誰が為の愛

 いつもなら気怠い月曜日。でも、私の決心がそんなもの吹き飛ばしてしまったようで、今朝は目覚めが良かった。私は今日、氷見さんへの気持ちの正体を確かめる。方法は簡単だ。二人きりの場所で、彼女に触れる。その時の感覚で、私の気持ちが「憧れ」なのか「恋」なのか決断を下す。


 この気持ちが彼女を深く知る前の「憧れ」の残滓ならば、彼女とは友達のまま。そして、かおりの言うように「恋」だったならば、その場で気持ちを伝える。緊張してないわけではないけど、不思議と躊躇いはなかった。私はただ、この気持ちの正体を知るために前へ進んでいる。


「おはよう、氷見さん」

「あっ、おはよう陽向さん」


 私が話しかける前はクールな氷像だった彼女は、途端に明るく笑う少女になった。やっぱり、本当の彼女はこっちのようだ。


「いきなりだけど、放課後空いてる?」

「空いてるよ」

「なら、一緒に行きたい場所があるの。いい?」

「うん」


 この決心が変わらない内にやりたかったから、ひとまず安心。さっさと席につき、その時を待った。


 授業を終えて放課後。やたら長く感じた待機時間の終わりと共に立ち上がり、早歩きで氷見さんの席に向かう。


「氷見さん、行こう」

「えっ、うん」


 放課後になってすぐに来たから驚かせてしまった。少々勇み足になっている自分を落ち着かせる。彼女と一緒に教室を出ようとした時、目の端に映った、力強いエールを送っているかおりに小さく頷いた。


「ここって……」


 彼女は目を丸くして立ち尽くしている。まぁ驚くのは当然だろう。私たちが訪れたのはあの日の公園。やはりこの時間帯は人がいないようで、夕暮れに照らされて静まり返っていた。


「変な気持ち。氷見さんを助けてここに来たのはほんの数日前のはずなのに、大昔みたいに感じる」


 まだ少し困惑しているようで返事はない。振り返って彼女と目を合わせる。真意が掴めない私を警戒しているのか体を縮こませている。


「おいで」


 ゆっくりと手を差し出して、まだ公園の外にいる彼女を誘う。彼女は恐る恐る一歩踏み出し、私の手をとった。もう数歩前に引き寄せて、公園の中に入れる。夕暮れの中で二人きり。あの時と同じだ。


 そっと指を絡ませ、彼女の手を握る。それはどんどん熱を帯びていき、うるさいくらい私の胸は高鳴った。そして、夕暮れより赤く染まった彼女の顔を見た瞬間、私の中にいた「憧れの氷像」は全て溶けていった。私の目に映っているのは間違いなく、氷見春華というひとりの少女だ。そんな彼女がたまらなく愛おしくて、もっと触れていたくて、胸が苦しくなった。


 幻想が消えた中、私はちゃんと彼女を、氷見春華を好きだと思った。ちゃんと私は彼女に恋をしていたのだ。私の気持ちが本物だったことに安堵する。でも、肩の力を抜くのはまだ早い。本物だったなら、ちゃんと伝えないといけない。


「ここに来たのは、氷見さんに大事な話があったからなの。聞いてくれる?」

「は、はい!」


 顔を真っ赤にした彼女は変に力の入った返事をした。彼女らしい対応に心が安らぐ。こんな彼女相手には、きっちり告白しないと。


「私、氷見さんのことが好きなの」

「え、それって……」

「うん。友達としてとかじゃなく、恋人になりたいっていう好き。氷見さんと手を繋いだりとか、キスをしたりとかしたいって、女の子同士とか変だと思うかもしれないけど、そう思ってる」


 上手く言えてるだろうか、変だと思われないだろうか、緊張で冷静さを失いかけているが、引き下がるつもりは毛頭なかった。


「私の恋人になってくれませんか」


 標準的な飾り気のない言葉。変に気負っても恋愛経験のない私は逆に失敗してしまいそうだからそうした。


「本当に、変な人」


 彼女の言葉で断られてしまうのではという不安がよぎったが、それは一瞬して掻き消えた。彼女は勢いよく私の胸に飛び込んできた。甘い香りと高まった熱、そして密着した胸から伝わってきた彼女の鼓動は、私の高鳴る鼓動と完全に一致していた。


「私も陽向さんのことが好き。教室で一人の私に話しかけてくれて、かっこよくナンパから助けてくれて、私が安心するまでそばにいてくれた。そんなカッコいい陽向さんが大好き」


 彼女の言葉は、感無量の一言に尽きる。私が好きな彼女も私が好きだった。人生がいくら長くても、これ以上に幸せなことがあるだろうか。私の胸の中で嬉し涙を流す彼女を昂る感情のまま強く抱きしめる。触れ合って、求め合って、お互いの愛を確認する。


 夕暮れの中、私たちは友達から恋人になった。

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