どうして石になっちゃうの 2
「あぁ……美味しい……」
『勝手に湧いてくる』は本当だった。
床をすっかり磨き終え、空腹を感じて木箱を覗いてみると本当にパンが出現していた。それも焼き立てでアンの顔ほどもある。パンの他にもあの甘かった果実や新鮮な野菜など、結構な量が湧いていた。
すごい、と思いながら、アンはとにかく食べた。ふっくらと焼き上げられた甘くて香ばしい味に、彼女は夢中で頬張った。果実もこの世の物とは思えないくらい美味しい。
けれど少し腹が落ち着くと彼女は冷静になる。
半分になったパンを見て、ちぎる手を止めた。一日にどれくらい湧いてくるのか分からないのだ。それにもし、男が仕事場から出てきたときに食べ物を所望しても、何もなかったらきっと叱られる、と。
「……次に何か出てきたら、古いのから食べればいいんだわ」
彼女は我慢して水を飲むことにした。台所には
同時に、父母は酒を飲む贅沢なんてしたことがなかった、と少し悲しく思った。
――かあさんにも美味しいパン、食べさせてやりたかったなぁ
腰の革袋を撫でる。確かな硬い感触が伝わってきて、ホッと息を吐いた。そして考えまいとしていたことが
――あの人、人の骨を石にするって言ってた。どうしてそんなことするんだろう、どうやって?……とうさんも石になっちゃったのかな。もしかして、あの、きれいな指環の石も誰かの骨だったら……
『人は石にすると美しいからだよ』
不意に父の声と、指環同士を擦るような金属音が聞こえた気がして、アンは首を滅茶苦茶に振った。
――ヴィオさんは『魔物』だって何だって、命の恩人だもの。三日だけでも村に戻らなくていいなら、考えないようにしなきゃ!
アンは気を取り直し、きれいに杯をすすぎ全て拭き終えた。
そうして汚れた水をどうしようかと辺りを見回す。
汚れた水は放っておけばきれいな水に変わっていくが、アンにしてみれば仕組みが分からなくて少し不安だ。せっかくなら何かに使えた方がいいのに、と台所を出る。
「外に畑でもあればいいんだけど」
アンは外へと向かった。
――男の家は真実、森の奥深くにあった。
アンの足でも、十歩も歩けば昼でも道に迷いそうな薄暗い茂りに行き当たる。ぽっかりと空いた穴に建てられたような、木々がそこだけ避けて茂っているような、奇妙な場所だ。
「やっぱりあれだけ食べ物が手に入るんだもの……畑なんてないか」
入り口に立った彼女は、期待をしぼませた。もしかしたら、木箱からでてきた果実が家の周囲に生い茂っているかもしれないと思っていたからだ。
――もしあったら、もう一つだけ食べたかったなぁ
いやいくらでも食べたい。そんな自分の欲深さを反省しながら、アンは家の周囲をぐるりと巡ってみた。木のない場所は踏みしめられているようで、短い下草が生えている他は何もない。裸足の足を葉先が撫でる。
不意に、肌寒い湿った風がアンに吹きつけた。空はよく晴れて陽射しも心地よく降り注ぐ春。けれど陽の当たらない森は未だ冬の空気を運ぶようだ。
――とうさん……かあさんもここまで歩いて来てたのかな……
アンは、明け方に凍えた様子で家に戻る父母を思い出す。
「ただ骨を運ぶ『仕事』なのかしら……あたしにも、出来る?」
当然答える者はなく、再び吹いた冷たい風に彼女は震えた。
――ううん、まだ考えないようにしよう。あと二日もあるもの
結局、汚れた水を再利用できそうな場所もなく、彼女はすぐに中へと戻った。
入り口から廊下を真っ直ぐ突き当たりを右で台所、左の一番奥がアンの借りた部屋。その三叉路に立ち、彼女は思案する。
「他の部屋……台所があれだったもの、他の部屋も汚いのかしら。洗濯物も……」
アンの家では服は一着か二着しかなかったので、洗濯なんてすぐ終わる仕事だった。けれど時折、村の女達が抱えるほどの洗い物を運んでいるのを見たことがあったので、溜まる物だということは知っていた。
――もし何処かに山のような汚れ物があったら……
アンはゾッとして拳を握った。よぉし! と気合いを入れる。
「食べ物をもらったお礼に、この家中をきれいにしよう! あの人……ヴィオさんも『好きに過ごせ』って言ってたもの!」
そうと決まれば、とアンは片っ端から物置や部屋のドアを開け始めた。
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