18_声

 紅園の近くでうごめくのは、影。漆黒の影は、彼女に気づかれないようにゆっくりと、鋭利な形に変貌へんぼうしていく。その先端を紅園の心臓の辺りに向け、飛躍ひやくする姿勢を取る。


 ほんの時間の切れ間。零点何秒の瞬間に、それは起きた。


 ダーカーの肉片は、紅園の心臓目がかけて勢いよく飛び出す。まっすぐな軌道を描き、大気を貫く。


「朱音の邪魔をするな……」


 ダーカーの殺意を感じ取った黒瀬は、肉片が大気を貫いた瞬間、短剣を振り切り裂き消滅させる。


 紅園は、空に消えゆく光の粒子に手を伸ばし、そっと触れる。光粒子は、彼女の手をすり抜けていく。

 

「佳織……」


 紅園が、出雲の名前を口にした直後、どこからか風がびゅっと吹いて、彼女の髪を靡かせる。


「ありがとう、朱音……。私を解放してくれて」


 花畑の色彩豊かな花びらが優雅に舞う中、紅園は確かに誰かの優しい声を聞いた。


 この声は……。


 紅園は、声がした方向を見るが、光粒子が上空に消えて行くだけで誰もいなかった。彼女は、ダーカーから解放された出雲が話しかけて来てくれたのだと察した。


 佳織、こちらこそありがとう。


「どうしたんだ、朱音。何かあったのか?」


 黒瀬は、紅園の様子を心配して話しかける。それに対して、紅園は首を横に振り言った。


「何でもないの。ただ、私の大切な人が話しかけて来てくれたような気がして……」


 彼女は話している最中、急に身体の力が抜け、視界が暗くなっていく。ドサッという音が響いたかと思うと、紅園は地面に倒れる。


「朱音、大丈夫か!朱音!」


 ダーカーの脅威きょういが去り静寂せいじゃくに包まれた花畑に、黒瀬の叫び声が響き渡る。


 

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