13_愛しき日々の末

 扉を通り抜け、鳶野は暗闇の中を進んだ。一寸先いっすんさきまで真っ暗な空間で、まっすぐと伸びる光の道だけが彼を導く。


 この光の道を辿っていけば、アンブラに行けるのか。


 待ってろ。私が、助けに行く。桐原。


 鳶野は意気込み光の道を進もうとするが、道の異変に気がつく。


「なっ!?」


 後ろから光の道が消えていくのが見えた。

 

 何が起こっているんだ。


 光の道が失われれば、アンブラへの道が分からなくなる。


 消える前に急がながれば。


 鳶野は、光の先へ全速力で走り抜けたが、光の道はあっという間に消えてなくなってしまう。


 やはり、間に合わなかったか。


 光の道が消えた瞬間、彼の身体は暗闇の深淵へ沈んでいく。鳶野は、落下すると同時に、とっさに浮遊の力を使って身体を浮かせる。


 何も見えない。


 見えるのは、暗闇だけだ。


 光の道を失った今、どこに迎えば、いいのか分からなくなってしまった。

 

 鳶野は、とりあえず、光の道が伸びていたであろう場所を進んでいく。


 真っ暗で、自分が上下左右前後どこに向かっているのか分からなくなってくる。 


 どれだけ進んだだろうか。


 暗闇に、光り輝く星のようなものが見え始めた。


 とてもきれいだ。まるで宇宙の中を浮遊して進んでいるかのようだ。


 周りの宇宙のような壮大な光景を眺めていると、光り輝く扉のようなものが前に見えた。


 あれが、アンブラへの扉。とても巨大だ。


「やっぱり来たか。君なら、来てくれると思ったよ。鳶野」


 その声を聞いた瞬間、何者であるかすぐにわかった。


 身も凍りつきそうなくらい冷たい声。間違いない。久留だ。


 鳶野は、声がした方向に憎しみのこもった目をさっと向けた。


「流石の君も、かなり怒っているようだね」


 久留は、扉の輝きに照らされながら、扉の近くに立っていた。


「桐原をどこに連れ去った?」


 鳶野は、鋭い眼光がんこうを輝かせ強い口調で久留に問う。


「怖いね。なかなかにいい。威圧感だ。君もダーカーにしてあげるよ」


 久留は、鳶野の気迫に押されることなく、平然としている。

 

「彼女はどこにいるかと聞いている!!」


 さらに強い口調で、鳶野は久留に叫んだ。


「そう焦るなよ……」


 鳶野の後ろ側から、久留の声がした。


 先程まで、前方で久留は、立っていたはず。


 一瞬で、私の後ろ側に移動したのか。


 やる前にやる。


 久留の声を聞いた瞬間、鳶野は影から短剣を作り出し、背後の久留に向かって振った。


「……」


 鳶野は言葉を失った。


 勢いよく振られた短剣は、彼に片手で止められていた。久留は、余裕の表情を浮かべている。


 何が起こった。


 短剣を片手で止められた。


 勢いが相殺されたような奇妙な感覚だ。


「君では、僕を傷つけられない。何もなすことなく、誰も救うことなく虚しく散ってくれ」


 久留は、鳶野を蔑むような目を見ながら言った。

 

 何がここで散れだ。


 そんなことできるわけがない。


 私は、彼女を救い出すためにここに来たのだ。


 彼女を救うまでは、終わる訳にはいかない。


 鳶野は、間髪入れずに左足を上げて、強烈な蹴りを久留の顔面に食らわせる。


 なんだと、即座に蹴りを入れて……。


 流石の久留も、彼の蹴りを想定外だった。不意をつかれた彼は、両腕を使い、鳶野の攻撃を防ごうとするが、影力が宿った強烈な蹴りを完全に防ぐことはできない。


「ぐっ!?」


 久留は、鳶野の強烈な蹴りをくらい、勢いよく飛ばされる。


「どうだ。桐原の居場所を吐く気になったか?」


 鳶野は、真剣な眼差しで久留に問いかける。


 蹴りを受けた腕が、震えている。


 じんわりと、痛みが染み渡る。


 いい、いい、いい~!!!


 最高だよ。


 久留は、鳶野の強烈な蹴りを受けて、追い詰められるどころかむしろ喜びを見出し始めた。


「やるね、君。僕に一撃を食らわせてくれるなんて思わなかった。門出の居場所を知りたいなら、特別に教えて上げるよ。上を見てご覧。彼女が君を見ているから……」


 久留は、狂気に満ちた末恐ろしい笑みを鳶野に向けた。その笑みを見た瞬間、鳶野の全身に戦慄が走る。


 上だと……。


 上を見ようとしたところ、ポタポタと何かが落ちてくる。


 これは、液体。


 ネバネバしている。


 まるでこれは……。


 恐る恐る、鳶野は、ゆっくりと視線を上に向ける。


 そんなことが……。

 

 どうか、この光景が悪夢であってくれ。


 真上に、見える残酷な光景に、鳶野は思わず口を開けて、悲しい表情を見せる。ふいに、桐原門出との思い出が頭に過る。


 初めて、彼女と出会い、彼女に命を助けられたこと。


 彼女とともに、ダーカーを倒していた時のこと。


 そして、何気ない会話で見せてくれる彼女の笑顔。


 次々と思い出される彼女との思い出全てが、とても輝かしく、暖かくて、私に幸せを感じさせてくれた。


 そんな彼女との時間を、日々を取り戻すためにここに来たのだ。


 こんなことが、あってたまるものか。


 嘘だ。嘘に決まってる!


「ぐぎぎぎぎぎぎぎぎぎ!!!!」


 当惑する鳶野に、残酷な現実を教えるかのように彼女は、叫び声を上げた。


 叫ぶ彼女は、人間ではなくなっていた。


 その姿は、漆黒の身体をもつダーカー。


 そのものだった。

 

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