仲間が集い


 バッシュが何をしたかったのか、それでルゥルにもわかったらしい。本心をなかなか見せない彼女だが、このときばかりは心からの不愉快さをのぞかせた。


「見ろ、魔族だ……!」「魔族が……どうして……」「まさか、あいつが――」


 などというざわめきが、そこら中で起こる。

 バッシュは子どもを人垣の方へ送り出し、ルゥルが捕らえた魔獣を石の牢獄に閉じ込めてから、ようやく人々に向き直った。


「彼女は魔界からの〈使者〉です。皆さんを傷つけるようなことは絶対にありませんし、今ご覧になったように、皆さんを護ってくれます」


 バッシュは一歩下がり、ルゥルを前に出した。

 ……この状況では、のらざるを得ない。ルゥルは腹を決めたように、一礼した。


「かかる事態を引き起こした不心得者は、天魔王の意向に背く叛逆者です。見つけ出し、罰を受けさせますゆえ、どうかご寛恕を」


 現状は停戦協定が結ばれただけなので、人魔どちらの司法権が及ぶか、というあたりが曖昧なのだが――それはさておき。


 ルゥルが子どもを護ったのは事実なので、人々も黙らざるを得ない。納得したようなしていないような顔で、ともかく解散しようとした。

 しかし――はかったような間のよさで、事態は急変する。


 バッシュが造った檻の中で、魔獣の肉が弾け飛んだ。


 爆裂火球が爆ぜるのに似ていた。肉とも血ともつかないものが飛び散り、周囲を汚す。噴き出した体液が路上に張りつき、血文字を浮かび上がらせた。


 大陸に住まう者は、ほぼ例外なく教団の信徒である。教団は聖税を取り立てる代わりに、どんな小さな村であっても、救護院と幼学校を設置する。それゆえ、民衆の識字率は七割を超えており――この文言も、ほとんどの者が読み取れた。


『人魔の血はまじわらず、契りは必ず災禍を招く。エルマ・アルマ・ラド』


 聖典の一節。ご丁寧に『主は斯くの如くいわれた』の聖句つき。


 魔族の側から、『教団の教えを忘れたのか?』と言われた格好だ。


 バッシュは苦虫を噛み潰した。


 まんまと、やられた。この挑発に腹を立てない人間など、いるのだろうか。ルゥルが人間の味方だと演出したところで、魔族から攻撃を受けた事実は変わらないし、かくも残忍なやり方で誰かの飼いベオルが殺害されたのだ。


 静かな怒気が充満する。敵意が向かう先は、実際に見えている敵――ルゥルだ。


 バッシュは彼女を背中に隠す。しかし、勇者にはかつてのような人気がない。

 裏切り者と呼ばれる自分に、ルゥルをかばい切れるかどうか……。


 と、珍しく弱気になったとき。


 アイ、エルト、マウサの三人が、人々の視線をさえぎるように、降り立った。


 バッシュが美人――おまけに魔族――の手を握っていることに気付き、アイが膨れっ面になった。が、それだけ。『さっき逃げたでしょ!』なんて恨み言も言わず、


「そろったよ! どうすればいい?」


 と訊く。それで、バッシュも今やるべきことを思い出した。


「アイ、警衛騎士の詰め所に走ってくれる? 楽しんでるところ申し訳ないけど、宴会中の騎士にも声かけて、すぐ動けるように」

「わかった! 任せて!」

「エルト、怪我人が出てるんだ。あっち、任せていい?」

「もちろんです。救護はお任せください!」

「お師匠、ここと同じことが起きてないか――」

「街全体を探ればいいのね。見つけ次第、報せるわ」


 それぞれの役目を果たすべく、それぞれに散って行く。アイとエルトは来た道をとって返し、マウサは建物の屋根へと消えた。


 バッシュは民衆に向き直り、声を張り上げた。


「俺たちはこれをやった魔族を探します! 皆さんはなるべく屋内へ――でも決して一人にはならないように。危険を感じたら、大声を出してください!」


 そう宣言し、駆け出そうとするバッシュの手を、誰かが横から引っ張った。


「ゆ、勇者様っ!」

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