義理の妹との付き合い方

刀丸一之進

第1話 俺の義妹

 祝日の朝だ。俺は正直まだ寝ていたい。だがこういう日に限って「あいつ」が俺の部屋にやってきやがる。今日もそうだ、騒がしく家の階段を上ってくる音がしてきやがった。音自体は大きくないが、とかく騒がしくて俺の部屋に悪魔がちかづいていることがわかる。いよいよ俺の部屋の前まで足音が来た。いっちょ前に足音はトタトタと可愛らしい音のくせに、音の主はとんだ悪魔だ。ゆっくり部屋の戸を開ける音がするかと思ったら、悪魔は寝ている俺の上に思いっきり飛び込んできやがった。

 「にぃちゃん!起きろ~~~!!」

 予想外の奇襲に俺は思わず「うごぉ!」っと情けない声を出してしまった。見上げると悪魔が俺の腹にまたがって得意げな顔をしている。

 「おはよ、にぃちゃん!目覚めた?」

 「覚ますどころか永眠させる気だったろお前」

 安眠を妨害されて機嫌が悪い俺が怪訝な顔をしてもこの悪魔は意に返さない。

 「そんなつもりないよぉ にぃちゃんだって朝から可愛い妹の顔が見れてしあわせでしょ?」

 「どこの世界に安眠を妨害してきたやつの顔見て幸せになれるやつがいんだよ」

 そう、休みのたびに俺の安眠を妨害する悪魔がこいつ、妹の呼春(こはる)だ。厳密には親父の再婚相手が連れてきた高校1年の義理の妹、いっつもテンションが高くてとにかくうるせぇ。

 「ねぇにぃちゃん!早く起きてよ!せっかくのお休みの日なんだからデートいこーよぉ!」

 「起きねぇ、いかねぇ。そもそもそんな約束してねぇだろうが」

 こちとら講義にバイトに忙しい大学生だ。休みの日ぐらいゆっくりさせてほしい。ましてや祝日の午前7時に叩き起こされるなぞ論外だ。むしろ布団から妹を蹴落とさないだけまだ優しいと思う。

 「うん!約束してないよ?だって昨日寝る前に思い付いたもん!」

 「なら俺は知らなかったな?知らなかったってことは準備のしようも何もなかったな?てかそもそも行くとも言ってないよな?っつーわけで俺は寝る!おやすみ~」

 寝起きの頭にしてはなかなかにまともなことを言ったつもりだったんだが、呼春は引き下がらない。俺の上にまたがったままゆすり起こそうとしてくる。そのうえ駄々をこねて喚き散らすためうるさいことこの上ない。

 「やぁだ!にぃちゃんは今日一日呼春とデートするの!起きろ 寝起きくそ雑魚兄貴!ボッチ大学生!彼女いない歴イコール年齢!!」

 流石にキレないようにしていたとはいえ、人の気にしていることをこんだけ言われたら我慢の限界だ。俺は布団を跳ね上げて、布団で呼春をガバッと包み込み、空き口になっているところを自分の手で握りこんだ。当然ながら、呼春は簡単には出れずに俺に謝り始めた。

 「ごめんなさいにぃちゃん!謝るから許して~!暗いのやだよぉ」

 「反省してんのか?ええコラ?」

 逆に縛り口を強く締めながら聞くと余計に焦り気味の口調で答えた。

 「してますしてます!お願いだから出してよぉにぃちゃ~ん!」

 「ったく、何回目だよこれで」

 渋々布団から出すと、涙目になった呼春が俺に抱き着いてきた。

 「あうぅ…怖かったよぉにぃちゃん」

 「はいはい悪かったよ、とりあえず暑苦しいから離れろ」

 と言って俺は呼春を引きはがした。暑苦しいのは建前で、実際は男としての朝の生理現象に気づかれないようにするためだが…。あまり触れていないが、呼春は結構容姿は整っている。顔が小さい癖に目が大きくて、ショートボブぐらいの長さの黒髪をツインテールにしているのがよく似合う俗に言う童顔ってやつだ。だがそもそもこいつは妹だ。義理とはいえ妹を異性だのの目で見るのは間違っている。それにこいつは、超ド級のお子様体系なのだ、高1にして身長は130センチ近くしかないらしく初めて会ったときなんかは、てっきり小学生かと思った。こんなのに手を出そうものなら、あっという間に出した手が手錠につながれちまう。そんなことに俺が葛藤していると、呼春が顔を覗き込んできた。

 「にぃちゃん?大丈夫?」

 「んぁ?おう、大丈夫だ。ちょっとだけ寝起きでボーっとしちまっただけだ、目ぇ覚めちまったし外に飯食いにいくか?」

 俺がこう言うと、呼春はまぶしいほどの笑顔になった。

 「いいの!?行く!!すぐ着替えてくるね!!」

 ハンターから逃げるガゼルのような勢いで呼春は部屋から出て行った。こういうところが本格的にロリっぽい。こういうところだけなら悪魔というより天使のような可愛さなのだろうが…。

 10分後、呼春がまたそそっかしく俺の部屋に飛び込んできた。

 「にぃちゃん準備できたよ!どう?今日の呼春可愛い?」

 「おう、天使よりも可愛いぜ」

 これは俺が呼春をほめるときの口癖だ。いつも同じようなセリフだが、呼春は喜ぶ。

 「ほんと!?わ~い!!じゃあにぃちゃん、んっ…」

 大げさに喜んだあと、頭を突き出してくる。これもいつもの流れだ。しょうがなく呼春の頭をなでると猫みたいに目を細める。

 「さてと、お互い準備終わったし、外行くとすっか何が食いてぇんだ?」

 「う~ん…パンケーキ食べたい!」

 仕方がないので、最近できたというカフェに連れていくことにした。俺の友達がバイトしているのもあって、比較的生きやすいのもあったからだ。入店すると、案の定友達が接客してくれた。

 「いらっしゃいませ~ってあれ?誠也(せいや)<俺の名前>じゃん、となりのかわいこちゃんは?」

 「おはよう雪っぺ(友達のあだ名)、こいつは呼春、俺の妹だ」

 「あ、えと、結(むすび)<俺たちの苗字>呼春です。にぃちゃんがいつもお世話になってます。」

 消え入りそうな声で控えめに自己紹介したあと、ペコリと会釈した。朝とは打って変わって、呼春は俺の服の裾をがっつりつかんだまま俺の後ろに隠れっぱなしだった。

 「えぇ~!!この子可愛い~!誠也の妹ちゃんこんなかわいいの!?世話なんてとんでもないよぉ 呼春ちゃんだったっけ…?よろしくね!」

 「は、はひ、よ、よろしくお願いします…」

 雪っぺのキャラを見て少しだけ緊張がゆるんだのか、呼春も俺の陰から出てきて雪っぺと握手をしていた。雪っぺは、ひとしきり呼春をめでた後、俺たちを席に案内してくれた。大きめな庭に、テラスを設けた洒落た席だ。呼春も目をキラキラさせている。雪っぺがメニュー表を出して呼春に渡した。

 「呼春ちゃん注文どうする?」

 呼春が遠慮がちに俺を見てくる、あんまり高いのを頼みずらいのかもしれない。ファストフード店とかに行ったら高いのを頼みたがるくせに。

 「遠慮せずに好きなもん頼め」

 俺がこう言うと、呼春はオレンジジュースとよくわからない長い名前の品を頼みだした。正直最後に言った「パンケーキ」ぐらいしか聞き取れず、呪文でも聞かされてる気分だった。続いて雪っぺは、俺に注文を聞いてきたが、なぜか「飲み物だけにしといたほうがいいよ」といった。俺には、よく理由がわからなかったが、雪っぺの助言に従い、コーヒーだけ頼んだ。しばらくすると、飲み物が先に運ばれてきた。運ばれてきたコーヒーを見て、呼春は興味を示したようだ。

 「ねぇねぇにぃちゃん そのコーヒー一口頂戴?」

 「いいけどお子様には苦ぇぞ?」

  俺がこう言うと、呼春は口を尖らせた。

 「呼春はお子様じゃないよ!コーヒーなんて楽勝だよ!」

 俺からひったくるようにしてコーヒーの入ったカップを取り上げると、呼春は勢い任せに一口、俺のブラックコーヒーを口に含んだ。しかも、俺が口をつけたあたりからだ。一瞬のことで、制止することもできなかった。含んで約2秒後、呼春の表情が引きつりだした。俺は、妹との間接キスというアブノーマルな事態のためフリーズしていた頭を精一杯回転させて言葉を絞り出した。

 「ほら言わんこっちゃねぇ、ハンカチあるからこれに吐きな」

 どうせ少ししか含んでいないだろうし、滴るほど吐きはしないだろうという予想と、テーブルの上などに吐いて店に迷惑をかけないようにとの配慮を込めて、俺は持っていたハンカチを渡した。この際、間接キスのことは最早ほとんど頭になかった。呼春は素早く俺からハンカチを受け取ると、それを口に当て、コーヒーを吐き出した。そして、ハンカチを畳みなおすより先にオレンジジュースに手を伸ばした。俺は、ハンカチとカップを自分のほうに手繰り寄せながら、今度は、「それ見たことかよ」といった。

 「うぅ~ん…飲めると思ったのになぁ…。」

 「次からは、カフェラテあたりにでもするこったな」

 そう言いながら、俺はさっき呼春が口をつけたあたりを避けてカップに口をつけた。それを見ていた呼春が、口を開いた。

 「あれ?にぃちゃん、さっきまで右手にカップ持ってなかったっけ?なんで左手に持ち替えたの?」

 呼春はたまに変なところで勘が鋭い。俺が「え、いや、別に…」としどろもどろになっていると、呼春はにんまりと笑った。

 「わかったぁ~!にぃちゃん呼春と間接キスになるのが恥ずかしかったんでしょ!」

 「い、いや、ちげぇよバカ!」

 図星を突かれて、思わず漫画とかにありがちな自爆をしてしまった。その様子を見て、呼春の笑みが邪悪さを増した。

 「またまたぁそんなにわかりやすく動揺しちゃってぇ~、にぃちゃん可愛いねぇ、流石彼女いない歴イコール年齢の恋愛くそ雑魚…いたたたたたた!! にぃちゃん、呼春の頬っぺたつままないで!ごめんなさいぃ…」

 図星を突かれたことを隠す狙いもあったが、シンプルにムカついたために俺は呼春の両頬をつねった。呼春の顔から余裕の笑みが消え、涙目になった。

 「ったくよぉ、兄をからかうのも大概にしろよ?」

 「はぁい…。ごめんなさぁい…」

 呼春がしっかり反省したところで、雪っぺが異常にでかい皿を持ってきた。

 「!?雪っぺそりゃなんだ!?」

 「もちろんご注文の品だよ?お待たせいたしました。{三種のアイスクリームとフレンチトーストとチョモランマ盛り生クリーム添えキングサイズ三段重ねパンケーキ}です」

 やはり品名がまともに聞き取れない、文字に起こしたらとんでもない名前だろう。何せ見た目から量がおかしい。具体的に言うと、三段重ねのパンケーキだけで、大きめのホールのケーキぐらいのサイズがある。正直これを思い付いた人間はフードファイターの類だと思う。俺は思わず雪っぺに問わざるを得なかった。

 「雪っぺ、これ思い付いたのってフードファイターの人か何か?」

 「ううん?思い付いたのは私だよ?」

 俺は正直、この瞬間ほど友人の脳内を疑ったことはないだろう。とてもじゃないが一人で食いきるものではない。

 「雪っぺもしかして頭おかしいんじゃねえの?」

 「失礼な!このメニューはお店に来てくれたカップルのお客さんとかが半分こして食べて心もお腹も満たされるように発案した実用的なメニューだよ!すでに何組ものお客さんが頼んでくれて完食してくれてるんだから!]

 「お、おうそうだったのか…。なんかすまん」

 雪っぺの剣幕に押され、俺はたじろいだ。呼春はというと、運ばれてきた料理をキラキラとした瞳で見つめ、フォークとナイフを手に取っていた。今にもよだれをたらしそうな雰囲気を漂わせながら、見ているほうまで幸せな気分にしてくれる幸せそうな愛らしい満面の笑みでパンケーキ(?)を見つめている。するとまた雪っぺが口を開いた。

 「呼春ちゃんやっぱり可愛い~!、さてとじゃあ私はこの辺で、ごゆっくり~。それと誠也は頑張ってね~」

 「おう、こりゃぁ確かに頑張んないといけねぇかもな…」

 満足そうな表情を浮かべながら、雪っぺは退場した。そして俺は、ほんのわずか10分ほどに起きるであろう出来事を静かに覚悟していた。そんな俺の様子には目もくれず、呼春はパンケーキを口に含んだ。

 「ん~~~~!!、にぃちゃん!これすっっっごくおいしいよ!?」

 「そうか、よかったな呼春」

 妹とはいえ、可愛い女の子が目の前で幸せそうにスイーツを食べている光景を見れるというのは、男の冥利に尽きると俺は考えていた。すると、呼春が俺に向けて切り分けたパンケーキを差したフォークの先を突き出してきた。

 「さっきコーヒーくれたお礼とハンカチ汚しちゃったお詫び!にぃちゃん「あ~ん」って口開けて?」

 「いや!?俺はいいよ!ほんとにお前が全部食えば…ウヴォ!?」

 呼春は、問答無用で俺の口にパンケーキを突っ込んできた。本日2度目の妹との間接キスに、俺の脳内は再び大パニックに陥った。

 「いいからいいから!おいしいスイーツと可愛い妹との間接キスのサービスだよ?喜んで受け取れ~~!!」

 正直刺激が強すぎていまいちパンカーキの味がわからない。てか妹との間接キスがサービスってこいつの頭は沸き散らしているのだろうか。

 「どう?にぃちゃん、おいしいでしょ~!?」

 呼春の言葉で我に返った俺は、あわてて口の中に残っていたパンケーキを味わうことに神経を集中した。

 「あ、あぁそうだな。こいつはうまい」

 「でしょ!?これ思い付いた雪さんは天才だね!!」

 そう言って呼春はまたパンケーキを口に含んだ。もちろんフォークは変えていなかったので今日三回目の兄妹間での間接キスだ。俺の頭はキャパオーバーでショートしそうだった。今にも顔から火が出そうだ。呼春は相変わらず無邪気な笑顔を浮かべながら、パンケーキを頬張っていた。俺は、それからしばらく先ほどから立て続けに起きた出来事に対し、1人頭を悩ませた。

 5分ほどたったころだろうか、俺は、名前を呼ばれた気がして俺ははっとした。

 「…ちゃん?にぃちゃん!?聞いてる?」

 「え?あぁ悪い呼春…ちょっとボーっとしてた」

 我に返ってから呼春のほうにある皿を見ると、全体の3分の1ほどが減っているところで、呼春のフォークが止まっていた。

 「…お前…もう腹が膨れたんだろ?」

 俺が聞くと呼春はコクンと頷くと、無言のまま俺のほうに皿とフォークを押し出してきた。雪っぺが俺に注文するのを進めなかったのはこういうことだったのだろう俺も薄々わかってはいたが、改めて見るとやはり量が多い。とはいえ、食べきれない量ではなさそうだった。俺は、テーブルの片隅に置いてあった新しいフォークを取ろうと手を伸ばした…が、呼春がその手を掴んだ。

 「にぃちゃん?なんで新しいフォーク取ろうとしてるの?呼春が使って他の使えばよくない?お店に洗い物増やさせるの呼春はよくないと思うなぁ」

 何故か異様な{圧}のようなものを感じた俺は、「お、おうそれもそうだな…」と言って、手をひっこめた。俺は羞恥に耐えつつ、呼春の残したパンケーキを完食した。食い終わると、呼春が申し訳なさそうに口を開いた。

 「にぃちゃんごめんね?もうちょっと食べられるかと思ってたんだけど…」

 「まぁしょうがねぇだろ、お前は胃が小せぇんだから」

 俺がこう言うと、呼春は「うん…ありがと、にぃちゃん」と言って、笑った。こちらまで幸せな気分にしてくれる、無邪気で可愛らしい笑顔だった。すると、ふと呼春の顔に、キョトンとした表情が一瞬浮かび、次の瞬間にはニヤニヤと笑い出した。

 「どうした呼春?俺の顔になんかついてるか?」

 「うん、クリームがついてるよ?呼春が取ってあげるからにぃちゃんは動かないで」

 そう言って呼春は椅子の上に膝立ちするような体制になり、身を乗り出した。そして、呼春の白くて小さな両手が俺の顔に触れたかと思うと、呼春は俺の顔を自分の顔のほうに引き寄せ、俺の唇に自分の唇を重ねた。

 「!?!?~~~~~~~~!!??」

 その日最大の衝撃に、俺の体温は急激に上昇したのだった。

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