02_ダーカー


 晴れ渡っていた青空を薄暗い雲がおおう。黒瀬の表情も、次第に曇っていく。あまりに唐突とうとつな出来事に何が起こったのか分からず頭の整理ができていなかった。


 頭の中で考えを巡らせた末、彼は不意にこの神ノ木山に伝わる言い伝えを思い出す。


(神ノ木山に入り込んだものは、影隠しにあってどこか別の世界へと連れて行かれてしまう)


 そんな言い伝えを黒瀬は聞いたことがあった。当初は都市伝説のようなもので実際に起こるなんて思いもしなかった。しかし、実際に目の前で起きた奇妙な出来事が起こり、ただの作り話と思っていた影隠しの言い伝えが急に現実味を持ち始めた。


「彼女は、きっと、僕を置いて家に帰ってしまったんだ、そうだよな......」


 黒瀬は、目の前で起きた影隠しをにわかに受け止められず、困惑する。彼女がいなくなった花畑の花が不穏な風に揺られ寂しく揺れる。


「残念ながら、あなたの彼女は、もう戻っては来ないわよ」


 突如、黒瀬は紅園に話しかけられ、そっと振り向く。


「君は誰なんだ?」


 見知らぬ紅園を見て黒瀬は一言呟いた。花畑の花びらが舞う中、紅園が、そよ風で長髪ちょうはつになびかせて立っていた。そんな彼女の立ち姿は、黒瀬にとってとても美しく優雅に感じられた。


「私は紅園朱音べにぞのあかね影隠師かげかくしとしてあなたを救いに来たの。やっぱりこの気配......。奴が来る」


 紅園は、の気配を感じ取り真剣な表情を浮かべる。


「来るって、何が......」


 紅園の表情を見て、黒瀬はただ事でないことが、今から起ころうとしていると直感した。


 青空に浮かぶ雲が太陽と重なり、地面を影が覆う。すると、その影から、得体の知れない影の化け物がにょきっと現れる。


 細身で僕の身長の5倍くらいはある人型の化け物だ。全身は、真っ黒で、顔と思われる部分には、真っ白な目のようなものが、二つついている。目の下には、口のようなものもあるが、鼻にあたる部分は見たところなかった。


「来たわね、ダーカー」


 紅園は、ダーカーを目の当たりにしてもなお、落ち着いていた。


「な、なんだ!?あれ」


 一方で黒瀬は、見たことがないダーカーの恐ろしい外見に戦慄せんりつが走っていた。心臓が狂ったように鼓動し、不安と恐怖で頭の中は埋め尽くされる。生きた心地がしなかった。


 ダーカーは、虚ろな白い眼差しで黒瀬たちを見つめている。


 不穏な風がさっと吹き抜ける。仄かにあたたかく、不安を掻き立てる風だ。


 なんだ、視線を感じる......。


 黒瀬は何者かの視線を感じて、横を振り向くと目と鼻の先に、ダーカーの顔があった。


「風が吹き抜ける一瞬で、こんな近くに移動したのか。距離をとらなければ.....」


 黒瀬は、即座にダーカーから距離をとろうとする。


「う、動けない……」


 黒瀬は何故か身体を動かそうとしても、思い通りに動かすことができない。


 ふと、黒瀬が地面に視線をやると、近くの影から、ダーカーの身体がぐぐっと伸びている。そして、ダーカーの細長い手が伸び、黒瀬の首を優しく掴んでいる。ダーカーは首を掴むことで、黒瀬の体の自由を奪っていた。


「息が苦しい……」


 体の自由を奪われただけでなく、うまく息をすることもできない。


 急にダーカーの頭が2つにパカッと割れる。割れた頭は、どうやら口のようだ。ダーカーは頭をくねくねと動かし、黒瀬を丸呑みしようと飛びかかる姿勢を見せた。


 ダーカーの割れた頭から見える、鋭く生えた歯と蛇のように細長い舌が、黒瀬に迫りくる死を感じさせる。


 僕はここで死ぬのか.......。

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