……来ちゃった♪

朝凪 凜

第1話

 魔法士というのは得てしてお金がかかる。魔法の発動には魔石と呼ばれる石が必要で、当然お金がかかる。練成することも可能だけれど、練成するのに多くの日数が必要となり、自分みたいな旅人がそんなに長い日数を掛けて魔石を練成する時間も余裕もない。

 なので、ちゃちゃっと買って魔法を誦記しょうきするのだ。


 先日も、街に入ってしばらく滞在していたところ、旅の魔法士がいるという話が広がり、いくつもの依頼があった。

 風邪を治す基礎魔法から、害獣退治の依頼まで十を越えた辺りでもう数えるのをやめた。

 依頼というからには当然依頼料を貰えるわけだが、その大部分が魔石の費用になってしまう。たまに気前の良い依頼があったり、魔法を使わずに解決出来たりで今はちょっと懐に余裕がある。


 そして、今。その街を出て、次のアテの無い旅をしている最中。

 旅の唯一の楽しみは昼飯だ。――いや、唯一は言い過ぎた。しかし、放浪の旅をしていて、楽しみと言えば飯だ。昼飯より晩飯の方が良いという奴もいる。だが俺は酒が飲めない。飲むと所構わず魔法を放ってしまう癖があるらしく、気がつけば一文無しどころか金を借りることもある。

 そんな生活は嫌だから酒はもう飲まないことにした。

 そうするとやはり晩飯よりも昼飯の方が良いのだ。夜はみんな酒場で馬鹿騒ぎして俺は早々に宿に篭もるからだ。


 で、荒野の真ん中で飯を食う。しかも、今までで一二を争う美味い飯屋で買い込んだランチボックスがここにあるのだ。

 荒野は良い。草食獣も居なければ、それを食らう害獣も居ない。まさに世界で最も安全な荒れ野原というわけだ。

 何種類か買ったランチボックスの中から一つ取り出し、包みを開けると――

「おぉ、これは旨そうだ」

 稲から作ったふっくらとした米。子を産めなくなった豚の家畜から脂の乗った部分を切り出した肉に卵と小麦を混ぜて油で揚げた豚肉のフライ。その上に黄色の半熟卵を乗せ、甘辛くしたタレと混ぜ合わせてある。さらには――

「いーただきっ!」

 突然横から手が出てきて豚肉のフライを持って行かれる。

「は!?」

 あまりの突飛な行動に思考が追いつかず、持って行かれた方を向くくらいしか出来なかった。

 そっちを向くとまだ若い年端もいかない少女が肉を頬張っていた。

「おい!! 俺の飯!!」

 声を上げ、そいつを捕まえようと立ち上がった時には既に手が届かないところに離れていた。

「んー、おいひー!」

 肉の半分くらいを口に入れ、恍惚の表情で味わっていた。

「返せ! 俺の肉!」

 その場から動いてもすぐ逃げることは分かったから、まずは話し合いでなんとかするしかない。

「やーだよ。これは私んだもん」

 少女がそんな自分勝手なことを言い、ちょっとお灸を据えてやろうと準備を始めた。

「?」

 それを眺める少女。

 しばらくして、準備が整い、

「ग्रीन आइवी के साथ लक्ष्य पर कब्जा!!」

 魔法を誦記しょうきすると地面からツタが現れ、少女の脚が絡まる。

「んー! んー!」

 動けなくなり、しばらくして観念したのか暴れなくなったので、近づいた。

「お前、エルフじゃねーか! なんだってこんな所に! っていうかエルフが肉食ってんじゃねーよ!」

 まさかのエルフ。エルフと言えば草食であるのが通説なのだが……。目の前の少女は肉だと分かって食べていた。

「人のご飯を横取りなんて良くないんだからね!」

「俺が買った、俺の飯だよ!」

「だって、このランチボックスは私が食べるはずだったのに、今日の朝買いに行ったら全部旅の魔法士が買っていったって言うんだもん!」

「全部が全部、俺のものってことじゃねーか! 俺は買った! お前は買えなかった!」

 食べ物の恨みは恐ろしいと言わんばかりに肩をいからせて言い放つ。

「私が食べるって、昨日の夜言ったんだもん。そしたら次の日買いに行った時に、忘れてた、って」

「そりゃああのおばちゃんが忘れてたんなら仕方ないだろ。さっさと諦めて……ってなんでこんな所まで来たんだ! 街からどんだけ離れてると思ってるんだ。そもそもどうやって付いてきた?」

 飯のことに気を取られて肝心のことを聞き忘れていた。

「ふふんっ! 私は鼻が利くのよ。このランチボックスを買ったのなんて、この鼻ですぐに分かったわ。それからずっと追いかけてきたんだから」

 ランチボックスで意気揚々となっていたことに気を取られて全然周りのことを気にかけていなかったことに漸く気付いた。

「くそっ! なんて奴だ! 人の飯を横取りするなんて人の心がねぇ!」

「エルフにはエルフのしきたりがあるの知らないの? 『動物は共存するものであっって、食糧では無い。肉を口にする者は追放する』って」

「知ってるっていうか、そもそも肉が食えないんじゃないのか?」

「違うよ。食べたいけど食べないんだもん。でもおばちゃんはこっそり食べさせてくれるから、このランチボックスが準備出来たら私にくれるの」

「マジかよ。エルフってわかんねぇ生き物だな」

「だからお兄さんは私のランチボックスを持って出掛けたからけど、私のために取っといてくれたいい人だから、これからもご飯よろしくね!」

「よろしくじゃねーよ! なんだこの生き物は!」

 突然謎のエルフに付き纏われることになったのはここから始まった。

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