げ着ていた黒のジャンパーを椅子の背に掛けた。

 俺の部屋は幼い頃から扉を閉めるのを禁止されていた。

 今でもそのルールにどんな意味があるのか想像はつかなかった。

 ただ監視された様なこの家の生活が嫌だった。


「ご飯にする?制服洗濯出しときや」

「うん」

 リビングに置かれたクッションに腰を掛けると母親はキッチンへ向かった。

 感謝と憎悪を同じ鍋で煮込んで生まれた感情が今日も心を蝕んだ。

 柳真由美やなぎまゆみ

 この感情を育てたろくでなしだ。

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