銀の縁 ー少女は永遠を知るー
micco
森に入ってはいけないよ
アンは森に向かっていた。父が死んで、母も死んだからだ。
村人たちが家に押し掛けて、アンを突き飛ばしたからだ。
『村にいたいなら、
裸足の足に枝が刺さり、夜露の草葉が足を引っ掻いた。数えきれぬほどの傷を負う内、途中から痛みなどなくなった。足の先が冷え、アンは何を踏んづけているのも分からない。
森の奥から獣の遠吠えが聞こえてからは、方角も分からなくなっていた。まだ冬の残る夜の森は真っ暗で寒くて、微かな月明かりだけでは何も見えない。前に進んでいるのかどうかも分からない。
けれど、アンは歩みを止めなかった。
この森の何処かにいる魔物に会わなければならなかった。
“こどもは森に入ってはいけないよ。恐ろしい魔物がお前を石にして食べてしまうからね”
村の者なら誰でも知っている。大人でさえ滅多に入らない。
「どうして石になっちゃうの」
幼い頃、アンは父母にそう尋ねた。大きな手の父、柔らかな髪と頬の母の面影はいつも温かい。
「人は石にすると美しいからだよ。あまりに美しくて魔物が食べて自分の物にしてしまうんだ」
「見てみたい」
父は苦笑いして彼女の頭を撫でた。
「生きてる者の方が美しいよ。お前は決して入ってはいけないよ」
――ビッと足の裏が裂けた音がした。
アンははっきりと感じた痛みに倒れ込んだ。自重で今度は腕に何かが刺さった。痛い、と呻けば口の中に土臭さが広がる。
地面は未だ冬のように濡れ、落ち葉と枯れ枝の絨毯が根と根の間に敷き詰められている。灯を持たないアンが進むには周囲は闇も夜も深すぎた。
「とうさん、かあ……さん」
薄く貧しい服には、瞬く間に泥水が染みて彼女は寒さに歯を鳴らした。背までの長い金髪もじくじくと濡れていく。
「こわい」
今すぐ家に帰りたかった。父と母と暮らした家に。けれどそれは無理だった。
『村の穀潰しめ!』『お前などエドとネリに似ても似つかぬ、拾い子のくせに』『森へ行け! さもなくば何処かへ失せろ』
村人たちはアンが抱いていた革袋を奪い、わざと床に投げつけた。大切に抱いていた、母《ネリ》の骨が入った袋だ。
だからアンは、言われた通り森へ来た。けれどそれは、彼女の父の仕事をするためでも村で生きるためでもない。
――村にも家にも戻れないのなら、美しい石になって魔物に食べられた方がいい。その方がきっと痛くも寒くもない。
彼女は噛み合わない上下の歯を食いしばり、腰から提げた袋を胸に抱いた。
既に半身どころか全身が凍るように冷え、指先さえも満足に動かせない。それでもアンは少しずつ体を丸め、母の骨を温めるようにして抱いた。
――少し休んだらもっと奥へ行こう。そして一緒に食べてもらおうね、かあさん。
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