#2
ぼんやりとした意識のまま、少女は宛もなくただ歩き続けていた。
規則的に並ぶ街灯の明かりと、時間関係なく光続ける自動販売機の明かりだけが、彼女の視界には映り続ける。
彼女は絶望していた。
普通の高校生活を過ごし、大学へと行って就職をしてから、いつかは想いあった人と結ばれる、そんな思い描いていた"いつか"はなんの前触れも無く奪われ、あろう事か自分は殺人を犯した。
「……は、ぁ」
自らの罪を自覚すればするほど、その足取りは重くなる。
何れは男の死体が見つかり、そうなれば自分は捕まるかもしれない。
────だとするならば、もう一度見たい。あの花のように美しく思えた、死体が。
少女は壊れていた。それが殺人を犯した事による精神的なモノか、もしくは生まれた時からずっと。
◇◆◇◆◇◆◇
二人がコーヒーを飲みきった後、改めて京介へ向けた絵奈による特別授業が始まった。
「魔術というのは、大まかに言えば火・水・風・土の世界を構成する四元素からなる術の事だ。この世に存在する魔術はどれも、この四元素から派生したものになる。輝石の魔術は土から、氷の魔術は水から。まぁ、とにかく基本的には四元素から成ってる。」
「じゃあ、四元素が使える魔術師って強いんですか?」
思考の末に浮かんだ純粋な疑問を、京介は絵奈へとぶつけた。
全ての祖となる四つの力を使えるならば、その魔術師は相当強い者になるのだろう。しかし、絵奈から返ってきた答えは、京介の予想とは違うものだった。
「そういう訳でもない。四元素ってのはあくまで基礎の魔術なんだ。」
「基礎、ですか?」
「ああ。例えば、二重跳びが四元素から派生して産まれた魔術とするなら、前飛びは四元素の魔術に当たる。でもその基礎が出来ないとそこから派生した魔術も使えない訳だ。前飛びが出来ない人間が、二重跳びなんて出来るわけ無いだろう?」
「まぁ確かに。」
「ただ例外があってね、魔術の中には、その四元素に属さない魔術が幾つかある。その内の一つが"強化"の魔術だ。まぁこれは四元素云々よりも基礎中の基礎だからなんだけどね。強化は読んで字の如く、自らを強くする為の魔術。得物の威力を上げたり、一時的に脚力や腕力なんかを上げたりする物。私なんかは
「それが出来るようになったら、僕も火とか出せる様になります?」
京介は少し目をキラキラさせながら、絵奈へと問う。
もしそれが出来るなら、幼い頃憧れたヒーローの様でそれは格好いい。
「それは分からないね。魔術ってのはセンスだから。出来る奴は教えただけですぐ出来るし、出来ない奴はどれだけ練習しても出来ない。君がどっちかは知らないけど」
兎に角、練習あるのみ と絵奈は付け加えながら、咥えた煙草へと火をつけた。
ふぅーと吐かれた白い煙が、京介の元へとやってくる。それを手で払い除けながら、ふと京介は絵奈の手元を見た。
絵奈の右手には煙草があり、左手はソファの上に。机の上には空になったコーヒーカップがあるのみでライターの類はない。それはつまり、絵奈が自らの魔術か何かで煙草に火を付けた事を意味する。だとすれば、絵奈の魔術は四元素で言う炎に当たる物だろうか。
「絵奈さんって、魔法使いみたいですね」
単純な感想が、京介の口から漏れる。
それは皮肉を交じえた物ではなく、単に昔見たおとぎ話に出てくる魔法使いの様で格好いいと思ったから言ったモノ。それでも、京介のその言葉を聞いて、絵奈は少し不愉快そうな顔をした。
「あんまり、私以外の魔術師の前でそういう事は言わない方がいいぞ」
「え?何でですか?」
「まぁいい、授業の続きだ。魔術と魔法というのは明確には違う。何でか分かるかい?」
「違い……」
正直言って、京介からすれば魔法も魔術も一緒だ。
そこに違いなんて感じられず、精々呼び方が違うだけ。でも、絵奈の反応を見る限りはそうでは無い。
強いていうなら、魔法の方がファンタジー感が強いと感じる位だろうか。
「さっきも言ったが、魔術っていうのは四元素の力そのもの。つまりは元から存在した自然の理を人の手で起こせる様に落とし込んだモノを魔術と呼ぶ。それに対して、魔法と呼ばれるモノは、言ったら奇跡に等しい力の事を指す。世界には、絶対と呼ばれるルールがあってね。流れ落ちる水何の外力の影響も無しに上に向かって登る事は無いし、進み続ける時間は巻き戻らない。魔法はそう言った絶対を覆すだけの奇跡の力を言うんだ。だから、魔法と魔術は全然違うワケ。そしてそんな奇跡を起こす存在が、私たちの世界じゃ"魔法使い"なんて呼ばれたりする。」
「じゃあ魔法使いって凄い人なんですね」
「ああ凄いとも。君は私を偉大な師だと思ってるかもしれないけど、魔術なんて遥か昔から存在する時代遅れの代物を扱う魔術師なんかじゃ格が全然違う。現代じゃ、火を起こしたいなら魔術なんか使わなくてもコンビニのライターで起こせるから」
絵奈の発言の方が、余っ程 他の魔術師の反感を買いそうな気がすると京介は思った。
更に、絵奈は続ける。
「それと、たまに魔術でも魔法でもない力を持つ奴が居る。その力は生まれ持ったモノでね、生まれながらに使える奴もいれば、後天的に目覚める奴も居る。言わば超能力的なモノだ。私が知っている奴だと、死の淵に立ってソレに目覚めた奴がいたかな。まぁ、多くの場合は持っていたとしても覚醒しないまま終わる事が九割だね。現代で、そんなに危険な目に合うことなんてそうそう無いもの。」
二本目の煙草を吸い終わり、三本目を出そうと絵奈の手が煙草の箱へと伸びる。
「げっ!煙草切れてる…… 少年〜」
「嫌です」
絵奈が頼み事をするよりも先に、京介はキッパリと断った。頼み事は大体予想着く。
「僕一応、まだ高校生ですからね」
煙草を買ったのがバレて停学なんて、とてもじゃないが恥ずかしい。百歩譲って自分の吸う分を買うならまだしも、頼まれ物。
「何、高校を退学になっても 少年はどの道ウチで雇ってあげるから心配しなくていい。私に拾われたという事はそういう事だからね」
「良くないです。まぁいまから、後藤さんと会うんでそのついでならいいですよ」
「なんだ、あの刑事と会うんだ」
「えぇ、食事を一緒どうだ?ってお誘いが来てるんで」
「じゃあ煙草はその刑事に買ってもらってきて」
「分かりました、じゃあ行ってきますね」
「ああ、行ってらっしゃい」
京介は立ち上がり、絵奈と自分の分のコップを洗うと、それを棚に戻してから事務所を出た。
部屋に一人取り残された絵奈は、座っている姿勢のままで、そのまま倒れるように横になる。
時計の針が秒針を刻む音だけが響く室内で、脳裏には今朝のニュースが過ぎった。
「……やり方からみるに、アレは魔術師じゃないな。被害者の数とやり方からして慣れた物じゃない。……だとすれば、後天的覚醒のパターンか。」
絵奈はボソッとそう呟くと、そのまま目を閉じて再び眠りについた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
事務所を出た京介は、階段を使って一階へと降りてから建物を出た。
外はやはり寒い。空を見てみても灰色の雲が空を覆い尽くし、すぐにでも雪が降ってもおかしくなさそうな、そんな天気だった。
「おーい!京介!」
誰かに呼ばれた気がして、視線の先を空から声のする方へと向ける。京介が頭を向けた方には、見覚えのある黒いセダンから身体を少し乗り出して手を上げる中年男性の姿があった。
「後藤さん!」
京介はその男性を後藤と呼び、男の乗る車へと近づくと『まぁ乗れ』と催促され、言われるがままに車へと乗り込んだ。
直後、車は不安になる様な異音を上げながら、ゆっくりと進み出した。
車を運転しながら、「暖房効かないけど許してな!」なんて笑う男の名は、後藤隆二。
年齢は四十半ば。ベテラン刑事で部下からの信頼も厚く、時折『相沢不可解事件相談所』へと仕事を回してくれているのもこの人だ。
後藤とは、十年前に起こった"とある事件"で知り合い、今もこうしてたまに一緒に食事をする仲。
「後藤さん、稼いでるんだからもう少しいい車乗れば良いのに……」
まさか、冬場に暖房が効かないのがこれほどきついとは思わなかった。
寒さに震え、歯をガタガタ言わせながら京介は訴えかける。
「部下にも言われるよ、けどな もう何年も乗り続けてるから愛着が湧いて乗り換えられないんだ。冷房も暖房も効かないのは、ずっと乗ってると慣れる」
ははは と笑いながら、後藤は言う。それでも、京介は内心「絶対痩せ我慢してる」としか思えない。
「そういえば京介、ニュース見たか?」
「ニュースって、あの死体が複数見つかったって奴ですよね、朝見ましたよ。あれ、本当に全部自殺なんですか?」
「……正直な所、俺だってあの不審死の全部が全部自殺とは思っていないさ。けれど遺体のどれも争った形跡は無し。遺族から話を聞いても、全員が"自殺をする様な兆候は無かった"。」
「……その話、詳しく聞かせてくれません?」
「一人目の転落死、高校三年生の女の子で頭も良いらしくてな。なんでも噂じゃ某有名な大学へ推薦合格間違いなしだったって話だ。三人目のナイフで首を掻っ切った奴も、一流商社務めで結婚を間近に控えていたし、四人目の溺死体で見つかった奴は有名な資産家の息子だったんだと、それに二人目はお前と同じ高校の同級生だ。伊藤俊介って聞き覚えないか? 」
後藤から上げられた名前に、京介は思い当たる節は無かった。同じ高校の同級生と言えど、クラスは七つ程ある上に全員と話した事がある訳でもない。何なら、高校生活二年目を迎えた今でも名前と顔が一致しない人物なんてザラに居た。
「まぁ、何でも野球部の次期エースとやららしい。成績もそれなりに優秀で、話を聞く限り教師からの信頼も厚い。」
後藤の説明を聞いて、確かにその四人に自殺の動機がある様には思えなかった。何なら、自殺とは無縁の人生を送りそうなモノだ。
「自殺の動機ってのは大体、『人間関係』や『経済的理由』が大半だ。だが、今見付かっている四人にはどうにもその一般的な自殺の動機とやらが当てはまらない。他殺にしても、余りにも他殺の証拠が無さすぎる。だから俺たち警察も手を焼いてるんだ」
「死体が見つかったって事は、発見した人が居るって事ですよね?」
「まあな。皮肉な話、誰にも迷惑かけずに死のうとした奴が偶然死体を見つけて通報したらしい。人間、死のうと思っていても死体なんかを見りゃ死ぬ気も失せるらしいな」
幸か不幸か、誰かの死体が新たな死を防いだという事になる。そう言われれば確かに、皮肉な話だ。
「まぁ、兎に角にも現状は警察も動けない。他殺なら事件として扱えるが、その証拠がないんじゃ自殺として片付けられるだろうな」
仕方が無い と言いながら、後藤は車を停めた。
けれど、仕方がないと片付けるには早い気がする。
少なくとも一人目から三人目はまだ自殺の線があるとしても、四人の死に方は不自然だ。現場を知っているからこそ、あの周囲での溺死体は異質そのモノ。絵奈が言っていた乾性溺水とやらで死んだ可能性もあるかもしれないが、京介には、どうにも何か別の闇が潜んでいる様な気がした。
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