09_かけがえのないもの

 自ら命を断とうとしていた私は彼女に出会ってから少しずつ変わり始めていく。


 先日、勤めていた会社の上司に退職届たいしょくとどけを出してきた。何かと文句を言われたので、帰り際に、上司のかつらを浮遊ふゆうの力で少し浮かしてやった。

 

 晴れて会社から解放された私は、桐原とともに影隠師の仕事をすることになった。


「影力は、一般的には影を操る力と言われているけど、実は違うの!実はね、物事にを与える力のことなの!」


「へえー、そうなのか」


 鳶野は、カフェの机で桐原と一緒に話をしていた。彼女の話を聞く彼は、どこか清々すがすがしい顔つきをしていた。


 窓際から、温かな日の光が差し込み、二人を暖かく包み込んでいた。


「もー!!もっと興味を持って聞いてよ」


「聞いてるよ。すまない。だいたい私は、常にこのテンションなんだ」


 机にあったコーヒーを鳶野はすする。


「えー、そうなの!聞いていれているなら、いいんだけどね!どう会社の仕事を辞めて、もしかして後悔してる?」


 桐原は、心配そうに鳶野に向かって言った。


「まさか、むしろ辞めて良かったと思ってる。ただ、生活はやっていけるか不安ではあるがな」


 彼がそう言うと、桐原は親指と人差指で円を作って言った。


「これの問題だね」


「ああ。単刀直入たんとうちょくにゅうに聞くが、影隠師は、儲かるのか?」


「影隠師は、ダーカーから人々を守るために命をかけてるからね。期待していいよ!」


「そうか、なら、楽しみにしておくよ」


 鳶野たちはすっと、近くに漂う邪悪じゃあくな気配を感じ取る。


 この気配、やつか。さっそく、仕事みたいだな。


「桐原、君も気づいたか。この気配、ダーカーだ」


「ええ、ここから近いわね。行こう!助けを求めている人たちがいるかもしれないしね!」


「ああ」


 鳶野は、立ち上がると置いていたコートに腕を通すと、桐原とともにダーカーの元へ向かった。


 ダーカーと戦う日々。


 常に命の危険がつきまとう日々に、心折れてしまうのかと思っていたが、案外、心がいきいきしていた。


 助けを求める人の命を救うことができる。


 それのことが何よりもやりがいにあるものに感じた。


 それに……。


 桐原と一緒に過ごす日々が楽しくて、なんかこう幸せだった。


 ともに死線しせんくぐり、言葉をかわすうちに彼女に心惹こころひかれていた。


 彼女との日々がかけがえのないものになっていく。


 ずっと、このまま、今の日々が続いてくれたならどんなに嬉しいだろうか。


 私は、こんなにもこの世界は希望と幸せに満ちていることを知らなかった。

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