第14話 だから、妖精の瞳はイレギュラーってことね。
受け取った糧食を
コーザは少しためらってから、旅の糧食を貨幣で買った。購入までいくらかの間があったのは、単純に、コーザの覚悟が不足していたからである。本当に、未踏破領域へ挑むというその覚悟である。
「毎度」
簡単な礼を言い、
「ん? そっちの子はいいのか?」
「あ、ああ……。最近
奇妙な主張である。
物資であればともかくとして、交換所では人間を行き来させられない。そうでなければ、とうの昔に、コーザを含めたコーラリネットの住人たちは、ダンジョンから脱出していることだろう。コーザの夢はひとまず横に置くとしても、労働はダンジョンの住人に任せきりだと、交易人は語っているのだ。地下の生活には何の不満もないのだと、そう考えるほうがどうかしているはずだ。ならば、いったいどうやって人を捨てるというのか。
そのことにいち早く気づいたチャールティンが、にわかに顔をしめかたのは、さすがとしか言えないだろう。その目は、もっとマシな口実は思いつかなかったのかと、暗にコーザを非難していた。だが、チャールティンの予想に反し、交易人はコーザの発言を、当然のものとして受け入れたのである。
「ふむ。たしかに、以前は地下への投げ込みを、盛んにやっていたようだが……妙だな。今は戦争で、どこも人手が足りないはずだぞ? いったい、どこの不届き者の仕業さね」
思わず、コーザは冷や汗を流した。
冷静になって考えれば、別段、真実を話したところで害はないはずだ。だが、地上の人間に対する羨望は、コーザに嘘をつくという選択肢を取らせた。住む世界がまるで違う人間と、親しくしたいと思えるほどに、コーザは大人じゃなかったのである。
「そうなんだよ、ひどい話だろう? 戦場であれば、まだ出世の機会に恵まれただろうに。それも今となってはお手上げだ。こいつも両親のことは、大層腹に据えかねているみたいでね。名前を伝えるから、うちらに代わって、ちょいと制裁を加えて来てくれないかい?」
「ふっ。やなこった。そんな面倒ごとに巻きこんでくれるなよ」
「そうかい。邪魔したね」
なぜ、嘘をつくのか。そう咎めるように向けられる、チャールティンの視線には目もくれず、コーザはニシーシを促しながら、交換所をあとにした。
交易人から離れ、これならば、もう会話を聞かれる心配もないだろうと、そう判断したコーザが口を開こうとすると、それよりも早くにニシーシが、目を泳がせながら話をはじめるのだった。内容は、コーザが尋ねようとしていたもの、まさしくそれである。
「……お話しします。どうして妖精の瞳がふつうでないことを、僕たちが知っているのか」
「ニシーシっ!」
悲鳴のようにチャールティンが叫ぶ。いよいよ、コーザも本当に訳がわからないでいた。出会ってまだ間もないが、なんとなくニシーシの性格は、コーザも理解しはじめたところである。最初から知っていたのであれば、先ほどチャールティンが口を閉ざしたときも、自分から話をしていたことだろう。そうではないのか……? だとすると、自分と交易人とのやり取りを聞いて、それを閃いたことになる。
(うちは普段と同じ話をしただけだ……。なら、チャールティンの会話……
言わせまいと、顔の周りを激しく飛ぶチャールティンに対し、ニシーシは怒ったような表情を浮かべる。それを見るにつき、チャールティンは消沈したように離れ、そばに控えた。
「何から話せばいいのかな……。……僕を含め、イトロミカールの住人は全員、妖精の瞳を持っています」
「なっ!」
驚いたのはコーザだけではない。相棒のルーチカも、無駄に器用なことだが、中空でひっくり返ってみせている。
「……」
「なる、ほどな……。そりゃ、コーラリネットの様子を見りゃ、例外だと気がつくわな。納得したぜ」
だが、コーザの期待に反し、ニシーシは愛想笑いを浮かべるばかりで、口を閉じようとはしなかった。それも考えてみれば当然だろう。今朝までのニシーシは、コーラリネットの現状を知ってなお、妖精の瞳が当たり前だと思っていたからだ。
鍵はあくまでもチャールティンにある。
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