燕たちの戦い ⑨〈仇討ち〉


 ツバメ04――アイリーンは自身の名を呼ばれ、自死を渇望する暗澹あんたんたる闇の中から引きり出される感覚を覚えた。


 彼女の眼前には、すれ違おうとしている敵の胴体が視界を埋め尽くしている。オレンジ色に光る照準環レティクルの向こうに、敵機の丸頭鋲リベットの一本一本を鮮明に捉えた直後――左手が反射的に2つの引き金を絞った。


 閃光、そして轟音。

 細く絞られた機首から発砲炎がまたたき、エンジンの脈動とは異なる振動が機体を駆け抜ける。正面衝突を避けようと旋回機動に入った重戦闘機の脇腹に、8mm機銃の掃射が襲い掛かった。

 そのほとんどは防弾板にはばまれてダメージを与えるに至らなかったが、プロペラ・スピナーの中心に装備された30mmモーターカノンが致命的な損傷を与えた。


 撃ち出された砲弾は5mの距離から放たれた為に炸裂はしなかった。通常、信管には最小作動距離というものが存在し、一定距離を飛翔してから爆発する安全対策が備わっているからだ。

 だが、極至近距離で放たれた機関砲弾が目標を破壊するために炸裂する必要はなかった。8mm機銃弾が持つ4,000ジュールの運動エネルギーよりも、遥かに強力なJというケタ違いの力が防弾板を叩き割った。


 すれ違いざまに秒間10発という発射速度で砲弾を射出する30mmMK-108機関砲は、の異名に相応しい唸り声と共に重戦闘機の硬い外皮を食い破り、航空機の臓物たる配管、配線を引き裂いていく。

 弾頭は内部構造物を強引に押し潰しながら機体の反対側へ飛び出した後、炸裂。無数の破片を虚空に撒き散らした。


 編隊を導く敵の一番機は胴体中央部から機尾まで引き裂かれ、空き缶を無理やりじ切ったような荒々しい破断面から破片を放出、血のように航空燃料ガソリンを噴き出していく。


 機体後部を切り落とされ、垂直・水平尾翼が発揮すべき安定機能を喪失した重戦闘機は、二基のエンジンが生み出す強力な反トルクに翻弄されて錐揉みを開始。直後、排気管から噴き上がる燃焼炎アフターファイアが空中に散布された大量の燃料に火を点けた。

 大爆発。空に生み出された巨大な火球は重戦闘機の残骸を飲み込み、肌を焼くような熱線が全方位に走り抜ける。


 立ち昇る黒煙を背に、純白のヴェイパー・トレイルを両翼から伸ばしながら飛ぶツバメ04は更に速度を上げ、後続の重戦闘機へ向かっていく。


 この時、彼女には知るよしもない事だが、敵は突破力に優れる一列いちれつ縦隊じゅうたいを組む事で、東方の自国領空――東ヴォルフ自治区への退を企図していた。

 残存する重戦闘機が、反航戦ヘッドオンの状況にも関わらず、正面への火力発揮に乏しい単縦陣トレイルを選択していた理由はこれだった。

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