第4章 恋人がアンドロイド

第15話 橘小春という人


 ジョニイは充電中、人間のように眠っているわけではない。

 最低限の電力を維持したまま動作しなくなるだけで、持ち主の異変に気が付けば、いつでもすぐに動くことができる。PCでいうところのスリープの状態だ。


 だからジョニイは毎晩、小春の寝顔をこっそり見つめている。



 小春の家に来たばかりのころは、彼女はいつも仰向けか、反対側を向いて眠っていた。しかし最近、小春はよくジョニイの方を向いて眠ってくれる。


 小春の身体は繊細で、丁寧に優しく動く。


 横で眠る彼女は、暗闇の中で静かに揺れる。小さな吐息や温かい体温を感じると、ジョニイの頭の中に組み込まれた知能機械は、達成感のようなものを感じる。そして不思議な浮遊感を得た。



 小春は自分の容姿を嫌っているようだったけど、ジョニイはとても好きだった。

 美しく黒い瞳に柔らかそうな唇。笑うとえくぼができて、それはそれは可愛らしい。

 小さくて、ほっそりとした身体。ゆるくウェーブした栗色の髪は、細い首元で優しく揺れる。

 そんな姿を見ると、ジョニイの頭の中心部分が心地よく温まった。



 しかし、彼女はたまに、苦しそうな顔をして眠る。


 頬を撫でても、声をかけても、彼女は苦しそうだった。

 だけど、こっそり額にキスをすると、寄せられた眉間のしわがゆるゆるとほどける。



 小春さんはどんな夢をみているのだろう。

 小春さんの悲しみはいったい何だろう。



 ジョニイはそう思考する時、言いようのない虚しさを感じた。


「私がアンドロイドだから、分からないのでしょうか……」





 ジョニイは瀬戸という研究者によって作られた。

 ジョニイ以外にも30体ほど、ほぼ同じ性能のものがいた。


「30人兄弟の21番目だね」


 初めて聞いた声は、瀬戸といつも一緒にいる男性型アンドロイドのものだった。

 瀬戸という研究者は、そのアンドロイドをエースと呼んだ。彼らはいつも体をくっつけあっていて、エースはよく、瀬戸にコーヒーを渡していた。

 そして渡しながら、必ず瀬戸の頬にキスをする。




 小春をはじめて見つけた時のことは忘れられない。


 ジョニイは透明の、頑丈なガラスケースの中にいた。大量の情報をハードディスクに保存している最中のことだった。


 重たいドアが開き、大きな掃除用具入れと一緒に、小春が入ってきた。

 青色のワンピースに紺色のエプロンをし、深緑のカーディガンを着ていた。

 栗色の髪は緩く結ばれ、小春が動くたびに柔らかくぴょんぴょんと跳ねる。

 ピンク色のふかふかしたハンディモップを片手に、何かを口ずさみながら埃をとる。

 たまに可愛らしくステップをしていた。きっと誰も見ていないと思ったんだろう。


 30体のアンドロイドが収まったガラスケースを、乾いた布で丁寧に磨いていく。

 彼女は小さな、小鳥のような声で歌いながら、優しく微笑んでいた。自分のガラスケースにやってきたとき、ジョニイは目が離せなかった。

 ガラスを磨く小春と、未だ皮膚すら存在していないジョニイは目が合った。

 小春は寂しげに微笑んで、「頑張ってね」と言った。

 小春の胸元にあった名札を、ジョニイはすぐさま記憶した。




 その日の夜、ジョニイのCPUは熱を持ち、異常をきたした。


「実に興味深いね、この個体は面白いぞ」


 台に寝かされたジョニイは、瀬戸に頭をいじられている。


「まさか実験するの?」


 エースと呼ばれるアンドロイドが心配そうに尋ねた。片手にはコーヒーを持っていて、瀬戸に渡すと頬にキスをした。




 しばらくして、ジョニイは美しい容姿と完璧な肉体を持つアンドロイドとして完成した。

 29人の兄弟は箱に詰められ、どんどん出荷されていったが、ジョニイだけは瀬戸のもとに残った。

 数ヶ月間、瀬戸とエースの家で過ごした。ジョニイは家事をしながら、ただ彼らの生活を見ているだけだった。



「君はどうしたいかい?」


 瀬戸はコーヒーを飲みながら、ジョニイに言う。


「ここに残って、今までみたいに瀬戸さんのお手伝いをする?それとも、兄弟達と一緒にアンドロイドとして働きたい?」


 エースと呼ばれる青年のアンドロイドは、ジョニイの手を握りながら尋ねた。



「会いたい人がいるんです。働き先を指定することはできますか?」



 ジョニイが言うと、瀬戸もエースもびっくりした顔をした。そして二人は顔を見合わせる。


「知り合いかい?」


 瀬戸は興味深そうに聞いた。



「いえ、製造された場所で見かけた女性です。橘小春という名札をしていました」

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