子どもの順位が気になります!

白里りこ

第1話 楽しいママ友会のために


聡太そうたくん英語の順位が63位ですって? すごいわねー」

「いやいや、そんな。歩実あゆみちゃんの理科の54位の方がすごいわよ」

「いやだ、それほどでも〜。それで瀬川せがわさん、凛太郎りんたろうくんは? 何故か総合ランキングの方で名前が見つからなかったのだけど」


 私こと瀬川佳奈かなは愛想笑いを浮かべた。


「あ、あはは……。総合で204位、かなー……?」

「あら、そうなの? うちの子は総合では89位。何とか100位以内に収まってくれてホッとしてるわぁ」

「うちの子も。62位……。できればもっと行って欲しいところだけれど」

「いやいや、十分でしょう。ねえ、瀬川さん?」

「あはは……そうですねー……」


 曖昧に笑うことしかできない。


 私には、中高一貫校の透坂とうさか学院に入学した息子、凛太郎がいる。

 凛太郎も二年生になったし、成績も下がり気味だし、高校進学時のためのクラス分け試験に備えるために、塾に通わせようと言う話になった。

 いろんな塾を吟味して選んだのが、この森野塾というところだ。ここが、保護者としてもなかなかに興味深い場所だった。


 最初は他の親御さんにちょっとした挨拶する程度だった。車で子どもを迎えに行くだけなのだから、お互いすれ違うことすら稀。それなのに島木さんと水沢さんの二人には、急速に距離を縮められた。同じ透坂学院に通う子を持つもの同士、仲良くしましょうと。そしてあっという間に、休日にランチをしにいくような間柄になった。

 別に、悪い気はしなかった。ママ友づきあいはこれまでにもあったし、そういうつきあいは多い方がいいと思っていた。悩みを相談できるし、情報も手に入る。ゆくゆくは大学受験のことまで考えられる。何より、こういうちょっとしたおしゃべりやランチなどは楽しいし、好きだし、息抜きにもなる。いいこと尽くめだ。


 そして、ちょうど二年生になって最初の定期試験の結果が分かった頃のこと。送り迎えついでに、早めに来てお茶でも飲みましょうと誘われて、また三人で会うことになった。


 透坂学院には、定期テストの成績上位者──一学年1000人中200位までの生徒の名前をプリントにして配る、という習わしがある。ママ友たちはそれを話の種にして大いに盛り上がる。私はその座談会に誘われたというわけだ。


 島木歩実、総合順位62位。

 水沢聡太、総合順位89位。

 瀬川凛太郎、総合順位204位。


 まずい、と私は思った。屈辱だ、とも。

 完全に島木さんにも水沢さんにも負けている。二人ともお子さんがランキング上位に食い込んでいるのに、私の子は……あと一歩のところで、名前すら載せてもらえないなんて。

 まるで私のやってきた育児が、ひいては私自身が、否定されたみたいな気分だった。


 私はコーヒーを一口飲んだが、まるで味がしなかった。


 ……何としても、凛太郎には、上位200位以内に入ってもらわなくては。

 そして次こそは、この成績マウント大会で遅れを取らないようにしたい。

 楽しいママ友会のために。


 私は再び順位表に目を走らせた。


「そ、そういえばー」


 無理に笑顔を作って話題を振る。


深井ふかいさんとこの子も森野塾ですよね。お二人は深井さんとはお話しにならないんですか?」


 ピキッと空気が凍りついたようになった。私はひくっと笑顔を引き攣らせた。何かまずいことを言ってしまったのだろうか。


柚希ゆずきくんのところね……。本人の出来はいいのに、お母さんは何というか……感じ悪いのよ」

 島木さんがひそひそ声で言った。

「え……」

「こっちの言うことをいちいち否定してくるっていうか……。順位なんてどうでもいい、興味が無いなんて言っちゃうのよ。信じられる? そのくせ、自分の子どもの成績がいいことを鼻にかけてるっていうか……」


 私は順位表に目を落とした。


 深井柚希、総合順位6位。


 確かにこの子の親にそう言われたら癪に障るかも知れない。


「それにあんまり塾にも熱心じゃないのよ。旦那さんが迎えにくることだってあるの!」


 それは……お父さんが迎えにくることくらいは、ありうるんじゃない? と思ってしまった自分を、私は慌てて抑え込む。ママ友の間で大事なのは共感と協調性。うっかり否定などしたらそれこそ深井さんのように、仲間外れにされて陰口を叩かれてしまう。そんな恐ろしいことは……無理無理、耐えられない。


「だから私たちも深井さんとはあんまり……ね?」

「そうね、ちょっと距離を置くようにしてる……かな?」

「そ、そうなんだー」


 私は知らぬ間に冷や汗をかいていた。

 嫌だ。島木さんと水沢さんにそんな風に扱われるなんて。この楽しい集まりが無くなるなんて。

 そんなことになったら、もうまともに凛太郎を迎えになんて行けなくなる。どんな顔して二人に会えばいいのか分からなくなってしまう。

 素直な気持ちで凛太郎を迎えに行くためにも、この二人のママ友のことは大事にしなければ。


 だから……深井さんとは表立って話をしない方が良さそうだ。確か柚希ちゃんは凛太郎と同じクラスだったけれど、仕方ない。私も挨拶程度で済ませよう。


 ……だが、気になってしまう自分もいる。

 総合順位6位を取らせるなんて、一体どんな教育をしているんだろう。深井さんに直接聞いて確かめてみたい。

 それでもし参考になることがあれば……、凛太郎の成績向上にも寄与できるかもしれない。凛太郎の順位が上がったら、私は、このママ友の中でも、胸を張っていられる……。


 そう思った時に、一抹の違和感が胸をよぎった。


 ──子どもの順位や成績って、私にとって一体何?


 だがこの疑問はすぐに雲散霧消してしまった。答えはあまりに明確だったから。

 子どもの成績はママ友にとってもステータスとなりうる。それをひけらかしてはならないが、決しておろそかにしてはならない。順位というのは、ママ友の中でも切磋琢磨し合える基準値であり、お互いに褒め合えるコミュニケーションツールでもあるのだから。

 だから……ママ友に褒めてもらえるような成績を、あの子に取らせたい。

 

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