サンサン号の冒険
関元聡
サンサン号の冒険
小学校の校庭で、小さな宇宙船が出発の時を待っていた。
僕とシンイチとその弟のリクが、宇宙船の前に整列している。全員お揃いの銀色の宇宙服を着て、固い表情のまま気をつけの姿勢で校庭に並んでいる。
しばらくして、金色の宇宙服を着た担任のタナベ先生が歩いてきた。でも、今日は特別にタナベ船長と呼ばなければならない。
「全員、気をつけ!」
タナベ船長が大きな声で号令をかけた。
「諸君、今日は待ちに待った宇宙飛行実習の日である。皆それぞれ、訓練の成果を十分に発揮してもらいたい」
厳しい顔でタナベ船長は続ける。
「特にリク君には期待している。君はまだ五歳だそうだが、宇宙怪獣にとても詳しいとシンイチから聞いているぞ」
いきなり話しかけられたリクの顔が、緊張のせいかいつもの青白い色から真っ赤に変わった。それを見たシンイチが、弟の背中にそっと手を添える。
タナベ船長は全員を見回してからこう言った。
「今日のフライトは火星を一周して戻ってくる予定だ。パイロットはシンイチ、副パイロットはマナブ。そしてリク君にはこれをあずけよう」
それは赤いボタンのついたスイッチだった。
「もし宇宙怪獣が現れたら、これを使って倒すんだ。大事な任務だが、君に任せる」
リクはそれを聞き、大きく目を見開いてうなずいた。
「それでは出発する。全員、持ち場につけ!」
僕とシンイチは大きな声で、はい! と返事をし、少し遅れてリクの小さな声が聞こえた。
ハシゴを登って四人が宇宙船に乗り込むと、そこはまるで教室のようで、黒板がある場所には横長の大きなテレビがかかっていた。床には木の椅子が人数分置いてあり、その周りはテーブルで囲まれて、パソコンのキーボードや金属製の機械がいくつも置いてあった。そこから色とりどりの配線が伸びて床をはい、壁の向こう側に消えている。
僕はタナベ船長にそっと目配せしてから、リクの後ろでこっそりと合図を出した。するとどこからかズンズンというエンジン音が鳴り出し、壁に貼りつけてあるメーターやランプ類がちかちかと点滅し始めた。僕はこぶしを握りしめた。よし、今のところはすべて順調だ。
シンイチがタナベ船長に敬礼してこう言った。
「発進準備が完了しました。船長、ところでこの船の名前は何にしましょう」
「われわれ3年3組の船なのだから、サンサン号と名づけよう。それでは、発進!」
船長のかけ声とともに、ランプがいっせいに輝き始めた。壁の向こうから聞こえてくる重低音はしだいに高く大きくなり、最後にドンと何かが破裂するような音がして、船が大きく揺れ始めた。
サンサン号が、ついに宇宙に向けて飛び立ったのだ。
「地球の大気圏を脱出。エンジン異常なし。これより火星に向かいます」と僕が声を張り、タナベ船長が唇のはしを上げて軽くうなずいた。すると突然、シンイチが叫んだ。
「流星群だ!」
同時に、ビーッビーッという警戒警報がうるさく鳴り響いた。驚いた顔をしてテレビに目を向けると、たくさんの流れ星が続けざまに近づいてくるのが見えた。もし当たったら、船に穴が開いてしまいそうだ。
「右から2つ、左から3つだ。正面からもでっかいのが来るぞ」
上ずった声でそう僕が伝えると、シンイチは了解と落ち着いた声でこたえ、流れ星をよけるように右へ左へと舵を切った。その動きに合わせるように、サンサン号は細かく揺れ動いた。後ろの席ではリクが肩をすぼませながら、心配そうにシンイチの背中を見つめている。
やっとの思いで流星群を抜けると、テレビには目的地の火星が小さく映っていた。
その時、いきなり巨大なドラゴンが現れた。
リクがわっと悲鳴のような声を上げた。手ごわい宇宙怪獣だ。三つの頭を振り乱し、牙の生えた口からオレンジ色の炎を吐いて、猛スピードでこちらに向かって突進してくる。
少し火が強すぎたかもしれないな、と僕は思った。
「リク君、スイッチを用意しろ」
タナベ船長がけわしい顔でそう命令した。
「マナブ、操縦を代わってくれ」シンイチは僕にそう言い、後ろのリクの席に移動した。僕はシンイチの席に座って操縦桿を握り直す。
「できないよ僕。お兄ちゃんがやってよ」
後ろからリクの不安げな声が聞こえてくる。
「大丈夫だ。お前ならきっとできる。リク、あの怪獣の弱点はどこだ?」
シンイチは穏やかな声でそう言いながら、リクの頬に顔を寄せた。
「……胸の、星マークのところ」
「オーケー、じゃあそこを狙おう。大丈夫、お兄ちゃんがついてるから心配ない」
ドラゴンはすばしこく飛び回るが、サンサン号も負けずについていく。ドラゴンの炎をかいくぐりながら、テレビ画面の動きに合わせて船はぐらぐらと揺れ動き、時々大きく傾いた。やがて画面の真ん中に描いてある十字線が、ドラゴンの星マークとぴったり重なった。
「リク、今だ!」
シンイチのかけ声に合わせ、リクはえいっとスイッチを押した。すると突然ドラゴンの体がピカッっと輝き、轟音とともに大爆発を起こした。
ついに宇宙怪獣を倒したのだ。
「やったぞ、リク!」
シンイチが叫んだ。僕も思わず声を上げ、ガッツポーズをしながら後ろを振り返った。リクは涙目になってシンイチの顔を見上げている。ボタンを持つ手はまだ細かく震えていた。
すぐにタナベ船長がリクのそばに駈け寄ってきて、「リク君、ありがとう。すべては君の活躍のおかげだ」と、大きな手で握手を求めた。
「君は地球に帰ったら、とても大事な手術を受けると聞いている。いいかリク君、君は強くて勇気のある宇宙パイロットだ。宇宙怪獣もやっつけた。病気なんかに負けるはずがない」
それを聞いて、リクは誇らしげな顔で何度も大きくうなずいた。
テレビ画面にはビー玉みたいな火星がはっきりと映っていた。それがどんどん大きくなって、やがて地表の赤い筋模様が画面の下半分をものすごい速さで通り過ぎていった。気がつくとエンジン音が空気を切るような甲高い音に変わっていた。サンサン号は今、火星の赤い空の中を通過しているのだ。
「現在、火星の上空約五百キロメートル。速度三万宇宙ノット。すべて順調。サンサン号はこれより地球に帰還する」
そう言いながら外に向けて合図を出すと、スピーカーのスイッチが入り、ミッション成功を意味する軽やかな電子音楽が流れてきた。それに混じって仲間たちの小さな歓声が漏れ聞こえた。僕は苦笑いをして「まだ早いよ、みんな」と喉の奥でつぶやいた。
サンサン号は、飛べない宇宙船だ。
手術を怖がるリクを勇気づけるために、3年3組のみんなで作った手づくりの宇宙船なのだ。
火星の地平線の向こうに、青い地球の姿がぽっかりと映っていた。僕はようやくほっとして、ふうと長い息を吐いた。
板と布と段ボールでできた僕らのサンサン号は、校庭のすみでクラス全員に支えられながら、ゆらゆらと小さく揺れていた。
そして地球へと向かうエンジン音を聞きながら、サンサン号は今、確かに宇宙を飛んでいるのだと、僕は思った。
サンサン号の冒険 関元聡 @skmt3104n
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