赤いつむじ風

@wani9653

第1話

 赤いつむじ風


 時は平家の世。

 驕れる者どもが幅を利かせ、その権勢を振りかざしていた時代のただなか。

 そんなときに、薫は生を受けた。

 父は早くに死に、母は平家の悪口を言ったと密告を受け、禿髪した童子らに引き立てられ、帰ってこなかった。薫は七つで孤児になり、同情した賭け剣士たちに拾われ、賭博場の用心棒として生きることになった。

 薫は娘である。小柄な身体と器用な性質が彼女を助け、剣術の吸収を早めた。それこそ無作法者どもの振るう野太刀剣術ではあったが、身寄りのないこどもが動乱の世を生き抜くには十分すぎる技能であった。  


 酒と安煙草の匂いのする夜の賭場に、やんやと歓声が湧く。

 薫は刀を静かに納刀し、地面に転がる剣士にニヤリと笑みをむける。

「今回もオレの勝ちだ」

 負けた方の剣士も慣れたように肩をすくめるだけである。

「薫、加減してくれよ。

 今回も飲み代上がったりだ」

 巻き上げた金で買ったにごり酒を、薫は負けた剣士にもくれてやる。

 負けた剣士は礼を言いながら軽口を叩くのが常であった。

「薫坊、お前今年でいくつだ」

「十二」

「お前が雅な血筋のおんななら、今頃うつくしい絹に身を包んで、嫁だ輿入れだと騒ぐのだろうが……」

「オレには縁のない話だ」

 薄汚れた着物に身を包んで、ややこぶりな刀を担いだ娘は、賭け剣士どものあわれみのまなざしを切って捨てるかのように言い放つ。 

 賭場は荒くれ者どものあつまりではあるが、薫は棟梁の拾い子であり、次期頭目である。賭け剣士たちは薫の力量と器量を買って、仲間として認めている。

「化粧して、紅を入れなどすれば、かのいにしえの光源氏にもまさらぬ、おん顔立ちというのに。

 世はまこと不平等にできているの」

 賭場の中で一番の年寄の爺が、干し柿を薫になげてよこす。

 それを、受け取り薫は汁をこぼしながら餓鬼のように柿を食らった。

「見回りに出る」

 颯爽と歩く立ち居振る舞いは武士のそれである。

 薫が立ち去るのを待ってから、剣士のうちひとりが、賽の目を睨みながら言う。

「爺、あれは長く生きるかね」

「生き急いで、早くに死ぬだろうな」

「まこと、不憫な。

 花も恥じらう年のころに、切った張ったを生業に生きねばならぬとは」

「鷹として生きねばならぬ、雀の子だよ、あれは。

 ………なんにせよ、わしらはあの子を守らねばならない。

 この寂れゆく賭場には若い力が必要さね」

 剣士が転がした賽の目は凶と出た。

「今日はとんとツイてないな」

 剣士は薫を追いかけ、見回りにでかけることにした。

 

 空にはすでに上弦の月が傾いている。漆黒の空に朧月夜になりそうな塩梅で雲が薄くたなびいている。風のない、生ぬるい春の夜。こんな夜は物の怪が出てもおかしくがない。薫は物の怪が苦手だった。 

(風のない、嫌な夜だ)

 桜の並木を縫うようにして、賭場の丸太柵の周りを見回したのちに、入口に戻りどっかと腰を落とす。

 最近は禿(カブロ)という、平家の手先が賭場の周りをうろつき、剣士どもに言いがかりをつけ、殴り打つなどの狼藉を働いていく。

 夜になると禿どもは、飼い主の目をぬすみ、都を闊歩するらしい。

 (平家の犬め)

 ぎりぎり、と薫は歯噛みする。

 やさしい母を、打ちのめして髪引きずり連れ去った、あの赤い衣の童子たちを未だに薫は恨んで、うらんで生きていた。

「あそこに汚れた野良犬がおるぞ」

 その声に、薫はハッと身を起こした。

 見ると、市中からこの賭場に向けて歩いてくる人影がみっつ。

 赤い直垂を身に纏い、切りそろえた髪から

香の匂いをさせた齢十四ほどの子供たち……禿(かぶろ)である。

(犬はどちらだ、赤毛の駄犬め)

 薫は内心舌打ちしながら、禿どもが立ち去るのを平伏して待った。

 賭場の剣士どもを纏める次期頭目として、 

大人のふるまいをしたまでだった。

「なんだ、この野良犬。

 見れば娘ではないか」

「上様に献上さしあげようぞ」

 禿どもは薫の髪などを触り、衣を引っ張り、刀にまで手を触れようとする。

「………お戯れを。

 私はほんの下賤のものにございます」

「黙れ野良犬。

 お前は口を開かず、ただ我らに従えばいい。

逆らえばどうなるか」

 一瞬、薫の身体が動く。

 白刃が躍る。

 闇夜を切り取る一太刀が禿の首を切って落とす。

 薫は首を失い、崩れ落ちる禿の身体を蹴り倒し、残る二人が声を上げる間もなく、刀を振るった。

最後の一人がいまわの際に甲高いこえでいう。

「我らに歯向かうのは、清盛さまに刃を向けるのとおなじことであるぞ」

「その心配は無用だ。

 お前たちは煙が空に消えるがごとく、存在を揉み消され、その魂は地獄にさえ行き着かない」

 賭場で死んだ者たちは犬に食わせてしまうように。賭場を荒らしに来るものたちは躯のかけらすら残さずに川の藻屑になる。

 その運命を察した禿は咽び泣いた。

「辞世の句でもよむか?」

 薫はなるべく苦しまぬように、禿を切って捨てた。


「薫坊……頭に血が登ったのかい」

 血の匂いを嗅ぎつけて、昼間負かした剣士がふらりと現れる。

「犬どもに食わせてやれ。滋養がつく」

「あな、おそろし。

 全く、お前さんほど敵に回したくないおなごはおるまいて」

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