レジェンズ異世界ウォーズ

 昼休みも終わり際、午後からのミーティングの直前に自席でコンビニ弁当を食べている桃山のところに、少し焦った様子の直島が駆け寄ってくる。


「桃山さん、今ちょっと話……あ、すんません、また飯終わった後に!」


 普段とは違う深刻な雰囲気を感じ取った桃山は、食事中なことに気づき席に戻ろうとする直島を引き止めた。


「ん、なんだ?とりあえず聞くぞ」


「はい、見てください、これ。今日出たドラグーンの新作」


 ドラグーンゲームズが突如新作のスマホゲームを発表したのが1週間前。電撃的にリリースされたそのタイトル『レジェンズ異世界ウォーズ』は、シリーズ歴代のキャラクターが、時空を超えて一同に集うというRPGで、ここ数日のSNSのトレンドとしてネットを賑わしていた。


 複数タイトルを同時に展開、しかも事前の情報もほぼ無しとなれば、企業体力の差を実感する。桃山も他社タイトルの動向を警戒してはいながらも、一つ一つを実際にプレイするほどに時間が足りているわけではなかった。


「で、その新作がどうした?」


「これ、うちのパクリじゃないすか?」


「パクリ?そうは言っても、システムが似てるってんならよくあるが……」


「違いますよ!似てるんじゃない、同じなんす。経験値のテーブルが全部同じなんすよ。検証してうちのデータと比較したんで間違いないっす。見てください」


 ゲームに長く関わっていれば、似たシステム、時にはほぼ同じものを見かけるのはけして珍しいことではない。だが直島も開発者として、プレイヤーとしてもそれなりに経験を積んでいるし、そんなことは十二分に承知しているはずだ。


 これはただごとではないと感じた桃山は「すぐ行く」と伝えて弁当の残りを急いでかきこみ、席に向かう直島を追いかけた。


「経験値だけじゃありません。アイテムに画面遷移も、同じものが多すぎます」


 モニターには『イセワン』の経験値データと、手動で入力したであろう『レジェンズ異世界ウォーズ』の数字が、左右に並んで表示されている。直島の言う通り、それは確かに全く同じものだった。


 他にも、多くのスクリーンショットが貼り付けられたエクセルファイルが開かれているが、どれも見覚えのある構図だ。


「これ、どうするんすか……?」


「どうする、か。開発チームで何かできる問題でもないが……」


 普段直島が上げてくるようなバグ報告とは、問題の質が違いすぎる。桃山が今すぐ何か対処して終わるような生易しいものではない。


「うちのチーム、大丈夫っすかね」


 直島が不安そうな顔でこちらを見上げる。彼も思い至ったであろう可能性に、桃山も当然気づく。


 確かに、秘密裏に開発していたとして、この短期間での動きに若干違和感はあった。人手自体はあるにしろ、すでに『レジェンズオールスターカードバトル』を運営しながらにしては、あまりにもリリースが早すぎないか。


 情報が漏れている。そう考えるのが自然だった。


 外部からの不正なアクセスというだけならまだ対策のしようはある。桃山が恐れていたのは、それ以上の悪い可能性だった。


 だが、その推測を口にするということは、それはそのままチームへ疑いの目を向けることになる。そして、その疑いは、誰かが裏切っているかもという疑念は、チーム全員の士気に関わってくる。


「……大丈夫だ、俺に任せてくれ。南社長とも話をしてみる。教えてくれて助かった、ありがとう」


 不安を隠して力強い表情を作りそう返すと、直島は少し安心したような表情を見せ「お願いします」と頭を下げた。


 今はただディレクターとして、人を率いる立場として、自分が強くあることがチームには必要なのだろうと、桃山はそう思った。


 ◆◆◆


 喫茶店で人を待ちながら、沼田は苛ついていた。今日会う予定の相手にはメッセージを送ったうえで電話をかけたが、全く反応は無く未読のままだ。

 

 こんな精神状態では作業をするにも中途半端だ。手持ち無沙汰になり、手元のスマホで、過去に沼田のもとに送られてきていた画像をなんとはなしに流し見た。


 砂浜で楽しそうにしているジュエルソフトウェアの社員たちの写真を、その中に見つける。そしてその写真には、最後に話したのがいつかも忘れた同期、野間の満面の笑顔があった。


 いい気なものだ。会社にしがみつくしか能の無かった男が、年齢だけ重ねてただの人件費になったから追い出しただけの話だ。無能なりに従順ならまだ同期のよしみで使ってやらないでもなかったのに、救いようがない。


 そんな男が、その能力に見合ったレベルの低い場所に流れ着くしかなかっただけ。そのはずなのに、この不愉快さは一体なんなのだろう。


 単なる同僚でしかない人間との時間を心から楽しんでいるように見える野間の顔が、沼田の心をざわつかせる。


「あんたが例の依頼くれた人?」


 何の連絡もなく唐突に遅れて現れたその男は、ネット上の尊大な文面とは真逆の印象で、不健康そうに痩せている。目を細め不躾にこちらを睨みつけると、早口でまくしたてた。


「あ、着信もあるじゃん。通知オフにしてるから気づかなかったわ。色々スマホゲーやってたらデイリー消化するだけでも大変なのよ、見てこれ」


 そう言ってスマホを操作しながら、相手の反応も見ずに自分の都合で話を始め、アプリをこちらに見せびらかしてくる。全く礼儀が成っていない。


 しかも、その男は何日も風呂に入っていないのか、少し酸っぱい臭いが対面に座る沼田のところまで漂ってきている。普段は関わる必要のないこんな社会不適合者でも、その影響力には利用する価値はあると自分を納得させ、沼田は苛立ちを隠し冷静に話を切り出した。


「ええ、まずはこちらに座ってください。本日はわざわざお越しいただきありがとうございます。早速ですが、試験的に依頼していたSNSでの工作の件、見せていただきました。合格です」


 あくまでこちらが立場が上だと、選ぶ立場だというのを理解させつつ、次の依頼について説明をする。


「んで、今度はジュエルソフトウェアを下げる記事を書けばいいわけ?」


「ええ。あなたの運営するブログやまとめサイトに、こちらの指示する内容で投稿していただきたいのです。それと同時に、今までお願いしていたSNSでの『世論づくり』も引き続き並行してやってもらいます」


 その男が運営するブログは、掲示板やSNSからの無断転載、改変、特定のゲーム会社を貶める結論ありきの偏った主張に満ちていた。だが、真実や正当性とは無縁でも、アクセスという数字を稼ぎ、人々の耳目を集めているという事実。そして多数の意識に刷り込まれたそれは、売上という結果を以て現実世界に響いてくる。


「ふーん、いいけど、いくら貰えるわけ?」


 不躾に報酬の話を始める男に、左手で2本の指を立てる。


「あ?20万?そんな端金で僕の貴重な時間を奪おうってのかい、ええ?」


 待ち合わせに遅れてきてこの物言いには呆れる。だが、こちらもその程度で依頼するほど馬鹿ではない。


「いえ、2000万です」


「えっ!2000万!?」


 その金額は流石に予想していなかったのか、店中に響き渡る大声で反応した男に、思わず舌打ちをする。何人かがこちらを振り返ったのがわかった。


「大きな声を出さないでください。その代わり、成果が出ているかどうかはきっちり数字を見させて頂きます」


 外から調べられる数字であれば、せいぜいアプリの売上ランキングを見る程度で当然限界がある。だが、すでに内部の情報を入手するための手筈は整っている。


「それと、もう一点。この”画伯”まとめサイトについてですが」


「ああ、俺が発掘したんだよこれ、いい味出してるでしょ!」


 自分が笑いものにされていることも気づかず、公開のSNSアカウントで不器用なイラストを投稿、更新しているその少女。具体的に書かれてははいなくても、あらゆる投稿、関係のあるアカウントを分析した結果浮かび上がる、家族構成、行動範囲、交友関係、趣味、高校名。


 そして、父親の職業。


『パズモン』自体の勢いとその売上は、沼田も認めていた。だが、まずは『イセワン』から、それを率いるあの男を揺さぶる。会社自体を少しずつ弱らせてこそ、次の一手が打てるというものだ。


 悪いのは無防備な側。会社も人も、時代の変化に適応できなければ、弱みを見せれば脱落するだけ。それが社会であり、職場であり、世の中だ。


 勝ちさえすれば何でも許されるし、何でもしてきたからドラグーンゲームズは生き残っている。数字を出しさえすれば、村松社長も自分に与えてくれる。これまでの人生で受けてきたあらゆる理不尽を、受けさせる側に回っても許される特権を。


 それが入社以来20余年の時を経て形作られてきた沼田の認識だった。


「こちらも引き続き、更新をお願いしますよ。私からも情報を提供します」


「お、アンタもこういうのが好み?」


 下卑た笑みを貼り付けたその男に、あくまでこちらは依頼する側、単なるビジネスの相手という姿勢は崩さず、共感は示さない。


「私の意見が必要ですか?依頼内容は伝えた通りです。私はこれで」


 男がつまらなそうに舌打ちしたのが聞こえたが、沼田は無視して伝票を取り、席を立った。

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