A love carved in stone.

碧月 葉

第1話 「ママ活っ⁉︎」

「なぁ瑞季みずき、ママ活って知ってるか? お前の無駄に良いその顔で釣ってくればいいじゃん」


 据わった目で康介こうすけが提案してきた。

 安いブランデーは3分の1に減っている、コイツ相当酔ってるな。


「ママ活ってアレだろ。オバさんとデートして小遣いもらうやつ…… やる訳ねーだろ」


 ビール2杯で、それなりに酔いが回っていた俺は、烏龍茶のロックを飲みながら答えた。

 いくら金に困っているとはいえ、そんな身を売るような真似できるか。


「その辺のバイトより物凄く割が良いってよ。仕事のストレスや疲れを年下の男に癒されたいってお姉様方結構いるらしいから」


「うえっ、なんか色んなもん吸い取られそうだなそれ。はぁ……こんなことなら奨学金申し込んどきゃ良かった……」


 大学院進学のため時間をやりくりしてアルバイトをしていたのだが、バイト先の会社が潰れた。

 2か月分の賃金は未払い。今は社長と連絡も取れない。


 旅館業を営む実家は、コロナ禍による経営難に苦しみ、進学ではなく就職を勧めてきたが、俺は自分の力で進学すると大見得をきって大学院進学を決めた。

 だから今さら親に資金援助は頼みようがない。

 将来の自分に負担をかけないように、勉強とバイトを掛け持ちして頑張ったつもりだったのに……進学の為のお金が支払えなくなるなんて。

 あーあ。未来の自分に甘えておけばよかったなぁ。

 

「瑞季ぃ、お前、なんだかんだで詰めが甘いんだよ。労働基準監督署に申告しても、直ぐに支払われないんだろ。日本の生物学界の発展の為だ、潔く身を売れ。高学歴だとお姉様方のウケはいいらしいから、大学院に行く金が無いって言えばあっさり出してくれる人、現れるかもしれねーぞ」


 相談機関に問い合わせてみたものの、康介の言う通りだった。

 後は担当教授に泣きつく位しか思いつかない。


「ったく、人ごとだと思って。大体、そんなお姉様とどこで出会うんだよ。高級ホテルバーでも行って狙えってか?」


 まともに女性と付き合った事もない俺が、ママ活なんて器用な真似など出来るはずがない。


「お前、いつの時代の話してんの……マッチングとかいくらでもあるだろうが。えっと、例えば〜」


 康介はそう言ってスマホを弄りだす。


「あー、ママ活専用アプリ結構あるな。え〜と、良いじゃん、ココ。男子学生とお姉さん専用だって」


「っおい、なに検索してんだよ、俺やんねーからな」


 そう言うのに、康介は何やら高速で打ち込んでいる。


名前:ミズキ

・年上の女性に惹かれる事が多いです。

・大学院進学に向けて頑張っています。応用生物学を専攻しています。

・自分で話すより、人の話を聞く方が好きです。

・穏やかにお付き合いできる方を探しています。

・身長は180センチあり、俳優の中川大志さんに似ていると言われます。


「どうよ、さりげない高学歴&イケメンアピール、かつ癒し系漂うこのプロフィール!」

 

「テメェ、勝手に作るんじゃねーよ。俺は熟女趣味なんかねぇし」


「ん? あれ、もう返事が来た。さっすが俺、どんどん釣れてるよ。お、もう一件。このお姉さん良さそう、お金ありそうだな」


 康介は、ゲーム感覚で「いいね♡」を送ってくるお姉さんを品定めしているようだ。

 

 仕方ない奴…… 遊び始めた康介を放って、俺は俺で緊急で学費を立て替えてくれる制度が無いか探した。

 

「はーい、明日11時に並木公園前、『cafe miracle 』だって。彼女、見つけやすいように水玉のワンピース着てくるって、名前は『チカ』さんね」


 突然、康介が声を上げた。


「おおい! 勝手にマッチング成立させてんじゃねーよ。こんなに速攻OKって、相手怪しすぎるだろ」


「最近の恋はお手軽なんだよ。気軽に会ってみれば? お金ありそうだし、メッセージの感じだと優しそうだよ」


 悪びれずに告げる康介、悪戯にも程がある。


「あのなぁ、水玉ワンピースのいい歳したおばさんとデートなんて地獄だろ」


「分かんないだろ『チカちゃん』めっちゃ美人かもしんないし。それに、遠くから見て好みじゃなかったら会わずに帰れば良いじゃん。明日、楽しみだね〜」


 ニヤニヤ笑う康介を睨みつけて、俺はだいぶ薄くなった烏龍茶をあおった。


∗∗∗


 翌日 午前11:00『cafe miracle 』前。

 くっそ、気が重い。

 無視すればいい、こんな事している暇は無い。

 金を払って若い男と遊ぼうとする女なんて構う必要はない。

 そうは思っても、友人の悪ふざけで嫌な気持ちをさせることにも罪悪感を覚えた俺は、約束のカフェの前に居た。


 友達の冗談だって謝って、お茶をご馳走して終わりにしよう。

 ああ、バケモノみたいなオバさんじゃありません様に。


カラン


 俺は、勇気を振り絞ってカフェの真っ白いドアを開いた。

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