第六章 暗雲
悪意
合宿も終えた、ある月曜日の午前中。桃山は会議室にチームメンバーを招集していた。
サービス開始から1ヶ月ほど。初期の売上からはだいぶ落ち着きを見せている。今回は、ユーザーの反応を共有し、対応策を考えるという名目でのミーティングだった。
早めに会議室に来ていた新谷が、ノートパソコンで画面を隣の福田に見せながら話しかけている。
「ねえねえ見てよこれ。最近話題の、”画伯”のまとめサイト」
「それ、私嫌いなんだけど。頑張ってる子を、みんなで馬鹿にするような真似して」
福田が気分を害した表情を見せ、露骨に不快感をあらわにする。イラストを描いている立場の彼女にはなにか思うところがあったのだろう。
「まあまあ文江ちゃん、俺も別に、楽しんでるわけじゃないからね。ユーザーの反応を調査するついでよ、ついで。若い子のイラストを晒しあげて、酷いことする人もいるもんだな。全く、ネットは恐ろしいよねほんと!」
予想していなかった強めの反応に驚いたのか、新谷が焦ってフォローを入れる。
その時、「遅くなりました、すみません!」と土屋が会議室に入ってきた。出社してそのまま来たようで、息も上がっている。
遅刻の連絡を受けた際に、体調が悪ければ無理するなと伝えてはいたが、ミーティングの開始にはギリギリ間に合いそうとのことで待っていたのだった。
普段は時間に正確な土屋が珍しい。どこか顔色が良くないように見えるのも気にかかった。
「よし、じゃあぼちぼち始めるか。亮太、行けるか?」
桃山がそう言って月本の方を見たが、まだ発表の準備をしているようだ。
リリース後に継続してサービス内容を改善するために、いわゆる運営に当たる作業も必要になってくる。ユーザーの声に耳を傾け、必要な施策を打つ。障害やメンテナンスがあればお詫びの対応を投稿したり、お知らせの文面を考える。
また、『イセワン』公式のWebサイトから、フォームで直接要望や問い合わせを送ることができるようになっており、そういったサポートが必要な場合も主に月本が担当しているのだった。
「はい、お待たせしました。では、アンケート結果を見ていきますね」
年齢と性別などのユーザーの情報と、ゲームの各項目ごとに5段階での評価と、自由記入の項目で成り立つアンケート。それなりの手間になるはずが、最後まで入力するとお礼にゲーム内アイテムがもらえるということもあってか、かなりの数の詳細な回答が集まっていた。
各項目の平均点や問題点、分析を交えたスライドを一つずつ丁寧に月本が読み上げていく。
「このようにメインストーリーの第一章の評判は悪くないですね、続きを楽しみにしてくれている人は多いです」
「なるほどな、となれば当然第二章にも力入れてやってきたいとは思うが、ある程度話はできてるのか?」
「いえ、土屋さんとも相談しながら、これから細かいところを詰めていきます」
「そろそろ大筋の話はできてないと、CGを依頼したりもあるから、あまりゆっくりもしてられないぞ」
「そうですね、頑張ります!」
威勢が良い返事だが、この件は進捗という意味では黄信号だろう。月本は他に期間限定イベントのデータ作成作業も抱えていたはずだ。
「あの……もし第二章の作業でなにか手助けが必要でしたら、私もシナリオ会議に参加させて頂くことは可能でしょうか、アイデアを出すくらいはできるかもしれなせん」
そう言って助け舟を出したのは意外にも冴川だった。
「何言ってんのさ、サーバーの新機能実装も大変なんだから、冴川君に抜けられたら困っちゃうよ」
だが、すぐに新谷が止めに入ってしまう。
「完全に抜けるわけではないだろう。他の開発者の意見で議論がいい方向に行くこともあるし、やってみてもいいんじゃないか。亮太と土屋さんもそれで問題ないか?」
確認してみたところ、ふたりとも冴川も歓迎しているようだ。
「さて、じゃあ他の項目はどうだった」
そう桃山が尋ねると、少し言いづらそうに月本が答える。
「そうですね……期間限定イベントは、若干バランスが悪いという声はいくつかありましたね。それとバトルに関してなんですが……」
以前、桃山が引き取って担当した部分だからというのもあってのことだろうか、月本は慎重に言葉を選ぼうとしているように見える。
「遠慮しなくていいんだ。教えてくれ」
「はい、やはりバトルが少し煩雑だったり、テンポがあまり良くないとのコメントはいくつかありました。バトル自体は好きという声もそれなりにあったんですが」
「そうか……ゼロから作り直しってわけにもいかないが、そこは課題として、何か考えないとな」
桃山にも、つい力が入ってしまいバトルの仕様を作り込んでしまった自覚はあった。ユーザーの反応として意見があるからには、真摯に受け止めなければならない、そう理解しつつも、桃山には具体的に何か案が思い浮かぶわけではなかった。
そして月本が一通りの発表を終えると、新谷の手が上がる。インターネット上での反応、主にSNSでの様子をまとめるように事前に依頼していたのだ。
「それじゃあ、ネットの声を見てみましょうかね、と」
そう言いながら新谷がプロジェクターにノートPCをつなぐ。
そこに現れた匿名掲示板のまとめブログ、そしてSNSの検索結果には、なかなかに辛辣な言葉が並んでいた。
開発者も感情のある人間である。そんなことは全く想像にないのか、見られているとは思っていないのか、もしくは知りながら傷つけるためのものなのか。
多くの匿名のSNSアカウント、初期アイコンのものから放たれる言葉の刃が、会議室の空気を一段と澱ませるのを感じる。
「なになに、『メインストーリー空気』『戦闘ダルすぎ、即アンインストールした』『期間限定イベ、腐女子の悪ノリキモすぎ』って、ハッシュタグまで使って言いたい放題ですねぇこりゃ」
「ねえ、ちょっと待って。こういう投稿、わざわざここで発表する必要あるの?」
福田が遮るように疑問を投げかける。
「そうだ、こんな匿名での批判はあまり真に受けなくていい。そもそも、ネットと一緒になって叩くのがこのミーティングの目的じゃないぞ、新谷。わかってるだろう」
悪くなりそうな流れを断ち切ろうと桃山も注意をする。担当した本人がいる中で、誹謗中傷に近い投稿を読み上げるのが果たして良いやり方だろうか。
「わかってますって桃山さん。生の声ってやつですよ」
「応援しているユーザーもいるだろ、もう少しまともな応援のコメントはないのか?」
「ないわけじゃないですが、体感で8割はネガティブな声って感じですかね」
そう新谷が答えて画面をスクロールするも、気まずい沈黙が続く。
その時、一瞬だけ写ったコメントに桃山は違和感を覚えた。
(『また桃Dのクソゲーだろ』だと……どういうことだ?)
親しみを込めてか、あるいはわかりやすいサンドバッグとしての意味合いか。そこには、前職のドラグーンゲームズ時代に匿名掲示板でよく見かけた、”桃山ディレクター”を指す単語が使われた投稿が確かにあった。
ゲーム中にもスタッフロールは無く、またメディアの取材等でも関わっているメンバーの名前を明らかにしたことはない。公になっている情報といえば、南社長が立ち上げた会社、ジェエルソフトウェアで開発されている、その事実だけのはずだ。
このご時世、チームメンバーでインターネットにアクセスできない者はいない。情報を漏らそうと思えば誰にでもできてしまう。そして、掲示板やSNSの書き込みならまだしも、記録に残らない形、例えば人に話したのであれば誰かがやったか証明することはほぼ不可能だ。
桃山が考えていると、誰かが鼻をすする音が何度か会議室に響いた。
「すみません、私の力不足で……」
そう言って頭を下げる土屋の声が震えていた。今にも泣き出しそうになりながら下を向いている彼女を見た福田が、激しい剣幕で新谷に詰め寄る。
「新谷さん、少しは言い方考えてよ!」
「ちょっ、悪かったよ、俺は読んだだけだって!」
これほどまでにネット上に批判が溢れている状況では、調査を頼む相手としては適切ではなかったかもしれない。
そして、この空気を変えるために何かを言わなくては。そう考えるも、咄嗟には言葉は出てこなかった。
「皆さん、一旦落ち着きましょう。土屋さんは責任を感じる必要は一切ありません。私はメインストーリーかなり好きですよ。それに、犯人探しがこのミーティングの目的ではないでしょう。もう少し建設的に、どうすれば皆で協力してより良いゲームにできるか、今後の方針を議論しましょうか。場合によってはネットとの付き合い方も考え直す必要も出てきますね」
「ああ、そうだな。助かるよ野間ちゃん」
場を収める野間に感謝の言葉をかける。本来ならディレクターである自分がやらなくてはいけない役割だ。コメントに気を取られ、つい反応が遅れてしまっていた。
「色々と課題はあるが、一つ一つやっていくしかないな。SNSの反応から具体的にどこを改善できるか、もう一度まとめてまずは俺に見せてくれ」
ネガティブな投稿であっても、辞めた理由や不満に思っている点を知ることはできる。気を取り直して、改めて新谷に指示を出した。
「よし、じゃあ出てきた課題はそれぞれ担当にアサインしてあるから、改めて個別に検討を進めていってもらいたい。じゃ、腹が減っては戦はできんということで、メシにするか。俺は少し残ってやってくから、野間ちゃん先行っててくれ」
ミーティングの終了予定時間も少し過ぎていたのもあり、努めて明るく言う。
「了解です!では今日はどこ行きましょうか、また冴川さんのお気に入りのアレはどうでしょう?」
緊張した空気が少しほぐれ、メンバーはそれぞれ談笑しながら会議室を出ていく。
(あとで土屋さんとは話しておいた方が良いか)
なかなかに厳しいユーザーの声もあったが、まだまだこれから改善はしていける。桃山もそれ自体は疑ってはいなかった。
だが、明らかに多い悪質なコメントと、”桃D”の単語が使われている、それの意味することとは。
桃山の知り得ぬところで『イセワン』を貶める悪意が蠢いているのかもしれない。そんな嫌な予感は拭えなかった。
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